FILE No.008「ハロウィンパーティー」
FILE No.008
title:山の空き地に知らない洋館が建っている
from:イヨ
text:
内容はタイトルの通りだ。
昼間に一度偵察済み。人気は一見ないけど、明らかにゼロの気配がするんだよね。
ということで、夕方の偵察を頼みたい。俺だけじゃ戦力不足だし。
もちろん、オレもついていくから安心してね。
報酬は、そうだな、理化学の成績おまけしとくよ。
追伸
これは顧問としてゼロとしてのアドバイスだけど、仮装しておくといい。
▶FILE No.008 START
ある日の放課後。いつものように、誠一郎はノートパソコンのキーボードを打っていた。
「おや、また新しい依頼が来たみたいだ。どれどれ、今回は…………ん?依頼主は…
不思議そうな顔をしながら、依頼に目を通す。
「……なるほど、山の中に謎の洋館、か…。仮装をしていく必要があるみたいだけど、誰か二人、担当をお願いできないかな?」
そう言って部室を見渡せば、吸い込まれそうなほどに真っ黒な瞳とかち合った。2年生の
「わぁ、山の洋館…!それって心霊スポットだよね!ぼく行きたい!」
部室で歴史の課題を解き終え、それを紙飛行機型に折っていた界里は、黒い目を輝かせて身を乗り出した。意気揚々と名乗り出たのは、肝試しの類が好きだからというわけではない。大好物のオムライス、これを心霊スポットで食べると、どういうわけかとびきり美味しく感じるのだ。その理由には、彼に憑いている“妖狐様”が一枚噛んでいるのだが…本人はそれを知る由もない。
「ありがとう、界里。でも、気をつけて行っておいで」
誠一郎が界里に笑顔を向けたところで、落ち着いた女性の声がした。
「話を聞いた感じ、坊や“たち”にはちょっと危なさそうな場所ねぇ…私も同行しようかしら」
蓬色の髪に、お線香の香りをふわりと纏わせながらやってきたのは、
「線田先生、ご協力ありがとうございます。その洋館が突然現れたのなら、逆にいつ突然消えてもおかしくない。建物ごと異界に飛ばされたりする危険性もあるけれど……先生二人がご一緒なら僕も安心です」
誠一郎がそう話したところで、部室の扉が開いた。
「やあ〜。ヒイラギクン、ヨシダクン、センダセンセ」
衣夜が、いつもの飄々とした笑顔で入ってきた。そして、部室にいた3人の様子を交互に見比べる。
「は〜ん…。さては、例の依頼を受けてくれるのはヨシダクン、センダセンセかな?」
「うん!心霊スポットの探検なら任せて~!不思議な洋館、どんな所なんだろう?楽しみだなぁ~!」
界里は、衣夜の問いに元気良く答える。まだ見ぬ心霊スポットにわくわくが止まらない。
「よし!!そうと決まれば。今週の土曜の夕方に集まってもらおうか。何があるかわからないから、下準備はたっぷりあったほうがいいだろう。それに──」
そこまで言って、衣夜は“いい笑顔”を浮かべた。
「せっかく仮装してもらうんだ。その用意だってしてもらいたいからね」
「さて、みんな集まったようだね」
件の山の中、とある空き地で、衣夜が言った。いつもの白衣ではなく、完成度の高い海賊衣装にバッチリと身を包んでいる。衣装に合わせて、頭の触手の形もちょっと変えているのがこだわりポイントだ。
「あら、坊やは意外とハイカラなのが好みかしら?似合ってるわよ」
衣夜の姿を見て、香が微笑む。人のことをハイカラと言う割に、自身も西洋の魔女を齧ったような黒い衣装に身を包んでいる。
