防衛地点への5式中戦車の移送『越乃国戦記 前編(5式中戦車乙2型/チリオツニの開発 1945年夏) 第13話』
■10月5日(金曜日)午前4時 大聖寺駅の駅前広場
早朝から5式中戦車乙2型の6輌全車が大聖寺(だいしょうじ)駅前の広場に集結して、午前7時に内定していた部隊の結成式を行い、部隊は『独立戦車梯団(ていだん) 越乃国(こしのこく)』と正式に名称を賜(たまわ)った。そして、事前に知らされてはいたが、梯団長として私の任命(にんめい)が改(あらた)めて発表された。
結成式は必勝祈願の御払(おはら)いの後、福井県から呼(よ)ばれた陰陽道(おんみょうどう)の導師(どうし)が護摩(ごま)を焚(た)いて呪詛(じゅそ)を唱(とな)えた。
「……逆(さが)しに行くぞ。逆(さが)しに行(い)け下(くだ)せば、向(む)かふわ、血花(ちばな)を咲(ざき)がすぞ。微塵(みじん)と乱(みだ)れや。燃え行(ゆ)け、他へ行け、枯(か)れ行け。生霊(いきりょう)、狗神(いぬがみ)、猿神(さるかみ)、水管(すいかん)、長縄(ながなわ)、飛火(とびひ)、変火(へんか)。其の身の胸元、四方(しほう)散(さん)ざら。微塵と乱れや。向こうは知るまい。此方(こちら)は知り取る。向(むか)ふわ、青血、黒血、赤血、真血(しんけつ)を吐(は)け。血を吐け。泡(あわ)を吹(ふ)け。七(なな)ツの地獄(じごく)へ、打ち落とす……」
呪詛と祈(いの)りが済むと、一同の万歳三唱で締(し)め括(くく)られた。
結成式が済(す)み、無線交信や通常連絡でも使う各車の暗号名が決められると、其の後は完全迷彩擬装(めいさいぎそう)を施(ほどこ)し、交信訓練をしながら全車が隊列を組んで移動した片野(かたの)の浜で、午後3時過ぎまでの間、形ばかりの連携(れんけい)戦闘訓練を実施したが、実際の配置と戦闘は単独で行うので主に無線連絡の送受信の暗号符号(ふごう)と手順を整合するに止(とど)めた。
訓練後は擬装を外(はず)して、点検整備と清掃が徹底して行われた後に、守備地への移動と防衛の命令を承(うけたまわ)り、夕方までに全車が大聖寺の駅前広場へ移動して弾薬と燃料の補給を済ませてから整列停車をさせ、それぞれの守備地へ分散配備を各車に命ずる分派式(ぶんぱしき)を執(と)り行(おこ)った。
夕陽に照(て)らされる中、車長達に辞令を渡して武運長久(ぶうんちょうきゅう)と大勝利を祈願し、再(ふたた)び万歳三唱で締め括った。
其(そ)の後、宵闇(よいやみ)の訪(おとず)れで足許(あしもと)が危険になる前の黄昏(たそがれ)の薄暮(はくぼ)には、1輌のチリオツニに大聖寺城跡近くでの守備を命じた後、チリオツニ5輌の50t積み低床式(ていしょうしき)大物貨車5輌への積載が順調に行われ、宵闇(よいやみ)になる前には無事に終える事が出来ていた。
富山(とやま)湾の伏木港(ふしきこう)に残されていた94式6輪自動貨車の内から12台が平床(ひらゆか)貨車で運ばれて来ていて、既に五式中戦車の補修用の予備部品、工具一式、弾薬、燃料のドラム缶、及び擬装網、衣服、非常食、生活用品、私物などが6輪自動貨車の荷台へ所狭(ところせま)しと積み込まれている。
6輌の15t積み平床式貨車に乗せられた94式6輪自動貨車は昼過ぎに大聖寺駅の引き込み線路と貨物ホームへ到着していたから積載を終えて目録(もくろく)を再確認した後、待機していた整備中隊の整備兵全員が分派式に参列している。
其の夜は貸し切りにした駅前周辺の料亭や旅館で、無礼講(ぶれいこう)の宴会が催(もよお)され、今生(こんじょう)の別れの礼になるだろう盃(さかずき)を酌(く)み交(か)わしながら互(たが)いの武運と己(おのれ)の勇戦を誓(ちか)い合った。
