第21話

 内裏のなか、校書殿こうしょでんという殿舎でんしゃに、千手関白に与えられた自室がある。そこへはひっきりなしに人が訪れ、政の大事小事を相談してゆくのだった。

 あまりに来訪者が多いので、ついには「私にうかがいを立てねば、何もできぬのか」と、千手関白がお怒りになるほどであった。

 さてそんなところへ頼光が顔を出す。

「呼ばれて飛び出ました、源左馬権頭頼光げんさまのごんのかみよりみつにござりまする」

 頼光のあいさつに、墨丸が「はなひておいでじゃ。くさめ、くさめ」と唱える。

 はなひるとはくしゃみのこと。くしゃみをすると命が縮まるといわれているから、「くさめくさめ」とまじないをする習慣がある。

「さすが、墨丸は冗談の通じる、ようできた殿上童てんじょうわらわですね」

「私には何のことかさっぱりわからぬが、まあよい。お前の言うことは深く考えないことにしている」

「ありがとうございます」

「ほめておらぬ」

 まるで餅をつく杵と合いの手のように、調子のよいやり取りである。

「では、私は人払いを」と墨丸が部屋を出ていくと、すぐにとなりの間から女たちの悲鳴が聞こえた。

「皆様、関白殿下に何かご用でいらっしゃいますか」と墨丸が、ひそんでいた女房どもに声をかける。

「いえいえ、私どもたまたま用事があって通りがかりましたの」

「決して殿下のお姿を、ひと目見ようと思って忍んでいたわけではありませんわ」

「あわよくば、お目に留まって妻にして頂こうなんて思っていたわけではないわよ」

などと、女房たちが口々に言う。

「あなたは別の意味でお目に留まるかもね」と一人が笑えば、

「何よ、あなただってその笑った顔、まるで物の怪だわよ」と言い返し、果てはつかみ合いを始める始末。

「あなたにだけは言われたくないわね」

「ほほほ、天然記念物級には負けますわ」

 つられて三人目が、「私も負けないわよ」と言えば、二人の女房が「はり合ってどうするのよ」と声を合わせた。

 天然記念物って何のことよ、などと女房たちの声が遠くなっていくと、

「やれ、内裏の女房方は元気がいいですな」

と頼光は笑った。

「女も男も、内裏の者はうるそうてかなわぬ」

「では、静かな雛の土産でも」

 頼光は持っていた包みをほどいて、千寿関白へ差し上げた。開いた包みから現れたのは、太陽のように輝く柚子であった。

「呪われた土からできたものではあるまいな」

 千寿関白は眉をひそめる。

「これは家の者が、摂津から送ってきたものです」

 千手関白は柚子をひとつ手に取って眺めながら、

「首尾よくしたか」とたずねた。

 頼光はかしこまって、

「はい。お命じの通り、肥土ひよどの山の神を討ちまして御座います」

と、山の神を退治した顛末てんまつを仔細に語った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る