第26話

 しばらくのちに、ようやく尻とか頭とかいう騒動はおさまって、平静を取り戻した頼光は改めて行平と対面した。

「さて中納言殿、一体どんなご事情があるのですか。どうやら、寺の話をしている場合ではなさそうだが」

 行平はやせ細り、顔色は悪く、髪も身支度も乱れている。門の守り札といい、何か異様な事態が起こっていることはまちがいない。

「実は寺の建立地を誤りまして、その土地の地神に目をつけられてしまったのです。ともに検分けんぶんに立ち会った者たちはむごたらしく死に、次の三日月の日にはきっとこの私も……」

 このように仔細を語った行平は、絶望に打ちひしがれておいおいと泣き始めた。

「ふうん。次の三日月は四日後か。その日になると、地神がやって来て、貴殿を取り殺してしまうと……」

「どうします、殿。地神を返り討ちにしますか」

と綱が耳打ちすれば、

「そんな簡単なことではないぞ。地神は土地の精霊だ。それを殺せば、土地は枯れて里人には災いが降りかかるだろう」

と頼光は首を振った。

「中納言殿、こういう場合、地神に謝って許しを請うのが筋では? 方法は陰陽師にたずねるのがよろしいでしょう。一緒に行った陰陽師はどうしたのです」

「それが、あの日以来姿を消してしまって。そこで陰陽寮の安倍晴明あべのせいめい様に文を出したのですが、長らくお留守にされているとか。私は一体、どうしたらよいのでしょう」

 行平が袖で顔をおおって泣いていると、どこからか幼い童が入ってきて、「父上」と行平の顔をのぞいた。

「おお、末丸すえまる。すまないな、心配をかけてしまったな」

 末丸はふくふくとした頬の、まだ赤子のような童で、甘えるように行平の膝の上に乗った。

「ずいぶん幼い子がいらっしゃるんですね」

「ええ、この子が末の子でして。あちらで遊んでいるのが、ええと、五番目と六番目で……」

 庭先では、久しぶりに邸のなかから出ることのできた童たちが、はりきって遊びを始めていた。

「では、七人兄弟ですか。なかなか多いですね」

「いえ、先年まで赴任しておりました因幡いなばにも子がおりますので、全部で十二人おります」

「干支じゃないんですから。ところで、あの子らが遊んでいるのは何ですか」

 童たちは板を持って、それで無患子むくろじの実をたたき合っている。こつ、こつと板に実があたり、それが空にあがって、また相手の板のところへ落ちてくる。

 頼光らが訪れるまで、辛気くさい静寂に包まれていた邸に、そのこつこつという音が響くと、邸の者たちの顔色もいくらかよくなってゆくようだ。

「あれは〝胡鬼子こきのこ〟です。胡鬼板こきいたでもって、無患子の実を地面に落ちないようにたたき合うのです」

「へえ、蹴鞠けまり毬杖ぎっちょうが合わさったような遊びですね」

「ええ、蹴鞠よりたやすく、子どもたちは好んでやります」

 こう聞くと、元来好奇心の強い頼光はすぐに立ちあがって、胡鬼子で遊ぶ童たちのなかへ入っていった。

「俺もまぜてくれ」

「馬の尻にできるの」と童たちが不審がる。

「尻の話はもういい! 胡鬼子はやったことがないが、蹴鞠は得意だからな」

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