第5話
地面に転がった男は、起きあがるいきおいのまま、童の方へと駆けだした。するとその足の下で、ずるりと土が動き、土のなかから現れた細い根の数々が、男の手足にすばやくからみついた。
「しつこいことだ」と舌を打つが、刀を握る腕も思うように動かせない。木の根は男の頭にも巻きついて、その首をひねり折ろうとした。
そのとき、森のなかを駆け抜けて、木の根に取りつかれた男の頭上へ、大太刀を振りかぶった偉丈夫が現れた。
偉丈夫と同じ背丈ほどもあるその大太刀がきらめくや、男を捕まえている木の根は、一刀の元に斬り捨てられてしまった。
黒の狩衣に紅の袖をひるがえしたその偉丈夫は、「殿、遅くなりました」と、男に手を貸した。
「待っていたぞ」
そして男と偉丈夫は、背と背をあわせ、それぞれ手に太刀をかまえた。
つかの間ひるんだ森が、いっそう敵意を募らせて、二人に襲いかかってくる。合図もなしに、二人の体が同時に動いた。
男が右を向けば、偉丈夫は反対へ。男が跳べば、偉丈夫はその足下を。男が前へ駆ければ、偉丈夫はその背にぴたりとついたまま、大太刀をふるって駆ける。
男が偉丈夫の肩を蹴って、間断なく降りそそぐ木の葉の矢を切り払う。その足下で偉丈夫は、近づく木の根を斬っては捨てた。
しかし奮闘のなか、二人の呼吸が次第に浅く、苦しげになっていく。
「殿、何か……」
「ああ」
森中が、いっそう暗さを増していく。そして男たちの命の火を吹き消そうと、森から空気が消えてゆく。
「こちらはお任せを」
大太刀を握りなおした偉丈夫が、残った力でもって、大きく一閃をはなった。目の前に迫っていた大樹がぐにゃりと歪み、斬り倒される。その隙間を男がくぐり抜け、駆け始めた。
童の背後には、巨大な猪のような大岩が迫っている。
童の足が木の根にすくわれ、小さな体が宙へ投げ出されると、大岩の口が裂けて、それをひと息に呑みこもうとした。
その寸前、脇から飛び入った白い影が、童の体をかすめとった。
獲物を見失った大岩が、いきおいあまって大樹にぶつかり、大樹が悲鳴をあげながら傾く。
男は抱いた童を地に下ろして、
「さあ、君は駆けてゆけ」
そう背を押して、こちらへ向きなおる大岩へ太刀をかまえた。
童は男の白い姿を見上げてから、ふたたび駆け始めた。
男に向かって、猛烈ないきおいで大岩が突き進んでくる。
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