守るべき彼女達との出逢い『越乃国戦記 前編(5式中戦車乙2型/チリオツニの開発 1945年夏) 第14話』

■10月5日(金曜日)午前11時30分 金沢市野村練兵場近くの竹林内


 竹林の際から20m程入った場所でエンジンを止め、更(さら)に、30m奥まった場所を随伴(ずいはん)の整備部隊の設営地に決めると、上空からの遮蔽(しゃへい)とチリオツニの外周防御を考えながら、料亭で入れて貰(もら)った水筒の残り少ない御茶を飲み、昼飯の調達を警護隊の隊長に頼(たの)もうとしたところへ、彼女達が現(あらわ)れた。

 野村(のむら)錬兵場(れんぺいじょう)近くの長坂(ながさか)地区の婦人会挺身隊(ていしんたい)の着物の上に割烹着(かっぽうぎ)を着た御婦人達が、オサンドンの仕度(したく)を持って来てくれて、その長坂地区婦人会の会長の女性が私に言った。

「これから毎日、私達15名が皆様方の御食事と井戸水(いどみず)の用意、それに、御風呂(おふろ)などの身の回りの御世話(おせわ)をさせて頂(いただ)きます」

 婦人は、髪を覆(おお)う姉(あね)さん被(かぶ)りの手拭(てぬぐ)いを取り、深々(ふかぶか)と頭を下げた。

 御婦人の後ろに国民服を着た石川県知事の平井章(ひらいあきら)氏に金沢市長の沢野外茂次(さわのともじ)氏らしき年輩の男性と、各校下で結成された国民義勇中隊の長達が警官隊を連(つ)れて来るのと、それに金沢師管区司令官の藤田進(ふじたすすむ)中将と金沢連隊区司令官の越生虎之助(おごせとらのすけ)中将が共に佐官級の副官数名と護衛兵達まで連れて、竹林内の道を徒歩(とほ)で遣(や)って来るのが見え、ただちに第1中隊1号車の搭乗員と随伴部隊の全員を招集(しょうしゅう)して整列させた。

 師管区司令官、連隊区司令官、知事、市長からの挨拶(あいさつ)と労(ねぎら)いの言葉を続けて頂戴(ちょうだい)した後、私が報国(ほうこく)の強い意思と守り通す決意を伝えて、副官達の最上位官である大佐によって振る舞われた御神酒(おみき)の乾杯の音頭と万歳三唱がなされ、其(そ)の後に行われた5式中戦車乙型2の見学と性能説明が済(す)むと、挨拶式は解散となり、知事と市長の御一行(ごいっこう)様と二人(ふたり)の司令官御一行様は来た道を戻(もど)って行ったが、私は、再(ふたた)び隊員達を整列させて、15名の御婦人達に、御世話になる旨(むね)と感謝の御礼を言い、全員で捧(ささ)げ銃の儀礼(ぎれい)を行った。

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「この女学生3名が、戦車の搭乗員の方々の御世話を致(いた)しますが、なにぶん若いので、足りないところは私に申し付けて下さいませ。粗相(そそう)が有れば、きつく叱(しか)って指導しますから」

 儀礼式の後、チリオツニへ戻る5名の搭乗員に、世話係りを紹介する婦人会会長の強い物言(ものい)いに、婦人会長と同様に日本手拭いの姉さん被りで頭を覆う、横1列に並ぶ女学校の制服に前掛(まえか)けを付けた女子達は、見れば三人(さんにん)とも恥(は)ずかしそうに顔を伏(ふ)せていた。

「婦人会会長殿、ありがとうございます。御世話になります」

「それでは、これで私は行きますが、……三人とも、しっかり御世話をしてちょうだいね」

「はい!」

 念押(ねんお)しをして立ち去る婦人会会長に歯切(はぎ)れの良い返事を三人は返(かえ)す。

 大きなヤカンと小さな炭俵(すみだわら)を持つ少女が顔を戻して、搭乗員を一人(ひとり)ずつ順番に見ている。

 両手で持つ御盆に急須(きゅうす)と重(かさ)ねた湯呑(ゆの)み茶碗を載(の)せて其の上に広げた手拭いを掛けている少女は顔を上げると、正面に立って見詰めている操縦手の指中1等兵と目が合い、見る見る顔を赤らめて、また俯(うつむ)いた。

 竹の皮に包(つつ)まれた幾(いく)つものオニギリと漬物(つけもの)を入れた丼(どんぶり)が見えている風呂敷包(ふろしきづつ)みを両手に持つ少女は、最初に、私を一瞥(いちべつ)すると五人の搭乗員を見定める様に視線を流してから戻し、そしてまた、じっと私を見据(みす)えてから言った。

「紹介します。そちらから、天池(あまいけ)真木子(まきこ)、15歳です。こちらは、錦城(きんじょう)祥子(さちこ)、16歳です。そして、私は鷹巣(たかのす)淑子(よしこ)と言います。17歳です。三人とも、ミッション系の北陸女学校の生徒です。不束者(ふつつかもの)ですが、宜(よろ)しく御願いします。……ほら、御辞儀(おじぎ)をしなさい」

 そう自己紹介をして笑顔になると、三人の少女は揃(そろ)って頭を下げた。

(……不束者ねぇ、まるで嫁入(よめい)りの挨拶だな。それに、わざわざミッション系と言う辺り、いろいろと婦人会へ意見でもしているのだろう。婦人会会長が釘(くぎ)を刺(さ)す訳だ)

「宜しく御願い致します。御世話になります」

 私が感謝の意を返す。

「御世話になります!」

 続いて乗員達も、声を揃えて頭を下げ、最敬礼(さいけいれい)をする。

 ヤカンと炭を担当する女子は錦城祥子さん、急須と湯呑みの担当の女の子は天池真木子さん、そして、オニギリと漬物を担当するのが年長でリーダー格の鷹巣淑子さんだ。

(三人とも、可愛(かわい)くて美人だから、明日にも戦死するだろう若い戦車搭乗員達への手向(たむ)けとして、身の回りも世話させる為に、彼女達が選ばれたのかも知れないな……)

 これが、8月に17歳になったばかりの鷹巣淑子との初めての出逢いだった……。


つづく

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