第32話

左馬権頭さまごんのかみ殿、もう良いのです。面倒を見てくださるというなら、どうか末丸を頼みます」

 このように行平が言うのを頼光は、「よくありませぬ」とさえぎった。

「この子があなたにとってかけがえのない子というなら、あなたはこの子にとってはかけがえのない父です」

と申して、腰に帯びている髭切ひげきりと名のついた太刀を握りしめた。

「地神よ、お前たちにとって己が地は己が血肉と同じであろう。それを踏み荒らさた怒りは、骨芯に刻まれた傷と同じで消えはすまい。しかしお前たちが今立っているここは、朝家ちょうかの都・平安京である。この都を踏み荒らし、朝家の子に手を出すことは、俺が許さぬ」

 頼光がこのように申せば、地神どもは怒り狂って、

『何が〝朝家〟よ。木も土も水も、我らくにかみの体より出ずるもの。あまかみの子孫に指図されるいわれはないわ』

と地神は申して、各々ほっほっほと、腹の底から吠え声を立て始めた。吠え声にあわせて足を踏みならすと、地が揺れ空気が震える。

 すると地の底を、この国に宿る神々の気配が、をちこちよりそうじ集ってくるのだった。空はにわかにかき曇り、風雨が起こって稲光が迫ってくる。

 あまりのおそろしさに、行平は子の末丸をかき寄せて身を小さくする。

 天地がひっくり返るようなそのおそろしさに、常の人ならば心まで凍りつき、とても動けるものではない。

 しかし頼光は二本の足でしっかと立って、地神に相対した。

「ならばお相手いたそう。我は朝家の守護、源頼光である」

 名乗りを上げるやいなや、地神どもの腕がいっせいにに伸びてきて、頼光の四肢を引っつかみ、ちぎろうとした。

 頼光の指が太刀の鍔をはじくと、闇のなかで白銀の太刀がすらりと抜き出でる。そして束を握るとともに一閃をひるがえし、群がる地神の身を切り裂いた。

 裂かれた地神の身は煙に変わって宙を漂い、空気のなかへ霧散してゆく。

 しかし地神は、『刃ごときに、我らの魂を斬ることはできぬ』と、次から次へと押し寄せる。頼光はこれを斬って払い、斬って払いして、

「そうさなあ。しかしいにしえには須佐之男命すさのおのみこと十拳剣とつかのつるぎ大蛇おろちを斬り、倭建命やまとたけるのみこと草薙剣くさなぎのつるぎを持って道を切り拓いたという」と申せば、

『人の子の作りしまがいものに、どうして神を斬れようか』と地神どもはこれを笑い飛ばす。

「まがいものかどうか、その身で確かめてみるか」

 四方八方から襲いくる地神に対し、頼光は太刀を振るった。しかし斬っても斬っても、相手の数が減るということがない。大気の内から、または土の中から、続々と湧き出てくる。

 対して、太刀を振るう頼光の腕は次第に重くなってゆく。

 不意に目の前にぬっと地神が湧いて、頼光は瞬時に太刀を翻した。するといきおい余り、切っ先がそばにあった屏風を裂いて、その向こうの柱へ深く刺さってしまった。

「あ、中納言殿、すみません」

 家財に傷をつけてしまったことをひと言あやまって、太刀を引き抜こうとするのだが、それより先に地神が頼光に迫った。頼光はあわてて、近づく地神を拳でもって殴りつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る