5分で読める物語『凡人のすゝめ』

あお

第1話

 テストは平均点、運動は可もなく不可もなく。秀でた才能もなければ、悪目立ちする欠点さえも見つからない。そんな〝個性〟の欠片もない者を、人はみな〝凡人類〟と呼ぶ。


***


 朝日と共に、伊坂流いさかりゅうのシフトは終わる。

 オフィス街の一角にある小さなコンビニ。

 深夜から明朝にかけてが俺のバイトタイムだった。

 廃棄の弁当を袋につめて帰路につく。

 都心の大通りへ出ると、嫌というほど目にした例のCMが流れていた。


『あなたの個性を伸ばしましょう! 人はみなオリジナルであるべきなのです。私たちにそのサポートをさせてもらえませんか? 国民個性保護団体オリジン』


 正七角形の外枠に、各頂点を結んで出来た星型のマーク。

 国民個性保護団体を謳う『オリジン』のシンボルだ。

 そのシンボルを目にするたび、内に積もったわだかまりが、パチパチと火花を散らす。


 ――みんな揃いも揃って個性、個性個性個性個性個性個性! 凡人の何が悪いってんだ! 凡人の何が……悪い…………っ‼


 怒りに身を任せ、近くのガードレールを蹴り飛ばす。


「痛ってぇ!」


 何とも情けない己の行動に涙が浮かんできた。


「個性を、お探しですか? 伊坂様」


 思わず背筋が伸びるような、透き通った声。

 振り返ると黒服に身を包んだ高身長の男性が、柔らかな笑みを向けていた。


「ああ、探しているよ。でもずっと見つからねぇんだ。俺は凡人、目を引く才能も、反吐が出るような欠点もない。人畜無害の凡人類だ‼」

「凡人類と揶揄されお過ごしになられてきた、これまでの心労がいくばくか。考えるだけで私の胸はきつく締めつけられます。伊坂様が抱えている気苦労は、きっと私の想像など遥かに及ばないのでしょう。さぞお辛い経験をされてきたのですね」


 黒服の男はまるで俺の人生を追体験したかのように、憐れみの表情でこちらに語りかける。


「私たちは、そんな個性の開花に思い悩んでいる方をサポートすべく立ち上がった慈善団体でございます。もしよろしければ、私たちに伊坂様の個性を開花させる、そのお手伝いをさせてください」


