第19話

 千手関白は伊周これちかの言葉をくり返し、そして

「東国も帝のご威光が照らす地である。であれば、東国の民は帝の民。帝の民を助けぬというそなたは、はたして帝に仕える者といえるのか」

と冷ややかに言った。

 千手関白の声はふしぎな声である。大音声だいおんじょうをあげれば凛々しいが、静かに語りかければやわい水のよう。

 伊周はひるまずに、「私は奸臣かんしんとは違う」と吐き捨ててから、

「野蛮人を一等の民として扱う必要はなかろう。奴らと我ら都人みやこびとを、どうして一緒にできよう」

「さて、どこが違うとおっしゃるのか」

 千手関白が問えば、

「学はない、雅もわきまえぬ。身なりも汚く、何より素地そじが野蛮だ。人の卑しさは生まれ持って決まっている。そうではないか?」

と言うので、千手関白はとぼけた声で、

「ほう、左様さようでありまするか。内大臣は随分、東国の者に詳しいようだが、その見識はどこで得られたのか」

と返せば、伊周は言葉につまってから、「知識だ。そんなもの見ずともわかる」といらだつ。

「行成、そなたは諸国に赴いたこともあり、見聞が広い。内大臣の言う通りか」

 千手関白に水を向けられ、同時に伊周ににらめつけられると、参議の行成は困ったように笑った。

「さて、私はそのあたりをそぞろに歩いただけですので、見聞というほどのものもないのですが、たしかに東国の文化は都のものとは随分違います。はじめは言葉もまったくわからず、彼らをさすが東人あずまびとと思いましたが、つきあってゆくと存外に気のいい者らで、旅人の私に何かと世話を焼いてくれました。たしかに学はありませぬが、実直で義理堅く、一度受けた恩は忘れない。そういう気質の者が多いように感じました」

 行成の返答に、千手関白は満足げに、

「行成の申すとおりであれば、帝のお心通り、庇護するに値するように思う」

と言う。

「皆が皆、そうではないだろう。大体野蛮なはずだ。参議は東人全員に会ったのか」

 なおも伊周が食い下がると、行成は「無論、数えるほどしか」と苦笑する。

 右大臣顕光あきみつがほほと笑い声を漏らした。伊周の弟の隆家たかいえにいたっては、「兄上おもしろい」と、腹を抱えて笑い出す。

「お前、どちらの味方なのだ」

 伊周が怒れば、隆家は「ご安心を。おもしろい方の味方ですから」と言う。

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