第15話

 帝が輝く黄櫨染こうろぜん御袍ごほうをまとい、高御座たかみくらという玉座にお座りになる。

 今上帝きんじょうてい円融えんゆう天皇の皇子で、御年三十二歳。聡明で慈悲深く、帝位に就かれてから世の中は一段とめでたく治まっていた。

 帝は頭を垂れる役人たちの様子を眺めると、小さくため息をついた。脇に控えていた関白の藤原道晶ふじわらのみちあきがそれに気がつく。道晶は帝よりも年下で、齢二十四にしてすでに関白の地位にのぼりつめた英才である。人には〝千手関白せんじゅかんぱく〟と呼ばれている。

 千手関白は朝参に集った役人たちに向かって、「皆の者、跪礼きれいの必要はない。立ちあがって礼をするように」と、凜として厳しい声で言った。

 千手関白の声を聞くと、役人たちは互いの顔を見合わせながら、ためらいつつ立ちあがり、礼をしなおした。地面に額ずく跪礼は、古来より最上級の礼とされている。しかし年老いて足の悪い者もあり、全員が跪礼をするまでに大変な時間がかかる。そのためこの頃は、立ったまま頭を下げる立礼りつれいがすすめられているのだが、これがどうして、なかなか人々の間に浸透しないのだった。

 ようやく立礼が整うと、帝が百官に向かって、朝のあいさつをなさる。そのお言葉を、千手関白が大音声にてくり返し、大極殿中へ聞かせた。

「我が祖天照大神あまてらすおおみかみがこの地上を照らしてよりはるか年月を経、多くの辛苦を乗り越えてこの平安京が造られた。この都を中心として、世に跋扈する悪鬼羅刹を退け、ようやく人々が安心して暮らせる世になりつつある。しかしまだ世の中には争いがあり、苦しみと悲しみは尽きない。私の望みは、この国の子らすべての心を救うことである。この朝廷に仕える皆々は、私と望みを同じくし、この国の安寧のためにその持てる力を尽くしてほしい」

 千手関白が代弁する帝のお言葉が終わると、百官は頷くようにさらに深く頭を下げるのだった。

 けれどうつむいた百官の顔には、それぞれの思惑が浮かんでいた。

「帝の御お心は誠に清くあらせられる。唐土もろこしの数々の名君にも引けを取らないでしょうよ」

「千手関白様もご立派であらせられる。さすが亡き土御門つちみかど殿のご長男」

 帝と千手関白が大極殿を去ってしまうと、人々はこのように感想を言い交わした。

「いやいや、千手関白のあの傲慢な態度。帝の言霊をまるで自分の言葉のように話していたではないか。恐れ多いことよ」

と言う人もまたある。

 そのなかで頼光は、恍惚とした顔で、後片付けの進む大極殿を見つめていた。

「朝から千手関白様のお声を聞けるなんて尊すぎる」

 手を合わせて、涙を流さんばかりに感動している。

「ちょっと頼光ちゃん、いつまでぼうっとしてるの」

 そう頼光に声をかけるのは、大学寮の文章博士もんじょうはかせであり、また宮中では東宮学士とうぐうがくしをつとめる、大江匡衡おおえのまさひらであった。

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