 怪しいと思った。怪しいと思ったのだが、そんな怪しさに頼って奇跡的にでも個性が見つかれば万々歳だと思った。


 ――このまま、何もせず、ただただ〝凡人類〟として生きていくくらいなら。いっ

そ死地に立たされるくらいの絶望を味わいたい。その方が間違いなく、俺の個性に繋がるはずだ。

 答えを出すまでにかかった時間は瞬き数回の間ほど。


「お願いします」


 黒服の男は満面の笑みで答えた。


「全身全霊を尽くし、必ずや伊坂様の個性を開花させてみせます」


***


 黒服に連れてこられたのは港にある古びたコンビナートだった。

 入り口には黒服にサングラスと、いかにもなガードマンが周囲を見張っている。


「凡人類のたまり場だと言って嫌がらせする人が多いんですよ」


 困ったように笑いながら、黒服の男はガードマン前を横切っていく。

 恐る恐る後をついていくもガードマンから止められる、なんてハプニングは起きなかった。

 中には俺と同じ私服姿の人間が集まっている。壁際には黒服の人たちが綺麗に整列して、部屋の内側を見つめていた。まるで私服姿の人間を監視するかのように。


「ここでしばらくお待ちください」


 そうして彼ら同様、俺も部屋の中央辺りで待機することとなった。


「なぁ……お前も〝凡人類〟か?」


 隣のやさぐれた男に声をかけられる。


「あ、ああ」

「やっぱそうか。こいつら、凡人類集めて何しようってんだ」


 やさぐれ男が訝しげに黒服たちを睨む。

 すると突然部屋の照明が消え、前方にスポットライトが当たった。


「皆様、大変お待たせしました。本日の『個性開花計画』責任者の富山と申します。以後、お見知りおきを」


 富山を名乗った男はやはり黒服。うやうやしく頭を下げ、紳士然とした立ち振る舞いだ。


「本日お集まりいただいた皆さんは大変ラッキーです。これから行うゲームに勝利すれば、国家公認の『個性証』を獲得出来ます。たった一日で人生が変わるのです!」


 周囲がざわつく。

 そりゃそうだ。こんな美味い話、必ず裏がある。そしてゲームという不穏な響きは、その裏と直結しているに違いない。


「静粛に。えー、皆様は個性を持たない〝凡人類〟としてこれまでの生涯を過ごされてきました。これまでの心労、お察しするに辛く険しい道のりだったことでしょう。ですが、それは今日までの話! 私たちは、皆様に〝凡人類〟だからこそ可能な偉業を成し遂げていただきたいのです」


 ざわつきはどよめきに変わる。


「ここでまず、はっきりと申し上げます。誠に残念ながら、凡人類が個性を見出すことは不可能です。しかし、凡人類の皆様にも僅かな可能性が残っております。それは――〝個性の真似事〟です」


 息をのむ凡人類たち。


「〝個性の真似事〟は凡人類にしか成し得ない偉業なのです。非凡人が他者の個性を真似してしまえば、どうなるでしょう。それは自身の個性を失うと同義であり、まさに自殺行為! しかし、皆様は〝凡人類〟! 失う個性を持たない者にとって、〝個性の真似事〟はまさに百利あって一害なし!」


 凡人類の興奮が手に取るように分かる。

 誰もが言葉の続きを待っていた。


「さあオリジナルな個性を夢見るのは今日でお終いです! これからは凡人類としての強みを生かし、〝個性の真似事〟で〝疑似個性〟を乱獲するのです‼」


「「「うぉおおおおおおおおおお‼」」」


 雄叫びが部屋中に響き渡った。

 凡人類にとって〝個性の真似事〟はまさしく革命。

 最悪な人生に終止符を打つ、唯一の希望だ。


「お分かりいただけたところで、早速一つ目の〝真似事〟を始めましょう。最初の疑似個性は――『幸運』です‼」


 富山の背後にある大型ビジョンに『幸運』の二文字が映し出される。

 大衆は彼の一挙手一投足に雄叫びを上げていた。

 熱狂である。


「今から皆さんには『幸運』の疑似個性獲得を目指してもらいます。『幸運』とは文字通り運だけで勝利を収めてしまうもの。しかし残念ながら皆さんには運がないッ! だから〝真似事〟のゲームをしてもらうのです」


 パチンと富山が指を鳴らして合図した。

 すると壁際に控えていた黒服たちが、謎の紙を凡人類たちに配り始めた。


「さあ今皆さんにお配りしているのは、マル、もしくはバツの書かれたカード五枚。このカードを使って、今から皆さんには互いに勝負をしてもらいます。ルールは単純。『いっせーのーで』と発声の後、カードを一枚場に出します。マルを出した者が勝利、バツを出したものが負けとなり、同じマークを出した時のみあいことして処理されます。無事、全勝を収めた人は我々から『幸運』の疑似個性を贈呈します」


 簡単だ、と笑う者。

 興奮状態で一切話を聞いていない者。

 勝負事と聞いて途端に自信を失っている者。


「おい! こんなんで全勝とか、できるわけないだろ!」


 そして、五枚のカードを掲げ怒る者。

 ちょうど黒服が目の前に現れ、五枚のカードを手に取る。

 マルのカードが一枚、バツのカードが四枚だった。


 ――なるほど。これは……。


 カードを受け取った者は不平を口にし、「勝てる訳ない」「ゲームにすらなってない」と喚き散らしている。


「負けたやつはどうなるんだよ⁉」


 富山が反応したのはこの言葉だけ。


「引き続きこの場に留まり個性獲得を目指します。あ、伝え忘れていましたが、皆さんは個性を獲得するまで、未来永劫、ここから外に出ることはできません」


 最低限の生活は保証しますよ、と付け加えニッコリと微笑む。

 凡人類たちは暴徒と化した。


 ――これは……個性獲得サポートなんかじゃない。凡人類を収容し、まとめて処分する。ここはゴミの廃棄場だ。


 暴徒化した凡人類の中にも、同じくここの目的に勘づいた者がちらほらいる。


 ――大事なのは個性獲得なんかじゃない。どうやってここから抜け出すか、だ。


 パァッン!