「見て見て!にひるな素顔を卵で隠す!ぼくの名は!オムライス仮面~!!どうどう?かっこいいでしょーっ!」
界里が、しゅばっ!とポーズを披露した。オムレツを模した仮面に、赤くたなびくマフラー。オムライス仮面のなりきり衣装を着てきたようだ。
「衣夜せんせーは海賊さんなんだね!かっこいい~!」
「ふふっ、坊やのオムライス仮面も、とっても似合っているわよ」
香は、いつも通りの含み笑いをこぼしつつ、界里の頭を優しく撫でる。
「えへへ~、香せんせーの魔女さんも似合ってるね!魔法使えちゃいそう!」
人に頭を撫でられて、素直に嬉しそうにする純粋な男子高校生、これが由田界里である。
「うんうん。二人とも悪くないね。めっちゃ似合ってる!」
衣夜は、とても満足げな笑顔を浮かべて頷いた。
(今回は、この二人で良かったかもな。…誤魔化せそうだ)
脳内では何か意味深なことを考えているようだが。
「よし、じゃあ、早速入って行こうか。日が暮れる前に入っておきたい」
そう言って足速に進む。
しばらく進むと、衣夜の話の通り洋館が現れた。
重たい扉を引いて、3人で中に入ってみる。そこはひどく古ぼけていた。歩けば床が軋み、風が吹いて中央のシャンデリアがカラカラと音を鳴らす。廃墟のような風貌はまるで百年前から立っていたかのようだ。
そこまでわかったところで、扉がひとりでに、ギギギ、バタン!と強く締まった。
「うわあっ!びっくりした!」
派手な音に、オムライス仮面がびょんと飛び跳ねた。扉をできる限りの力で押してみる。開かない。人並外れた怪力を持つ界里ですら開けられないのだから、これは厄介なことになった。が。
「…うーん、開かないや。まぁ後ででいいよね!」
今は進んで探検に行くのが先だと判断し、あっさりと考えるのをやめた。
衣夜は、固く閉ざされた扉を横目で見る。
「まあ…こういう“力で開かない扉”は、今どうしようもないからね」
「まるでお化け屋敷ね。…ちょっと悪趣味がすぎるかもしれないけれど」
そう話す香に焦る様子はない。心なしか余裕の表情で、屋敷の中を見渡した。
扉から入ってすぐ、目の前は、幅のある階段がそびえ立つメインホール。内装は、新築であればとても芸術作品に溢れていたのだろうとは予想がつく。柱やランプ、甲冑、絵画、どれも精巧で感性に秀でている…モチーフが多少悪趣味であることを除けば、の話だが。骸骨、ゴブリン、蜘蛛の巣に蛇、などなど。一般的な人間の感性からすると、奇妙なものばかりだ。
「おお~、豪華そうなのいっぱいだー!すごいねぇ」
モチーフの意味などはよくわかっていないが、界里は見慣れない西洋風の内装に興味津々だ。そばにあった壺に近寄り、表面に刻まれた悪魔の顔のような模様をしげしげと見ていると、衣夜が手招きをした。
「はぐれないようにね。何があるかわからない」
「そうね。周りに気をつけながら進みましょう」
香は、守るように界里のそばを歩きながら、有事の際に備えて懐のライターと線香を確認する。これらが、香が“能力”を発動するために必要な道具なのだ。
「はーい!」
界里は元気よく返事をして、香のすぐ横を歩く。
「…坊やこそ、はぐれて泣いてしまっても知らないわよ?」
香が、衣夜に対してすこしからかうような物言いをしたのを聞いて、界里ははたと考えた。
(そういえば、衣夜せんせーは先に一回ここに来てたんだよね?それで戻ってきてぼくたちとまた来たってことは、もしかしてこの依頼をしたのは一人で探検するのが寂しかったからかも…!?)
