エクソシスト×パン屋さん
上代
読み切り
「また、除霊に失敗したか……」
オフィスで報告を聞いた中年男性は頭部に手をあてながら溜め息を吐く。
「課長。今回の悪霊はかなり強力なようです。こうなっては……」
「ああ……」
向かい合う部下が何を言いたいか察すると男は言った。
「これは〝パン屋〟に頼るしかない」
※
突然だが三等
何故なら彼女は悪霊討伐の依頼を〝パン屋〟に持っていくよう上から指示されたからである。
そして、その〝パン屋〟というのが隠語でも業界用語でもなく純然たるパン屋であったことに驚きを隠せずにいた。
「マジでパン屋じゃん……」
何故にパン屋……!? どうしてパン屋ッ?!
疑問が尽きることがない。
しかし、理由はどうであれ言われたことをこなすのが仕事。
彼女は気を取り直して店の中へ足を踏み入れると暖かなパンの匂いに出迎えられる。
「いらっしゃいませー」
男性店員に声を掛けられると彼女は反射的に頭を下げながら
「木村 タカシなら、私ですが、何か?」
男が用件を聞くと
「
「あー、ハイハイ」
彼は、なんの疑問を抱くこともないまま依頼書を受け取り中身に目を通すと任務を了解する。
「では当日、私が依頼先までに道案内をさせていただきます。
「ああ、よろしく頼むよ」
男から全ての了承を得ると
※
依頼日、当日。
「あの……それの中身〝パン〟ですよね?」
「そうだが」
いや、そうだが……じゃねーよ。
「あの、遠足じゃないんですよコレ。今から向かう先は数多の
「だから?」
念押しする
「だから! パンなんか持っていったって食べてる時間なんかないってことですよ!!」
「パンなんかとはなんだ! パンなんかとは! コイツは俺にとって大事な商売道具なんだぞ!」
うぁ……めんどくせぇ……。
釘を刺すと逆にキレ返してきた男に呆れながら彼女は目的地周辺で停車した。
「着きましたよ」
そこは廃墟と化した病院……。
「
「で、今は立ち入り禁止の心霊スポットか」
「ちょっ……!?」
そのまま建物の中に入っていく彼を追って
「パンは置いていっていってください」
「??????」
「いや! そこで『なんで?』みたいな顔しないでくださいッ!!」
本当に大丈夫なのか不安になってくる……。
すると。
「いま、なんか聞こえなかった?」
「え?」
彼女が頭を痛めてる間に男は何かを感じ取った。
「……はん……ご……ン」
かすれた声が
「ごはん……食べた……い……」
入院中、ロクに食事を与えられなかった男の亡霊だ。
腹を空かせてヨダレを垂らしながらコチラに気づくと悪霊は大きく口を開けた。
「喰 ワ セ ロ……」
「はい、パン一丁」
「えええーーーッ!!?」
明らかに人肉に喰らいつこうとするとこで男は問答無用に細長いパンを亡霊の口の中に突っ込み黙らせた。
「美味いか?」
「オ……オ”ぃじ……ィ……」
「逝ったーーーー!!」
パンを食った悪霊は霧散するように消えていき成仏していった。
「どうだ」
散々、文句を言われたパンが役立つと男はドヤ顔を見せた。
「いや、たまたま除霊できただけでしょ」
さい先は良いが、こんな調子じゃ思いやられる。この病院には、まだ数多くの悪霊が居るのだ。
そう、例えば彼女の背後とかに……。
「ッ?!」
気づいた瞬間。
「グワァァアアアアア!!」
黒い
「ありがと……ってフランスパン!!?」
解放されて感謝の言葉が出るよりも先に彼が使っていた武器にツッコミがいく。
ナゼェ!? ナンデェ?! なぜにフランスパンッ?!!
「おい、まだ敵は成仏してないぞ」
木村は注意しながら困惑する彼女を黒い
「エエーー!!?」
一切れの食パンから発せられたエネルギー派が悪霊の攻撃を防ぐという光景に
「フランスパンッ! 一本ッ!」
続けて二本、三本とバスケットから取り出したフランスパンを素早く敵に
「滅せよッ!! パンセットトリニティ!!!!」
その言葉と共にフランスパンが突如、光輝きだし悪霊は断末魔を残して爆発四散した。
「パン!! 強えぇぇぇぇ!!」
理解も追い付かぬまま彼女は勢いで叫んだ。
「解ったか、コレがパンの力だ」
「いや、ワケわからん……」
再びドヤ顔を見せつける木村に冷めた反応をする
そんな彼女に木村は溜め息を吐く。
「バカだな君は……」
「あんだとぉ」
彼女は
「良いか、霊的存在との戦いでは本来、武器にならないような物でも武器になりえる。例えば煎り大豆や
「つまり、パンは幽霊に効くってことですか」
「パンは神の肉だからな。その神聖な力の前では悪霊など塵芥も同然だ」
「ほう、それは凄いですね」
そう感心したのは、白衣を着た年寄りの男であった。
もちろん人間ではない。その証拠に木村が問答無用に投げつけたパンに反応して爆発した。
「容赦ねぇーッ!!」
あまりの手の早さに
「まぁ
「全くもって酷い」
彼女が言葉に悩んでいると煙の向こう側から再び男の声が聞こえた。
「人に食べ物を投げつけるとは、親の顔が見て「まだ、消えて無かったかーッ!!」
最後まで話を聞く気のない木村は再度パンを投げつけ、
「やっぱり容赦ねぇーッ!!」
ここまで来ると最早、
「当医院では許可されてない飲食の持ち込みは禁止デェェェス!!」
爆発の中からゴルフクラブが二人に向かって投げつけられた。