 甲高い銃声が鳴り響く。

 富山の掲げた拳銃から白い煙が上がっていた。


「はぁ……あなたたちは何を聞いていたのですか? 個性の〝真似事〟ですよ? 凡人の皆さんはその平凡な頭を死ぬ物狂いで使ってようやく〝真似事〟の域に到達するのです。いい加減、自分が国のゴミだと認識してください」


 犬のように吼える凡人類。それも銃口を向けられれば、情けない子犬に成り下がる。


「お前たちは凡人だろう! 凡人は生きる価値のない無能だとなぜ分からない⁉ いいや分かっているはずだ。これまでの生活で、ここに来る直前にだって、凡人類として蔑まれたはずだ。お前たちは一生凡人として生きていくのか? それともここで個性を獲得し、生まれ変わった人生を歩んでいくのか? それはお前たちの選択次第だ。俺はどちらでも構わん。ここで腐って死んでいくのもそれはそれで〝個性的〟だろう」


 富山の言葉に、涙する者、拳を握り熱くなる者、うなり声を上げる者、さまざまだったが、皆不平を口にするのは止めていた。

 ちらりと手元の時計を確認し、冷ややかな声音で富山は告げた。


「時間だ。ゲームを開始する」


 ブザー音が鳴り響く。


「勝負だぁああああああああ‼」


 隣のやさぐれ男が雄叫びを上げた。

 それが合図となり、皆それぞれ用意されたテーブルに着いては勝負を始めた。

 誰もが、あいこを出そうと誓いあう。しかし誰もが勝ちを狙って易々と相手を裏切る。

 だが裏切り者の手札ほど消化しやすい敵はいない。一勝したということは残りのカードは全てバツ。勝者は即座にカモとなり、戦場はあっという間に血みどろの戦いを見せていた。


