第29話
「ところで、随分大きな包みをお持ちですね」
道満が背負ってきた包みを、ふしぎに思った行平がたずねた。
「ああ、これか。これはな……」
包みのなかから現れたのは、なんとも不気味な雰囲気のする大きなわら人形であった。
「紹介するで。わしの弟」
道満は人形と仲良く肩を組んで見せる。
「すみませんが、つっこむ気力もございません。これで地神を追い払うのですか」
「なんや、つまらんな。まあ、その通りや。これがあったらもう安心、というわけで今夜は祝いの宴といこか」
行平は半信半疑であったが、道満があまりに自信があるようなのでこれを信用し、言う通りに宴を開くことにした。
道満はまるで我が家のようにくつろいで、酔っ払って行平にもまわりの者たちにも酒をしきりにすすめる。
「あんたら、なにしけた顔しとんねん。酒は笑って呑むもんや。笑っとったら、鬼も地神も寄りつかへんで」
よっしゃ、と立ちあがって、かたわらに置いておいたわら人形へ己が衣を着せ、それと肩を組んでおもしろおかしく踊りだした。
わら人形とともに皆の間を踊り歩き、盃の空いているものを見つけると、酒を注いで休みなく呑ませる。次第に誰も彼も酔いがまわり、道満とわら人形の踊りに笑いながら手拍子する。
行平も酒に酔い、目がまわり始めた。目のなかで道満とわら人形がぐるぐるとまわり、どちらがどちらかわからなくなってくる。
道満か、わら人形か。わら人形か、道満か。
二つの姿がぐるぐるとまわるうち、行平はとうとう眠ってしまった。
それからどれほどの時が経ったか。子の末丸に膝を叩かれて、行平は酔いまなこを開いた。見れば宴席の者たちも皆、眠りこけている。
「おお、末丸。父上の膝へおいで」と行平が末丸を抱きあげようとすると、末丸は行平のとなりにあるものを恐れて、身をかたくしている。
「どうした。こちらは父の友人の蘆屋道満殿じゃ。この方がおられるのだから、もう安心じゃ」
行平はとなりに座る道満の肩を叩いた。しかし末丸の表情は変わらない。あどけない顔に精一杯の不審を貼りつけて、すがるように行平の袴を握りしめている。
「さて、どうしたのだ。ほら、機嫌をお直し」
無理に抱きあげると、ふだんならば喜ぶというのに、末丸はとつぜん鋭く泣き始めた。行平は酔いが覚めて、あわてて末丸のあたたかい背中を叩いてあやす。
あやしながら、ふと盆の上へ置いてある盃に目が行った。盃に残った酒の表面が、細かく震えているのだった。
気のせいかと思ったが揺れはさらにひどくなり、ついには盃も盆も震え始め、座っている床からどっどっと振動が伝わってくる。
目を覚ました者たちが、「
行平は血の気が引いた。
「これは地震えではない、あの時と同じじゃ。道満殿、地神です。地神がやって来る」
となりの道満にすがった行平は、あっと声をあげた。
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