第2話 アサシンカスミ、出勤します!





 私が前世の記憶を思いだしたのは、物心が付いた頃の話でした。

 己の境遇と里の事を理解し始めた頃の事です。


 ここは山の奥の奥、世間からは遠く離れた隠れ里。

 アサシノ一族と呼ばれる暗殺者一族の住まう里です。

 アサシノ一族は代々一部の権力者達から依頼を受けて歴史の裏で様々な暗殺を熟してきました。

 影に生き影に死ぬ仕事人、それが我らがアサシノ一族です。




 そこまで理解した所で、私は鍛えた拳で訓練用の人形の頭を拳で叩き割りました。


「恋愛とは無縁の環境じゃねぇか!!!」


 私には前世の記憶があります。更にこの世界に生まれ変わる前の、女神様に転生させられた時の記憶もあります。

 前世で子供を救って命を落とした私に、女神様はなんでも願いを叶えてくれるといいました。

 「恋愛漫画の主人公みたいになりたい!」という私の願いを聞き入れて、恋愛漫画の主人公みたいなチート能力を授けてくれました。

 でも生まれ変わったのは暗殺一族の隠れ里。


 私は恋愛漫画の主人公みたいな存在ですが、私の居る舞台は恋愛漫画とは違うゴリゴリのダークなバトルものでした。


 絶対舞台設定間違えてるでしょ!!!

 大体、この里基本的に恋愛禁止! 余計な血を混ぜないようにと決められた相手との婚姻しか認められてない! 恋愛要素一切なし!


 せっかく女神から授かった私の恋愛漫画の主人公みたいなチート能力……名付けて『恋愛百式』が活かせない!




 …………と、思っていた時期が私にもありました。

 何やかんやでこの『恋愛百式』、使い勝手が非常によろしく……私はこれを駆使してバンバン功績を立てちゃった訳です。

 気付けば私はアサシノ一族期待のホープ、『黒薔薇のカスミ』として里の内外に名を馳せるまでになったのです。


 里でも畏敬の念を抱かれる程の女暗殺者となった私の元には今日も依頼が舞い込みます。


「お待ちしておりました、カスミ様!」


 頭を下げて元気に挨拶したのは、私の後輩であり世話係でもある少女、ユリ。

 幼い顔立ちと背の低さから小学生くらいにしか見えないが、私の2個下の後輩である。ちなみに私は今は17歳、前世と同じ年齢です。

 このユリというちびっ子もちゃんとアサシノ一族の暗殺者です。虫も殺せなさそうな顔して、あどけない笑顔から油断したターゲットの喉を一突きするえげつないやつです。

 まぁ、それでも可愛い後輩で部下です。いつも人懐っこく後をついてまわるいやつです。


 ユリが白い髪の頭を差し出してくるので、ぽんぽんと軽く撫でてやってから、私は待っている依頼者の貴族の前に座りました。


 ちょっと肥えてて脂の乗ったおじさんって感じで、正直私の守備範囲外です。

 というか、暗殺依頼するようなブラックなやつは基本的に好みませんけど。


 本日、依頼に来たのは某国の貴族、ハルマール領からお越し頂きました。アサシノ一族の常連さんです。


「噂は聞いているぞ、『黒薔薇のカスミ』。」

「暗殺者にとっては不名誉な事です。」

「それは失礼した。」


 なんか勝手に変な異名つけられてあちこちで噂されてしまい、正直恥ずかしいんですよね。そもそも"暗"殺者なのに何で有名になってるのって話もありますが。

 依頼者は私の顔と身体を見てほう、と意味深な呟きをしました。やだ、私の事えっちな目で見てるでしょ! ……とかいう冗談はさておき。


 初対面の相手にはこれを使う事に決めています。

 恋愛ものの主人公みたいなチート能力、名付けて『恋愛百式』そのひとつ!

 その名も『これがお前の好感度(クラスメート)』!


 これは、心で能力発動と念じて凝視する事で相手の私に対する好感度をパーセンテージにして可視化する事ができる能力です。

 このおじさんの私に対する好感度は15%!

 ちなみに100%はもうその人に恋愛感情というか信仰心すら抱き始めている盲信とも言える状態です! ここまで来ると怖いやつです!

 そして、恋しちゃってる感じの恋愛感情はおおよそ80%から! 結婚に至るのは90%くらいかな?

 一般的な普通~な好感度、無関心に近いのが50%と真ん中辺りで、20%を切ると敵対心や警戒心が強くなっている証拠です!


 つまるところ、このおじさんの好感度15%は、私に対して警戒心を抱いているという事です! えっちな目で見ている訳ではありませんでした!


 まぁ、暗殺者ですからね。そら怖いでしょ。普通よ、普通。でも傷付いちゃうな、だって女の子だもん……とかいう冗談はさておき。

 この能力の欠点はというと、相手を凝視しなきゃいけないから自然と目つきが悪くなる事です。よく里のみんなから殺し屋の目とか言われます。そうだよ殺し屋だよ!