白(しら)んで来た空に、まだ夜明けは早いと感じさせる午前4時、大聖寺の料亭から朝飯にと配(くば)られた二(ふた)つの大きなオニギリを、淡緑色(たんりょくしょく)に染(そ)めた使い古しの魚網(ぎょもう)をチリオツニの天辺(てっぺん)から平床式貨車の床まで被(かぶ)せてから隙間(すきま)無く樹木の枝で覆(おお)った砲塔の上に座(すわ)って線路の継(つ)ぎ目に揺(ゆ)られながら食べた。
白山の山頂辺りが薄桃色(うすももいろ)に染められて来た暁(あかつき)に、重連結の蒸気機関車に牽引(けんいん)される貨車列は、重量分散の為に燃料や予備部品などの補給物資を満載した2台の94式6輪自動貨車を整備兵達と共に積載した平床貨車、其の後ろに乗員達の搭乗した1輌の5式中戦車を積んだを乗せた低床式大物貨車という順序の連結で1個小隊として、大聖寺町の防衛配置に留(とど)められる1小隊以外、小松駅へ2小隊、金沢駅へ2小隊、富山県の高岡駅へ1小隊の切り離し順の合計10輌の貨車編成で大聖寺駅を出発した。
列車は高空を単機で通過するアメリカ軍の偵察型B29爆撃機を発見する度(たび)に、最寄(もよ)りの駅の待機線で停車して遣(や)り過(す)ごす。
途中、第2中隊の低床式大物車2輌と平床式貨車2輌は小松駅で連結を解(と)かれ、決して夜襲や深追(ふかお)いをせずに防衛に撤(てっ)するなどの自分の実戦経験に基(もと)づいた戦闘要領と定時の無線連絡は欠(か)かさない事という大聖寺駅で行った訓示(くんじ)に念(ねん)を押した後、第2中隊の2輌のチリオツニは、それぞれ補給物資を満載した2台の6輪自動貨車と小隊を組んで守備位置へと移動して行った。
次に停車した金沢駅の貨物ヤードでは、第1中隊のチリオツニが1輌ずつ積まれた50t積み低床式大物車2輌と随伴部隊の4輌の94式6輪自動貨車を載せた2輌の15t積み平床式貨車及び、小松駅で連結した防衛部隊向けの武器弾薬や海軍の余剰(よじょう)兵器を満載した6輌の無蓋(むがい)貨車の内4輌を切り離す。
貨車列に残った低床式大物車1輌と平床式貨車車1輌に積まれている第3中隊2号車の小隊が隣県の富山県高岡市の配備地へと向かったのは午前9時になっていた。
列車は更に高岡駅から富山駅へ向かい、2輌の無蓋貨車に積まれた武器弾薬などの物資を届ける予定だ。
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金沢駅で降りた私は、積載した時と同様に平床貨車から慎重(しんちょう)にチリオツニと補修部品及び補充弾薬や燃料のドラム缶を満載した2台の6輪自動貨車を降ろして点検した後、車輌と中隊員を2個小隊に整列させると隊伍(たいご)を組んで大乗寺山と卯辰山の麓(ふもと)へ、それぞれの待機位置へ自走移動で向かったのは正午調度だった。
待機場所近くまでは、先導と前衛にサイドカーと94式軽装甲車が、後衛にも94式軽装甲車が付き、随所(ずいしょ)に警官と兵隊が警護する金沢市内の電車が走る石畳(いしだたみ)の主要道路を、道面を傷(いた)めないように時速5㎞の低速で走行した。
沿道では、大勢の市民が両手に持った日章旗(にっしょうき)や旭日旗(きょくじつき)を千切(ちぎ)れんばかりに振って、我々を歓迎してくれている。
武蔵が辻(むさしがつじ)の交差点で、直進して橋場町(はしばちょう)から国道橋の浅野川大橋を渡って待機位置の鳴和(なるわ)地区へ向かう2号車の部隊と別れた。
1号車の第1小隊は武蔵が辻の交差点を右折して進み、香林坊(こうりんぼう)、片町(かたまち)を過ぎて国道橋の犀川大橋を渡ったところの坂を上り、其処(そこ)の野町広小路(のまちひろこうじ)の交差点を左折して寺町台地を野田山(のだやま)の裾(すそ)に広がる野村練兵場へと向かう。
小高い山頂から山裾(やますそ)まで松林と竹藪(たけやぶ)に囲まれた広々とした野村練兵場に着くと、右手の竹林内に通された道へ入り、待機場所の泉野(いずみの)の丘の上へ着いた。
つづく
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