第2話
驚いた童が、おそるおそる顔をあげると、目の前に一人の男が立っていた。
白鷺の羽のような狩衣を着た男だ。
童は小さな身をさらに縮めて、
「カミサマ?」
と呟いた。
すると、男は童の言葉を意外そうに笑って、
「違う違う。君と同じ人間さ」
と答えた。
ニンゲン、と童は口のなかでくり返してみる。
「随分長いこと、ここにいたようだね」
男は腰をかがめて童と目を合わせ、
「君は強い子なんだな」
と、小さな頭に手を伸ばした。
男の手のひらが、童の頭をなでた。やわらかくはないが、かたいわけでもない。重くも軽くもない。わずかなぬくもりとたしかな感触が、童の頭につたわっていく。
すると童の表情が、ぼんやりとやわらかくなった。
「帰りたいの。でも歩けないの」
童はたどたどしく打ち明けた。
「どうしたんだい、足を痛めたのか」
男が童の足もとを見ると、鳥のように細い童の足の、足首より先が闇にとけて消えていた。
男の表情がくもる。しかしすぐにそれを引っこめて、
「心配ないさ。さあ、俺と一緒に帰ろう」
と声をかけた。
童が「本当?」とたずねる。
「ああ、本当さ。さあ、立ってごらん」
男は言うが、童はまた身を縮ませてしまって、「立てないもの」とくり返す。
男はおだやかな声で、「痛いかい」とたずねた。童は迷いながら頷く。
「じゃあ、俺がおまじないをしてやろう。さあ、目を閉じて。ゆっくり息を吸って、吐いて」
男の手が、童の手をとる。つないだ手から、男の落ち着いた呼吸が伝わる。二人の呼吸がだんだんと近づいていく。
「痛くてもいいんだ、怖くてもいい。けれど君の心は、痛み以上に強く何かを願っているはずだ。願いがあるってことは、もう立ってるも同じなのさ。近づいてるも同じだ。さあ、目を開けてごらん」
目を開くのといっしょに男が立ち上がり、手をつないでいた童も、引っぱられるように立ち上がった。
「立ってる? これでうちに帰れる?」
童が言うと、男は晴れやかな声で「ああ、立っているよ。すごいぞ」とたたえた。
童の顔が嬉しさにほころんだそのとき、森全体がゆがみ、地の底からいらだちの声を上げた。
驚いた童の肩を、男は自分の体に寄せて、
「なあに、こいつら君の勇気に参ってるだけさ」
とささやいた。
「こいつらって」
「この森を産み、棲み続けているものさ。〝神〟と呼ばれることも、〝化けもの〟と呼ばれることもある」
童はおそろしさに身をすくめて、「どっち」とたずねる。
「さあ、どちらもかな。それは見る者によって決まるんだろうよ」
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