第3話

 木々がねじれ、生き物のように二人に迫り、身もだえするように地面は揺れ始めた。

「君の道中を俺が守ろう。だから君は、ひたすら進むんだ」

「どっちへ行ったらいいの」

 どちらを向いても、大樹が肩を組み、終わりなく闇が続いている。どこまで行っても出口がないように思われた。

「君の心が向く方向さ。暗くても明るくても、違いはない。君はただ、一歩足を前に出すことだけ考えればいい。そうすれば自然と、心の向く方向に進んでいくはずさ。それこそが君の道だ」

 自分をまっすぐに見つめる男の目を、童もじっと見返した。光のない森の中にいるにも関わらず、その目の中にはきらきらと光っているものがある。

「目の中、お月さまがいるの」

 童が言うと、男は目を細めた。

「そうだな。ほら、月は雲に隠れても、昼間見えなくなっても、ずっと空にあるだろう。そうやって、ずっと君を見守ってるのさ。君は一人っきりじゃない。だから安心しておゆき」

 童と男の手が離れる。鳥が木から飛び立つように、童はそっと男から離れ、一歩また一歩と闇へ向かって歩み出した。そしていきおい、駆けだしてゆく。

 地がぐらぐらと波打つ。木々の根が、蛇のようにのたうち始める。

 森をおおう枝からは、ぬらぬらと気味悪く濡れた葉が落ちてくる。

 童が座っていた場所に鎮座する大岩が、ふつふつと煮えたぎるように揺れ、形を変えて、四方八方から手足のようなものが生え出した。

 幾万、幾億という敵意が、森中から発せられ男を突き刺す。男が森にあることを、この世界にあることを許さないように。

 体がひしゃげるほどの重圧が、男に襲いかかった。

 それでも男は鋭い眼光をたたえて、森を睨みつけた。

「あんたらの方がこの世で先輩だとしても、容赦はしないぜ。人も獣も、あらゆるものの命を奪って、自分ひとり生きながらえて楽しいのか。もっと楽しいことを、俺としようじゃないか」

 手足の生えた大岩の真ん中に、口のように洞が開いて、森をふるわすほどの咆哮を発っした。

 それを合図に、枝葉から降る葉が、矢のごとく鋭く、いっせいに男に向かって飛んできた。

 男は腰に下げた太刀の柄を握る。

 親指で唐鍔をはじけば、鞘から白銀の刃がすべり出す。

 男は舞うように静かにすばやく、一回転した。刃の残光があたかも月の輪郭のように、輪を描いて残る。

 その輪のまわりに、斬り捨てられた葉が、ぼたぼたと重たく地面に落ちた。

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