第11話
現実を目の当たりにした頼光は、「いやだ、起きたくない。お勤め行きたくないよ」と
普賢丸がそれをはぎとって、
「兄上は仮にも我が家の大黒柱、
「いやだいやだ。俺はずっと、衾ちゃんと生きていくんだ」
駄々をこねる頼光をよそに、普賢丸は
「普賢丸様、殿のお食事はこちらにお持ちしますか」
「いいえ、いつものように皆で食べます。それがうちの決まりですから。さあさ兄上、行きますよ」
引っぱって行こうとすれば、
「あ、まだ今日の運勢を見てなかった。もしかしたら
と、頼光は机の上に放ってある巻物に手を伸ばした。
「そんなわけないですよ。昨日も見ていたじゃないですか」
頼光は「あきらめたら試合終了だぞ。先生、
二月某日
仕事、ええんちゃう
外出、ええんちゃう
争いごと、ぼちぼちやな
恋愛、いけるんちゃう? 知らんけど
「なんだこのふざけた占いは!」と、頼光は巻物を投げつけた。
「
「あのじいさん、本当にすごいのか? 〝幸運を呼ぶ持ち物、草〟って何だよ。こちとら高い金出して占ってもらってんだぞ!」
「はい、庭の雑草。これ持って、はりきって行って下さい」
普賢丸に草をひとすじ持たされて、頼光は部屋から引っぱり出される。
続いて普賢丸は、次男の
「あいつ、また帰っていないのか」
「そうみたいですね」
顔をくもらせる普賢丸の背を、頼光は励ますように叩く。
「まあ、大人になるには、色々と経験しなきゃいけないのさ。時には盗んだ
「牛車は遅い」
「きしむ牛車のなかで和歌を詠み合ったりするんだよ」
「雅か」
などとかけ合いしているところへ、「殿、おはようございます」とまっすぐな声が聞こえた。
朝一番にやってきたのは、家来の渡辺綱である。その足のまわりへ、まとわりつくように黒毛の犬がうろついて、尻尾をちぎれんばかりに振っている。
「おお綱、おはよう。今日も元気に尻尾を振って」
そう腕を広げる頼光の胸に、犬が飛びこみ、嬉しそうに頼光の顔を舐めたくる。
「殿、綱はこちらです」
焦る綱に、普賢丸が「冗談ですから」と静かに言う。
「綱は冗談の通じないやつだからなあ」
「修行不足です。申し訳御座いません」
綱は己に憤るように、眉を寄せる。
「いや、修行の問題じゃないな。子どもの頃からなんだから、もうこれは素質がないに違いない」
頼光が言えば、綱は「そんな……」と絶望を浮かべる。
「大丈夫ですよ、綱殿。子どもの頃から、冗談しか言えないような人よりましです」
「普賢丸、誉めるなよ」
「誉めてない」
などとこんなやり取りが、毎日あるのだった。
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