「聖なる食パンの加護よ!!」
木村は食パンで攻撃を防ぎながら相手の実力を理解する。
「コイツ、他の奴らよりも強い」
「当たり前だ。私はエリィィィトなんだからな」
木村からの称賛に対し白衣の年寄りは自ら自負を誇張しながら新たにゴルフクラブを握る。
「なんで医者なのにゴルフクラブ持ち歩いてるんだよ……」
「これは護身用だッ!! バカな患者どもが、いつ襲ってくるか判らんからな」
木村のツッコミにそう答える幽霊だが、普段から襲われる覚えがあるとか、どんな人生を歩めばそうなるのか皆目検討つかない話だ。
「さて、そんな事よりもよくも私の病院で好き放題暴れてくたな。貴様らは今からボコボコにしてウチに入院してもらい薬物実験に付き合って貰うぞ!!」
「誰がモルモットになるものか!! 喰らえッ!! ツィヴィーベルブロート!!」
「ぐぁあああああ!!」
だが。
「無駄だぁああ!!」
声を上げて消滅したかと思ったら白衣の亡霊は直ぐに復活し、しつこく攻撃を仕掛けてきた。
「ザルツシュタンゲンッ!!」
接近戦になると木村は対魔効果のある塩が掛かった細長いパンを振るい悪霊を切り裂く。
しかし、倒しても倒しても白衣の幽霊は甦り、いつまで経っても終わりが見えてこない状況に
「そんな、
「どうやら相手は、この病院そのものに取り憑いた地縛霊のようだな」
徐々にパンが底が尽き始める中、彼は冷静に推論を口にし、ソレだと大規模な除霊術式が必要だと彼女は叫び慌てる。
「心配するな」
窮地に追い詰められた彼が、そう言うと二層構造の丸いパンを取り出す。
「グハハハ! また、パンか。いい加減、バカの一つ覚えだと気づかんのか」
「悪いが、これは普通のパンではない。パンの中でも最も聖なるパンだ」
侮蔑し高笑いを上げる悪霊に木村はそう語ってみせる。
「全部、同じだろうがーーッ!!!!」
「なら、良く味わいな」
次の瞬間。パンの種類などまったく見分けのつかない亡霊に超神聖なパンの輝きが襲いかかった。
「ば、バカな……ご飯派の私が……ご飯派の私が──ッ!!」
「これがお前の最後の晩餐だ!! 喰らえッ!! プロスフォラ!!!!」
「ぬわーーーーっっ!!」
必殺パンの眩い光に病院が呑み込まれると悪霊は跡形もなく消え去っていった。
「終わ……った?」
「ああ、除霊完了だ」
任務達成を告げると彼女はテンションを上げてはしゃぎ出す。
「すごい……凄いです! 一人で全部、やっつけてしまうなんて!」
だが、称賛と安堵も束の間であった。
「いま、何か
「……ッ!?」
彼女は自分の耳にしたものが気のせいでないか確認すると木村は出口に向かって走るように叫んだ。
「え?」
状況についていけない彼女は木村に手を引っ張られる。
「ちょちょ、何なんですか!?」
「建物が崩れ始めてるんだよッ!!」
その証拠に柱や壁に次々と亀裂が生まれていた。
「ええーー!! なんで!?」
「おおかた、あの悪霊が、この崩れて当然の病院を今まで支えてたんだろうよ!!」
「除霊による二次災害ってことですか!?」
「そういうことだ!」
ようやく事態を飲み込むと、彼女の手を離し二人で走り出す。
「出口まであと少しだ!」
正面ロビーに差しかかった所で木村は振り返ると彼女が遅れていることに気づいた。
「先に行ってください!」
少し歩幅が落ちたが、彼は言われるまま玄関を走り抜け彼女の脱出を待った。
「早く来い!」
そう願う間にも病院の天井はひしゃげ、粉末状になった細かいカケラが落ちてくる。
やがてソレは限界に達し、大きく形を崩すと若き三等
※
「……で、なんで私、生きてるんですか」
彼の経営するパン屋の住宅スペースで意識を取り戻した
「えー……」
そのことで木村は歯切れの悪い反応をしながら彼女に説明を始める。
「実は、肉体の損傷が激しかったから君の魂を別の物に移したんだ」
その時点で嫌な予感がした。
「魂を移したって何にです?」
「コレ……」
「やっぱり!! パンかよッ!!」
「正確にはヴェックマンという」
「どうでもいいッ!!」
と言うか、私、いまパンなのかよ……。
一通り激しくツッコミ終えると彼女は一気に冷静になり、落ち込んだ。
「どうすんだよ私の人生……」
「あー……ソレについてだが、そんな体じゃ、いつ不調を起こしても不思議じゃない。だから、ウチで働いて貰うことになった」
「ウチって?」
「ウチはウチだよ」
そう言いながら木村はココと言わんばかりに床を指差した。
つまり。
「パン屋ぁ!!」
こうして……私の人生は大きく一転しパン屋木村ベーカリーで働くこととなった。
※
あれから一体、どれくらいの月日が流れただろうか……。
パン屋としての日々は朝早く。
エクソシストとしての仕事は夜遅く。
普段はパンを売って、たまに依頼を受け、時に
「まぁ……こういうのも悪くないか」
異常な日常にも慣れ、彼女はあくびをしながらレジに立つ。
エクソシストでパン屋。そんな、ハチャメチャなこの店に次に訪れるのは……。
「あ、いらっしゃいませー」
アナタかもしれない……。
エクソシスト×パン屋さん 上代 @RuellyKamihiro
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