第20話

「ともかくだ、野蛮な東人を都に入れるのは反対だ」

 顔を赤くして伊周これちかが言い切れば、千手関白は目を伏せ、

「仏は賢者にも愚者にも、ひとしく手を差しのべられる。真に我ら都人みやこびとに学や心があるというなら、東人を身内のように受け入れることができるはずであろう。東国の問題は、帝の問題であり、我らが問題である。これにふたをして見ぬようにするというは、まわりが火事になっているというに、己が家に閉じこもるのと同じ。さて、学のある者が果たして、そのようなことをするであろうか」

「いや、するはずがない」

 反射的に呟いた頼通よりみちに、千手関白がとがめるように目をあげた。

「すみません。父上から手厳しく漢学を教えられた記憶がよみがえって、つい……」

 恥じ入る頼通をよそに伊周は、

「ではまさか、関白は東人を都に迎え入れるというか」

と憤れば、千手関白は

「ものがあり仕事があり、法があるのは都じゃ。教え導き、巣立たせてやるが道というもの。無論、都に入るからには都の法に従わせる。無頼ぶらいあればこれを罰す。都人も東人も変わらぬ」

と、このようにおっしゃった。

「関白殿下のおおせは筋が通っておりまする。よろしいかと」

 大納言実資さねすけが言うと、参議行成ゆきなり

「さて、ではそのように皆様のお話を帝に奏上そうじょういたしまする」

と取りまとめる。

 どこかで「おい」と小声が聞こえるが、誰も気づく者がない。

 伊周は憤然として席を立ち、

「帰るぞ、隆家たかいえ。ああ嫌だ、都が臭くなるわ」

と、不満を隠さない。

 頼通は兄の千手関白に、「兄上、さすがでございました」と、羨望のまなざしを向けるが、千手関白は顔色ひとつ変えず席を立つ。

 やはりどこかから「おい、おい」と声をかける者がある。

「何か聞こえぬか」

 立ち止まった千手関白に、頼通が「さて、暖かくなってきましたから、羽虫がいるのかもしれませんな」と答える。

「おい、わしを忘れておるぞ。わしは右大臣だぞ」

 取り残されて文句を言っているのは、右大臣顕光あきみつであった。小柄な老人で、声は羽虫が鳴くように小さい。こうして忘れられることは度々あった。

 顕光は誰もいなくなった陣をふり返り、「わぶ」と誰の耳にも届かぬ恨み言を残していくのだった。

 さて建物の外に出た千手関白は、庭に向かって「墨丸すみまるはおるか」と声をかけると、利発な顔立ちをした童がひとり出てきた。

「墨丸、頼光らいこうは来ておるか」

 千手関白がたずねれば、墨丸は「はい。出仕されておいでです」とすぐに答える。

 千手関白は墨丸に感心なさり、「そちは、よう心得ておるな」とお褒めになれば、

朝参ちょうさんのあと、左馬権頭さまごんのかみさまが関白殿下をたたえて叫んでおられましたので、すぐ……」と答える。

 千手関白は「あのれ者……」と呆れつつ、頼光を呼ぶようにお命じになった。

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