 ちなみに、おじさんを睨み付けた事で好感度が2%ほど下がって現在好感度は13%です。


「手短に済ませよう。今回の依頼はある要人の抹殺だ。」


 そう言っておじさんは人相書きを突きだしてきました。

 この肥えたおじさんよりは幾分か魅力的なおじさまです。まぁ、あくまで抹殺のターゲットなので素敵…好き…とはならないのですが。

 その後、某国の軍部のあーだこーだと面倒臭い話を聞かされたのですが、正直全く理解できませんでした。 

 当たり前です。前世までの私は高校生、今生の私はあらゆる暗殺技術を叩き込まれただけのいたいけな少女です。前世と合計したら三十路越えとか言った奴は殺す。

 政治やらなんやらお偉い方々の世界については知ったこっちゃないのです。


 そこら辺の話は私の世話係兼補佐のユリが聞いてくれます。


「その内容ですと、このくらいの相場になります。」


 ユリがカタログに線を引き、おじさんに渡しました。

 それを聞いた途端におじさんは眉をひそめました。


「いやに高いな。」

「妥当だと思いますが。相手の地位や、暗殺者の指名まで聞くならば。あなたが依頼をするのはあの『黒薔薇のカスミ』ですよ。」


 その『黒薔薇のカスミ』っていうの本当に恥ずかしいからやめて欲しいのよ。

 外部でもそれで噂になってるだけでもたまったもんじゃないのに、身内が積極的に喧伝するのよ。何度もやめろと言ってるのに。

 私はじろりとユリを睨むと、ユリは私の視線に気付いて「あっ。」と口を塞ぎました。

 好感度が90%から91%に上がりました。なんで怒ったら上がるの? マゾなの?

 というかなんでこんなに高いの? もう結婚してるレベルじゃん。


「不服であれば私は降ります。」


 私はおじさんにそう告げて席を立ちます。

 なんか値段が気に入らないみたいなので、それなら別に私じゃなくていいじゃんって。大体私への好感度13%しかない人の為に仕事したくないですし。

 里の教育のお陰ですっかり暗殺者稼業には慣れていますけど、なんやかんや本来は危ない仕事ですし、できれば働きたくないのです。十分稼ぎはあるので今更必死に働く意味もないし。そもそも素敵な人との寿退社が将来の夢。まぁ、相手選べるか分からないんだけど。……げんなりする事思い出しちゃったよ。


「わ、分かった。これでいい。」


 おじさんの好感度が20%に上がりました。なんで?

 冷たい態度取ったら好きになっちゃうタイプ? マゾかな?

 一応『恋愛百式』の中には相手の趣味趣向を覗いたり、相手に対してどのような対応をすれば好感度がどれだけ変化するのかを事前に開示するチート能力もあるのですが、別に今はこのおじさんをオトしたい訳ではないので使ってません。

 里長の趣味趣向を覗いてその性癖にドン引きして以降、無闇に使う事は避けているのです。ちなみに、里長の性癖をうっかり仲間に話してしまったので里に広まってしまった件の犯人は私なのですがナイショです。


 とにもかくにも、おじさんが承諾したので依頼は成立。

 どちらにせよ私にこれ以上ここに用事はありません。席を立ったまま、その場を後にします。


「後は頼む、ユリ。」

「はい、カスミ様!」


 大体依頼を受ける事務方はユリに任せているので、お客様のお見送りと、この後任務の詳細を聞かせてもらうとして。私は一旦自宅に帰る事にしました。

 正直全部ユリがやってくれるので私があの場に居る意味あるのか前々から疑問ですが、一応依頼を受ける立場として顔だけ出しておけという事なので毎回顔を出します。


 自宅に戻って寛いでいると、事務手続きを終えたユリがやってきました。


「詳細をまとめてきました。期日は一週間以内ということです。」


 ユリの持ってきた書類に目を通し、ターゲットの人相書きと大まかな情報、位置情報を確認します。正直あれこれ余計な情報は要らないので、分厚い資料を持ってこられても目を通すのはその程度の情報です。

 だって、『恋愛百式』があれば、大体の事は解決できるのですから。


「一週間も要らない。一日で終わらせる。」


 私は夏休みの宿題を早めに終わらせるタイプなのです。

 他の暗殺者は綿密に計画を練ってから、舞台を整えて丁寧に仕事を熟すのでしょうが私はもうサクッと行ってサクッと殺ってきて終わりにします。コンビニに行くくらいの気分で。


「流石カスミ様! 頑張って下さい!」


 ユリが眩しい笑顔で言います。いやつよのぉ。


 こうして、今日も今日とて殺しの依頼を受けて、私は暗殺者として山を降ります。



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