第28話

 さて頼光は方々をまわってくだんの陰陽師の行方を捜したが、ついに探し当てることができず、夕暮れのなか一条の邸へと帰ってきた。

 そして朝にはなかったものを邸の中に見つけて、驚きに声を失った。

「あらあ、頼光お帰りなさい。見てちょうだい、この観音様。ご立派でしょう」

 母の湯漬御前ゆづけごぜんはこう言って、御前と同じぐらいの背丈のある観音像を、熱心に磨いている。

「え? 怖い、何? 母上、これは一体どういうことですか」

「門前に立っていらっしゃったのですよ」と紀代が答える。

「昼過ぎに門を叩く音がしまして、誰かとたずねても返事がないので門を開けてみると、そこへこの観音様が立っていらしたのです」

「一人で? 誰かが持ってきたんでなく?」重ねて問うが、湯漬御前も紀代も、誰も見ていないと言う。

「いやがらせか? それとも、観音像の押し売りだろうか。あとで高額な請求が来るのでは……」

 ぐるりと観音像のまわりを一周してみる。彫ったばかりの新しいものではないようだった。長年風雨を受けたものと見えて、とがった部分は丸くなっており、傷もいくつかついている。

「それとも誰か、どこかでこの観音様に笠とみのでも貸してやったんじゃないのか」

「うちの中でそんなことをしそうなのは頼光だけよ。心当たりないの?」

「あるわけないでしょう」などと言い合ううちに頼光は、ふと観音像からかすかに漂うにおいに気がついた。

「海のにおいがするな……」

 たずねるように観音像の顔を見る。母のようなやわらかさを持ったその観音像の目は頼光を通り越し、どこか遠くを眺めているようだった。


 同じ頃、中納言・橘行平たちばなのゆきひらの邸の門を叩く者があった。

 浅黒い顔に白綿のような髪ののった老人である。

「や、あなたは、一体どこへ行っていたのですか。あちこち探したのですよ」

 老人の姿を見た行平は声をあげた。

「あっちこっちして、あのしつこい地神から逃れる方法を探してたんや」

「というと、もしや方法が見つかったのですか」

「当たり前や。天才陰陽師様に不可能はない」

 老人はひとつ咳払いして、「わし、失敗しないので」と声を改めて言う。

「失敗したからこのようなことになったのではないですか……」

「やかましいわい。とにかくわしの話に乗るんか、乗らへんのかどっちや」

 行平は老人にしがみつき、「教えてくだされ。早く、その方法とやらを」と頼みこむ。

「しゃあないなあ。まあ、任せとき。これで命は助かるさかいに、あんたももうそんな心配することなくなるで」

「そうですか、そうですか。まあ、とにかく中へお入り下され」と、行平は老人、蘆屋道満あしやどうまんを邸の内へと招き入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る