第35話

 その眼光に身をすくめた道満は、ついに観念して、

「しゃあないやろ。わしかて命は惜しい。二人助かるんやったら、そうしとったわい。それがあかんかったら、自分を助けるしかないやろ。なあ?」

「道満、お前という男は……」

 行平が怒ろうとすると道満は、

「なんや、一度は命を救ってやったやないか。わしゃ恩人やぞ」

とわめき、

「私の恩人は左馬権頭さまごんのかみ殿だ。お前に恩を売られる覚えはない」

と行平が言い返す。

「ふむ。中納言殿、この道満をどうなさいますか」

 頼光がたずねると行平は、

「とても許せるものではございません。寺の建立場所についていい加減な助言を申し、そのおかげで何人も人が死に、私もこやつのために殺されそうになった。訴え出て、死罪にしてもらいます」

と言う。

「なんや、偉そうに。あんたら陰陽師がおらんかったら、何もでけへんくせに。うまくいかんかったら、すぐ陰陽師のせいや。ああ、もうわかったわかった。死罪でも目ん玉えぐるでも、なんでも好きにしたらええわ」

 頼光は、道満を捕まえている綱に、放すように言った。

「好きにと言ったな。では、もうひと働きしてもらおう」

 行平が頼光の考えをたずねると、

「昨夜はなんとか地神どもをやり過ごしましたが、奴らは執念深い。いずれまた中納言殿を探しにやって来るでしょう。道満、地神どもを鎮める方策を死にものぐるいで見つけてこい。そうしたら、今回のことは帳消しにしてやろう。いいですね、中納言殿」

と答えた。行平はしぶしぶ、

「わかりました。我が子どもたちのためにも、まだ死ぬわけにゆかぬと思いました。ただ、この男で大丈夫でしょうか? やはり安倍清明様をお頼りした方が……」

と承諾したのだが、安倍清明という名を聞いた瞬間、道満のこめかみが引きつった。頼光はそれに気がついて、

「そうですなあ。やはり天下一の陰陽師、安倍晴明様でないとだめかもしれませんねえ」

と声高に言ってみれば、道満はいきおいよく身を起こして、

「晴明、晴明とうるさいわい。わしゃ、あいつがいっちゃん嫌いやねん。天下一やと? 笑わせる。天下一はこの蘆屋道満様じゃ。晴明にできて、この道満にできんことがあるかいな」

とまくしたてた。

「よし、決まりだな。ただし道満、手を考え出せなかったらお前の命はない。逃げようとしても無駄だからな」

 頼光はこのように釘を刺した。

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