一通りの独自解釈をしてから、界里は意気込んだ。
「衣夜せんせー、ぼくと香せんせーがちゃんと一緒にいるからね!大丈夫だよ!」
「迷ったりしないから!安心しなって〜」
はははと笑って、衣夜は二人に返事をする。
「…さて、見て回ってみますか。何か変わったところがあるかも知れん」
そう言う衣夜について歩き、洋館の中を探索し始めた。
屋敷の中は、案外かなり広いようで、見て回るだけでも時間がかかってしまった。装飾の趣味が悪かったり、何かと物騒な雰囲気を醸し出してることを除けば何もおかしいところはない。
(…くそう…ないか。となると何か屋敷に仕掛けが?見逃してるだけかも??“アレ”をどうしても手に入れたいんだけどな…)
二人が探索している傍らで、衣夜はそんなことを考えている。
結局大きな収穫のないまま、3人は屋敷を一周し、メインホールに戻ってきてしまった。
「ふぅ…かなり歩いたわね…」
何事もなかったことに安堵の息をついた香だったが、流石に足がくたびれてきた。窓の外に目をやれば、もうすっかり日が暮れてしまっている。
「あら…もうそんなに経つのね、外が真っ暗」
「はー、いろいろ見れて面白かったぁ~。でも、そろそろ帰らなきゃだよね…。ドア開くかなぁ?」
そう言いながら、界里が扉の方へ進み、ノブに手をかけようとしたその時。
メインホールが突然明るく光りだした。
壁にかかったガスライト、シャンデリアの影から、ぞろぞろと人影らしきものが浮き出てくる。あっという間に、そこら中怪物だらけになっていた。
「え?わ、わ、なになに?なんかいっぱいいる~!」
界里は黒目をまん丸にして驚いたまま、衣夜と香の方に駆け寄り戻る。一方の影たちは、何やらわいわいと楽しそうに話をし始めた。何かを待っているようだが──
「紳士淑女、魑魅魍魎の皆さま!!ハロウィーンパーティにようこそ!!お越しくださいました!」
メインホールの中央階段の上、誰かが出てきた。その瞬間、怪異たちはわぁわぁ!と一層賑わい出す。折れそうな長身痩躯に、ひときわ目を引くカボチャの頭。ハロウィンのジャック・オ・ランタン同様、その目と口はくり抜かれたようになっており、表情が笑顔のまま動かない。一体どうやって喋っているのだろうか。
「主催はワタクシ、スチュワートがお送りさせていただきます。会場は毎年変えておりますが、今年の舞台はそう!ニホン!!トーキョーやオーサカじゃないことには理由がございますのでお聞きくださいまし」
固定された笑顔が、表情に見合ったご機嫌な声色で、ゲストの魑魅魍魎たちに話しかける。
「この街は我々のようなものが多く住むとのことで、この街の山を選ばせていただきました。ハラキリやゲイシャは二次会でお願いしますね」
沸き立つ怪物たちに囲まれて、状況が呑み込めていないのは衣夜たち3人だけのようだ。
「……。な。なんだこれ……」
急激に変わった場面に少し驚いた衣夜だったが、すぐさま調子を整えた。
「センダセンセ、ヨシダクン。大丈夫か?」
「これじゃお化け屋敷よりもパレェドの方が合ってるわね」
香は余裕そうな雰囲気で話しつつも、衣夜と界里を守ることを考え、懐に忍ばせた線香に触れていた。
「私は大丈夫よ。これくらいの事で驚いていたら長生きできないもの」
スチュワートと名乗ったカボチャ男は、意気揚々と話し続けている。
「今年も大盛況でワタクシ嬉しい限りでございます。し!か!も!今回は一味違いますよ〜!」
そう言って、手品のように前触れなく、アンティークなランタンを自分の手元に出現させた。
「あ!!あのランタン……!」
衣夜がそう言って目を輝かせた、ように見えた。その間にも、目の前のカボチャ男は話を続ける。
「これは、世界中を毎日ハロウィンにするトクベツなランタンです。作るのに苦労いたしました──」
芝居がかった抑揚のある口調で、ランタンについての説明を語り始めた。このランタンには、ハロウィンに悪いことをした子供の魂を千人分詰め込んでいるらしい。そしてこのランタンを壊すと、中からハロウィンの使者となった子供の魂が世界中を飛び回り、毎日をハロウィンで彩る──とか何とか。
