第13話

「そういえば、季武すえたけちゃんや貞光さだみつさんはどうしてるの」

 卜部季武うらべのすえたけ碓井貞光うすいさだみつはいずれも頼光の家来である。

「季武は、そろそろ多田ただから戻る頃でしょう。まあ、寄り道をしなければですけど。貞光はこのところ、じいさまの具合が悪いと聞きました」

「あの伝説のおじい様ね」

「あの伝説のじいさまです」

 頼光と湯漬御前は声を合わせ、そして湯漬けをかきこむ綱の顔をちらと見る。

「ああ昔、貞光殿の祖父君が、俺の父と一騎打ちをしたという話ですか。俺は父のことは覚えていないので、真偽のほどはわかりませぬが」

 飯粒をつけたまま綱が答える。ちなみに綱の父のあつるは、綱が生まれてすぐに亡くなっている。

「宛さんはね、すごく男前だったのよ。祭の時は、行列の一番目立つところに宛さんが護衛としてつけられてね、女車おんなぐるますだれの中から、皆熱い視線を送ったものよ」

 湯漬御前が嬉しそうに話すと、椀を持ったまま、寝ているような顔をしていた紀代も頷いた。

「綱ちゃんは宛さん似よ。どんどん似てきたわ」

「そうなんですか」

 綱はふしぎそうに自分の顔にふれる。

「母上が宛殿の話をすると、草葉の陰で父上が泣きますぞ」

 頼光が言うと、

「あの人は、泣かせておけばいいのよ。見目がいいわけでもないし、ずるい人だし、何を考えているのかさっぱりわからないし」

と湯漬御前が口をとがらせる。

「父上は、そんなにひどい方だったんですか」

 普賢丸が少し落胆したような声を出した。頼光らの父・満仲みつなかも、すでに亡くなっている。頼光が元服してしばらく経った頃で、普賢丸はまだ生まれたばかりだった。

「ええと、違うのよ。いいところも、たしか……何かあったような気がするのだけど」

 湯漬御前の口からは、どうにも出ないらしい。

「母上は、本当は綱殿のお父上が好きだったんですか」

「いえいえ、そうじゃなくてね。あの人にだっていいところが、ほら、あったわよね? 紀代」

 水を差し向けられた紀代はうたた寝から目を覚まして、

「殿様は頼りがいのあるお方でしたよ。小さいことにもよく気がつかれて、それとひょうきんで、よくご冗談を言ってまわりを笑わせていました」

と語った。

「そう、ね。おもしろい時は稀だったけれどね」と湯漬御前が相づちを打てば、頼光が「母上は少し黙っていた方がいいですよ」と言う。

「へえ、では兄上に似ているのですか」

 普賢丸がぽつりと言うと、頼光が箸を止め、

「今、俺のことを頼りがいのある兄だと言ったのか?」

と念を押す。

「〝ひょうきん〟というところです。それ以外に、どこか心当たりのあるところがありましたか」

「たしかに頼光は、ひょうきん以外はあんまり似ていないわねえ」

 二人が声をそろえれば、

「そういう辛辣しんらつなところ、母上と普賢丸はよく似てますよ」

と、頼光は肩を落とした。

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