第22話

 頼光の話をお聞きになった千手関白は、

「不具の子を化けものにくれて、その機嫌を取っていたというわけか」と、冷え冷えとした声でおっしゃった。

 南方に肥土ひよどの郷と呼ばれるところがあった。まわりの土地が凶作に見舞われる年でも、その郷のあたりだけは、どういうわけか気味の悪いほど作物が育つのだった。それは、いにしえより山に棲まう神の加護と云われていたが、郷人さとびとたちはその神に、病の子や、手足の働かぬ子どもを生け贄として捧げていたのだという。

「かつて、生け贄にした子が郷へ戻ってきてしまったことがあったそうで、それ以来、戻れぬように足を切って山へ置いてくるのが習わしになっていたそうです」

 そんな無情なことが、何百年も前から当たり前に続けられていた。

「神や名分めいぶんを利用すれば、人はどこまでも愚かしくなれるものよな」

 千手関白の扇を握る手が、怒りに震える。

「郷人全員の足を切るか」

 ひどく冷えた声で千手関白はおっしゃった。

 このとき、不思議なことが起こった。千手関白の感情に応えるように、部屋のなかの空気が震え始めた。文机ふづくえの上に置かれていた筆は、硯からひとりでに落ちて、紙に黒い染みを作った。

「一体どのような思いを、味わったであろうか。実の親に殺されるということが、いかなことか。その痛みの一端をば、味わわせずに何としよう」

「おそろしい思いをしたことでしょうな。その思いは決して、あとから消すことはできませぬ。郷人に罰を与えたとしても……」

 千手関白は怒りに震える手で、袖から数珠を取り出して、耐えるように一粒一粒を繰った。

「けれどあわれむばかりなのも、私には違うように思えるのです」

 頼光が言うと千手関白は、責めるような問いただすような視線を送った。

「たとえばぎょくは、泥をかぶっても、その形も光も変わらないものです。魂とは、そういうものではないかと思うのです」

「どのような仕打ちを受けようと、子らの魂が穢されたわけではないと」

 頷く頼光のまぶたの裏には、童たちの魂が美しい光となって帰っていった光景が浮かんでいた。

詭弁きべんじゃ。人は脆い、醜い。生まれ育ちでその質はたやすく歪み、簡単に罪を犯す。人の道を解せぬ者には、罰を用いねば効果はない」

 そちは甘すぎる、と千手関白はぼやいたが、部屋に満ちていた怒りの気配は鎮まっていた。

 千手関白は紙の上に落ちた筆を元へ戻しながら、

「郷の者には、新たに税を課す。その税を元に、寺を建てる」

とおっしゃった。

「寺ですか」

 頼光がたずねれば、

「行き場のない子を養い育てる寺だ。そして、亡くなった子らの往生を願わせよう」

と、お考えを示された。頼光は満足して、「すばらしきお考えかと存じます」と深く頭を垂れた。

「よいか頼光、この日の本はすべて帝の国じゃ。住まう者は皆、帝の民。守り、罰し、導かねばならぬ。しかし人ならざる者には、令も掟もない。奴らはいたずらに人を苦しめる。人は長らく、その理不尽にいたぶられてきた。さらには奴らの悪徳に染まり、人としての正道を見誤る。悪しき闇は、打ち払わねばならぬ」

 そして「頼光」と、改めて名を呼んだ。

「帝の剣として闇を払うが、〝朝家ちょうかの守護〟としてのそなたの役目じゃ」

「承知しておりまする」

「しかしこの国を統べるのは、律令りつりょうじゃ。律令によって、人々を等しく導くことじゃ。ゆえに、律令の外でのことは、俗人に知られてはならぬ。そなたの役目が知られることのないよう、心得よ」

 千手関白のお言葉に、頼光は

「もちろん。この頼光が、千手様のご期待を裏切ったことがありましょうか」

と頭を垂れた。

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