第一章 地神に首を取らるる話

第8話

 むかし、まだこの世とあの世の境目さかいめがあわく、人とは異なるものたちが跋扈ばっこしていた頃のこと。

 平安京という都があった。

 この世を天沼矛あめのぬぼこでかき混ぜて、天と地とを作り出した神をその祖とする帝が、平安京を治めていた。都にはいまや十何万という人々が住まい、活況をきわめている。人が行き交い、物が集まり、天子たる帝のお足元にふさわしいありさまであった。

 さて、東の山の向こうから太陽がせり上がり、空がだんだんと白んでくると、都の人々は目を覚まし、あちらこちらで火を焚く煙がのぼり始めた。

 都の北側、左京さきょう一条と呼ばれる地区にある源頼光みなもとのよりみつの邸からも、白い煙がのぼり、粥の煮えるにおいが邸内に漂い始めた。

 しんとした邸のなかが、煮炊きの音、人の動く音、鳥たちのさえずる声などで、次第ににぎやかになる。

 一番に起き出して、朝餉あさげを作っているのは、紀代きよという老婆である。頼光が物心つく前から、この邸に仕えている。目が細く、寝ているのか起きているのか、怒っているのか笑っているのかもわからない顔をしている。炊事も縫い物も得意で、おおぜいの客人の集まる宴の支度も、ほとんど一人でやってしまう。また、たとえば頼光が衣を破いて帰ってきたりしても、翌朝にはきれいに繕われて、枕元に置かれている。すべて紀代に任せておけば、間違いはない。

 と、紀代が切った芋を鍋に入れようとしたとき、芋のかけらがぽろぽろと鍋の口からこぼれ落ち、囲炉裏の灰のなかへ飛びこんでしまった。

「あれまあ」

 紀代は少し眉を寄せたものの、

「灰が香ばしくなって、いいでしょう」

とひとりごちて、火掻き棒でもって、芋を灰のなかに隠してしまった。

 そうして、すました顔でまた料理を続ける。

 芋とごぼうとを煮ながら、となりではきのこの羹を作る。

 毎日同じ頃合いに起きて、水を汲み、火をおこし、こうして朝餉を作り始める。何年も変わらない暮らしをしているものの、こしらえる料理は季節の色とともに移り変わる。春は春草の生まれたばかりの苦さを味わい、夏はさっぱりと瓜などを食べ、秋は熟した木の実をつぶしてその色を楽しみ、冬には秋までに作り置いた乾物を味わい、湯気立ちのぼるあつものをふうふうと吹きながら食べて体をあたためる。

 そのような日々を何遍もくり返すうち、庭に集まる犬猫は子を産み、やがてその子が子を産み。蝉はひと夏を身もだえるように鳴いて、ころりと命を終え、さて何代分の命の声を聞いたことか。そうした様を、毎年庭に訪れる渡り鳥も、松の上からひとしきり眺めて去ってゆく。

 そろそろまた、さぎのやってくる頃だろうと、鍋のにおいをかぎながら紀代は思う。今年は鷺に、どんな話をしてやろうか。頼光がだいぶ頭領らしくなってきたこと、頼光の弟たちの成長ぶり、その母が自身の髪の中に白いものを見つけて目を丸くしていたこと。

 さて、そうして紀代が秋の朝を味わっているところへ、頼光の母、湯漬御前ゆづけごぜんが「おはよう」と顔を出した。

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