「12時の針を回った時。これを割って今夜は、いや、永遠に賑わいましょう!!」
「…あれは…、止めないといけないな……。毎日ハロウィンにされたらたまったもんじゃない」
あくまで真剣な顔つきで、衣夜は自身の顎に触れた。
「毎日ハロウィンも悪くないとは思うけど…私達には帰らないといけない場所があるものねぇ」
香はそう言いながら、自分の家族の事を考えたようだ。ふと少し暗い表情になったが、すぐにいつもの余裕ある表情に戻り、衣夜を横目で見た。
「坊やの企んでいる事も少し気になるけれど、今はこっちを優先しなくちゃいけなさそうねぇ」
「毎日ハロウィンだと、クリスマスとかお正月とか、他のと被っちゃったらどうなるんだろう…??ハロウィンは楽しいけど、毎日だと特別感なくなっちゃうよね。秋限定のオムライスも秋だけだから食べたくなる気がするし、その時は美味しくても期間が終わったらやっぱりいつものオムライスが落ち着いたりするんだよねー」
界里の発言も、おおむね2人に賛同するようなものだった。後半はほぼオムライスのことを考えていたようだが。
「たしかに、ハロウィンは1日だけだから楽しいもんだ。さて……。どうしたものか」
衣夜は、自身の顎に触れたまま、二人とランタンを交互に見やる。考えあぐねているうちに、スチュワートの話はほとんど終わりそうだ。
「──それでは、ここらへんで私のお喋りはお開きにしましょうか。いや〜今回も100名の素晴らしいお客さまが……おや??」
指差しをしながら、会場の客と、手元のリストを交互に見比べる。
「“2人”、多い」
スチュワートのその一言に、周りの魑魅魍魎たちがざわめき始めた。
──嘘だろ?
──100人しか呼ばれないスチュワートのパーティに侵入者がいるの?
──いったいどいつだ!
──愚かな奴め。
(嘘だろ。あいつ、この大人数ちゃんと把握してるのか!?バレないと思ったんだけどな……)
内心で冷や汗をかいている衣夜の横で、香が「あら」と首を傾げた。
「100人なんてまたキリのいい数字ねぇ?ところで」
そこまで言って、衣夜の顔を見る。
「私たちが招かれざる客だとしたら、なんでまた、3人でなくて2人だけ多いのかしら?坊やは何か知ってるのかしら?」
口調は疑問形を取ってはいるが、顔は「そろそろ話したらどう?」とでも言いたげだ。
「えぇ、どういうこと??衣夜せんせーがどうかしたの?」
界里はあまりピンときていないようで、その純粋で真っ黒な瞳で、衣夜の顔をじっと見た。
「あ〜。そう、だよな……。ははは。じゃあ、正直に言おうか」
二人の視線に、衣夜はもはや苦笑いするしかない。
「掲示板には、昼間偵察に行った、って書いたよな?……。あれ、半分嘘で……」
話しながら、申し訳なさげに視線が泳いでいる。
「実際は、ここの主催のカボチャ頭と鉢合わせてね。準備中だったみたいなんだ……。で、その場しのぎで手伝いながら話合わせてたら……なんか、100人目のゲストとしてカウントされてたんだよね……」
誤魔化すように、あはは〜、と乾いた笑いを零す。
「もちろん、二人を呼んだのはパーティーを楽しんで欲しいからだけじゃない。ちゃんと理由がある。カボチャ頭が持ってるランタンがあるだろう?あれが欲しくてねぇ……」
そう言ってにっこり笑う。先ほどの誤魔化すような雰囲気ではなく、好奇心に満ちてキラキラしている顔だ。だからこそタチが悪いとも言う。
「あれが取れれば、世界中ハロウィンにすることも防げるし……、俺の研究材料にもなるというか。あ!…もちろん危険が孕むのは承知の上だからさ。状況次第では掲示板以上の報酬を──」
自分の利益のためにオカルト研究部を巻き込んだ自覚はある。そうまでしても研究したいのは、長年染み付いた職業病といったところだろうか。
「それならそうと早く言いなさいよ。全く、素直じゃない坊やねぇ」
香は呆れ顔で言った。
「私は別に構わないのだけど、オムライスの坊やが怪我するようなことがないように、坊やも最善を尽くすのよ。わかった?」
