第18話

 千手関白せんじゅかんぱくは顔色を変えず、参議さんぎ行成ゆきなりに目配せすると、行成は心得て、

中納言ちゅうなごん殿の申されることは除目へのご意見のようです。帝からうけたまわりし題目だいもくにお答え頂きますよう、お願い申し上げます」

と、場をおさめた。

 さて次に、権大納言頼通ごんだいなごんよりみちの番になると、頼通は千手関白の顔色をうかがいつつ、

「東国の流れ者が都に入れば、混乱の元となりまする。帝のお膝元に入れるべきではないかと。その、とはいえ慈悲をかけぬわけにもいかぬでしょうから、適当な地へ住まわせて、そこへ食糧を分けてやるのはいかがでしょうか」

と申し上げた。

 続いて大納言実資だいなごんさねすけは、

「食糧をいくらか分けたところで、焼け石に水というもの。また五百人もの人間をどこぞの地へ押しつければ、その地の者の生活が成り立たなくなります。面倒を見るのならば、しかるべく住まいと食を十分に与え、都の労働力として役に立たせるのがよいかと」

と落ち着いた声で語る。実資はいまは家に勢いがないものの、その政治的手腕は誰もが認めるところである。

 しかしこの意見に内大臣伊周ないだいじんこれちかは、

「東国の野蛮人の世話を、どうして見なければならないのだ」

と異議を申した。

 この伊周と、中納言隆家たかいえも兄弟である。千手関白と頼通の兄弟とは父同士が兄弟ゆえ、従兄弟にあたる。

 けれどお世辞にも仲が良いとはいえない。むしろ千手関白派と内大臣伊周派として、互いに政敵の関係にあった。その原因は、彼らの父の代の因縁から始まる。

 伊周と隆家の父は道隆みちたかといい、藤原氏の氏長者うじのちょうじゃであり関白の位にあった。娘の定子ていしを帝の后として、まさに権力を思うままにしていたのだが、疫病の流行により志半ばで世を去った。道隆は死の間際で、息子の伊周を後継者として推したのだが、かねてより道隆の強引なやり方を厭うている者が多く、これが叶わなかった。

 そこで台頭したのが、道隆の弟の道長みちながである。道長は帝や、帝の母である東三条院ひがしさんじょういんからの信頼が厚く、氏長者かつ関白の座についた。道長の手腕は道隆より上回っていた。さらに道長の長子・道晶みちあきもこの才を引き継いでおり、年上の伊周を抜いて出世をし、父を継いで関白となっていた。

 伊周は自分を追い抜いた千手関白をひどく恨んでおり、隙あらば彼を陥れて、その座を奪おうとしているという噂もある。

 さて伊周は息巻いて、

「都のためにしなければならないことが山とあるのに、野蛮人の面倒を見る道理がどこにあるというのか。その者らは何か都にとって役に立つのか。役にも立たぬ者を、なぜ我らが苦労して、面倒見てやらねばならぬのかわからぬ。それにもし野蛮人を都に入れようものなら、都の風紀と治安が乱れ、おちおち外も出歩けぬようになる。野犬は野で死ぬのが自然というもの。都と帝の治める国のため、毅然と追い返すのがよかろう」

と、強硬に言う。

 千手関白は伏していた目をあげて、伊周をまっすぐに見た。細長く鋭いその目を見ると、誰しもが一瞬息を呑んだ。

「野蛮人とな」

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