「おい、お前まだ勝負してないのかよ。俺とやろうぜ」


 目を真っ赤にした男が勝負を誘ってきた。


 だが、コイツじゃない。


「ちっ、無視かよ。ヘタレが」


 その後も何人か、血眼になった凡人類が勝負を持ちかけてきたが、全員無視。

 一〇分ほどで戦場は落ち着きを見せ始め、二〇分も経てば、カードを持っている人間はごくわずか。


「カード持ってるやつ! 真ん中の卓に集まれ」


 金髪チクチク頭の青年が周囲に呼びかける。

 俺を含め三人がゆっくりと中央の卓に集まった。


「やっぱこの四人か。お前ら、ここの目的に気付いているだろう」


 左隣に金髪の青年。右隣に銀色の眼鏡をかけたミドルエイジ。向かいにはゴミの掃きだめに似つかわしくない黒紙ロングの女性。


「冷静なお前らなら分かるはずだ。このゲームは全てあいこにするしか、勝ち目がない。だから互いに手札を見せながら勝負するんだ。それでこのゲームは勝てる!」


 静まって聞いていた、負け組の凡人類たちがどよめく。


「俺には守るべき家族がいる。先月子どもが生まれたばかりなんだ。今日だって早く帰ってやらねぇと嫁が潰れちまう。頼む、俺の作戦に乗ってくれないか」


 青年の頼みに答えたのはミドルエイジだ。


「分かった。それでいこう。君の作戦が最も裏切りにくいだろう」

「ああ!」


 次いで目線で同意を求めてくる青年。


「乗ろう。他に言い作戦があるわけでもないし」


 俺の返事に太陽のような笑顔を見せる青年。

 最後に女性がこくりと頷いて、俺たち四つ巴のゲームが始まった。

 全員がカードを表向きにして卓の上に置く。


「最初はバツだ」


 青年の合図で全員バツのカードを手に持ち、場に出した。


「次もバツ」


 同様に見えるようにカードを取って、バツを出す。


「順調だ。じゃあ次は」

「待った。君だけがマークを宣言するのは不公平だ」


 ミドルエイジの制止に、青年がうなずく。


「残り三枚はこちらの女性から時計回りで宣言しよう」


 目線で同意を示し、女性が細く息をもらす。


「じゃあ、バツで」


 消え入りそうな細い声を合図に、バツを取り場に出す。

 次はミドルエイジの手番だ。


「では、バツでいこうか」


 宣言と共に、バツを手に取る。

 しかし視界の隅に映った、ミドルエイジの取り方に引っ掛かりを覚えた。

 彼はカードを覆い隠すようにして取った。

 確信は何もない。ただ、嫌な予感がした。


「あの、一回カードを置いてもらってもいいですか?」


 俺の提案に、ミドルエイジは眉をひそめる。


「どうしたんだよ急に。別にいいけどさ」


 青年は素直にカードを置き、女性も同様にした。

 ミドルエイジは渋々彼らにならい、ゆっくりとカードを置きにいくが、


「あっ」


 彼の手の中からバツとマルのカード二枚が出てきた。


「これは、どういうことですか」


 俺の問いに、ミドルエイジは潔く答えてくれた。


「負けたやつのカードを盗んでいた。疑似個性は一個しかないと思ったから、出し抜かなきゃ意味がないと思って……すまない」

「ルール違反はどうなるんだ?」


 壁際に控えている黒服連中に尋ねる。


「いえ、早崎様はルール違反を犯していません」

「……は?」

「ルールはマルを出せば勝ち。バツを出せば負け。あいこは勝敗つかずで処理、の三点です。早崎様はルールの盲点を見破られました。その能力、早崎様の〝個性〟として認定します。どうぞこちらへ」


 ミドルエイジは黒服に連れられ、会場の外へと出ていった。


「おいおい、マジかよ」


 思わぬ脱出方法に思考が停止する。


「ゲームに勝たなくても、個性が認められる……?」


 ここは本当に自分の個性を開花させる場所。


 ――もし、そうだとしたら、疑似個性はなんの意味も持たないんじゃないか?


 たどり着いた真実はあまりにも残酷で、すんなりと受け入れられるものではなかった。


「これで三人か。人が減ったところで作戦を変える必要はない。あんちゃん続き頼むぜ」


 平然と続きを進めようとする青年。

 机の上には、まだミドルエイジのカードが残っていた。

 そこにはマルのカードが二枚ある。


 ――個性、個性を出さなきゃ……個性個性個性個性個性個性っ!


 熱に浮かされるまま、俺は足の力が抜けたように机へ倒れ伏した。

 机上のカードが散乱する中、こっそりマルのカードを手中に収める。


「お、おい⁉ 大丈夫か⁉」

「あ、ああ。大丈夫」


 二人には気づかれていないらしい。

 机にバツのカードを二枚、表向きにして置く。

 そして手の中にマルのカードを忍ばせ、


「次はバツで」


 バツのカードを手に取った。


「「「いっせーので」」」


 合図と共にカードを出す。

 場には、マル、バツ、バツ。

 俺の勝ちだ。


「おめでとう!」


 真横から声がした。

 声の主は富山だった。


「君は見事、他人の個性を自ら真似た。それは十分〝疑似個性〟として認められる」

「そんな、疑似……個性……?」


 俺の動揺を楽しそうに眺める富山。


「そうだとも、疑似個性さ! さぁこちらにおいで」


 腕をまわされ、無理やり歩かされる。

 連れていかれたのは、黒塗りのワゴン車。


「さぁ伊坂くん。君は無事〝疑似個性〟を獲得した。あぁ、なんて、なんて愚かだ!」


 卑屈に顔を歪めながら、富山は告げる。


「人の個性を真似て、何が〝自分の個性〟だい? 君がやったのは真似じゃなく窃盗だ。盗んだんだよ、人の個性を。さぁ、凡人よ。そのなまくらな体で、せいぜい自分の罪を償うといい」


 ワゴン車に押し込められた俺は、望み通り、絶望を味わうこととなった。

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