界里まで巻き込む結果となった点には、少しお怒りの様子である。一方の界里本人は、巻き込まれたことを何とも思っていないどころか、むしろ乗り気のようだった。
「なんだそういう事かぁ。もともと衣夜せんせーの手伝いで来たんだし、できる事あったらぼくも頑張るよ!」
そう言って、明るく意気込む。が、その次の瞬間には別のモノが顔を出していた。
『我が信者を都合良く使おうとしておいて、俺が黙っているとでも思ったか?』
普段より少し低く、唸るような声。同時に、焔のように揺らめく5本の尾が現れた。
『今回は呪うほどではないがな、さりとてお前の思い通りになるのは気に食わん。だから邪魔をしに来たのさ』
オムライス仮面の隙間から金色の光がちらついている。これは──
「な゛……。オキツネサマ……そうか、あんたはそういう性分だったなぁ?」
衣夜は、目の前の“オキツネサマ”──界里に憑依している“妖狐キトアコ”を睨んだ。
『お前が欲しがっているあの提灯、要は壊させなければ良いのだろう?ならば俺が先に奪って喰ってしまおうか……一纏めに食う千の魂はさぞ美味かろうな』
口元から鋭い牙を覗かせながら、
──その二人を一体どうしてやろうか。
──人間だったら食ってしまおう。
そんなざわめきをかき消すように、スチュワートが「そうだ!!」と声高らかに叫んだ。
「ハイド!!アンド!!シーク!!」
ざわめきから一転、メインホールが拍手と楽しげな空気に包まれる。
「よそものさま。我々とかくれんぼをしましょう!!夜明けに我々が見つければ好きにさせていただきます。あなた方が勝てば…まあお願い事を一つ叶えてあげましょうか」
客人たちの声はますます熱気を帯びる。
──面白い。
──見つけた時が楽しみだ。
──食べてしまおう。
──八つ裂きだ!
『はっ、いいじゃないか。しかし隠れるだけではつまらんな。どれ、たまには人間以外の者共も化かしてみるとしよう…お前達も適当に合わせておけよ』
そう言った
木々の陰、岩々の隙間から、白い着物に狐の面をした男とも女ともつかない人型が次々と現れる。それらはするすると滑るように森の中を進んでゆき、人ならざるゲストたちに群がっていった。するとどうだろう、ゲストの姿は一人、また一人と減っていき、代わりに白い着物の狐面がどんどんと増えていく。狐面たちに触れられた怪異たちは、たちまち姿形が揺らぎ、同じく白い着物に狐面の姿になってしまうのだ。
──な、なんだ!?
──侵入者の仕業か!?
──もしかすると人間じゃないのか?
怯えたようにどよめき立つ魑魅魍魎の声も、一つ、また一つと消えていく。しかし、中には触れられても姿の変わらない者がいる。この技は、簡単に多くを無力化できる一方で、幻覚や魔術に一定の心得がある者には効果がないのだった。
「おやおやおや!?…これはこれは!」
スチュワートは、自分が招いた客が消されていくという大惨事を、驚いたような楽しそうな表情を浮かべて眺めている。彼もまた、こういった魔術が効かない者の一人のようだ。
「我々と同類でしたか!これは困りましたね。……おまけに、大事なゲストをこんな有様にしてしまうなんて!」
特に悲観した様子もなくそう言うと、パチンと指を鳴らす。
「ただのかくれんぼでは物足りないというなら、こちらも応えるまでですねぇ!!!!」
森だった景色が瞬時に屋敷へと戻る、いや、さらに変化している。内装が歪む。少し不気味とはいえ、美しくもあった装飾たちが、悪趣味の名にふさわしい、おぞましいものに形を変えていく。窓は割れ、ゴーストが。床が割れ、ゾンビたちが。次々と湧き上がってくる。
普通の人間なら、その異形の見た目云々というよりも、何より肌で感じるその瘴気で精神が蝕まれて、もうその先の人生をまともに歩めないだろう。が、生憎こちらに“普通の人間”はいない。
『ほう、やるじゃあないか!ならこいつはどうだ!!』
現にこうして、
あまりに大規模な幻術合戦に、衣夜は少し呆気に取られていたが。
「……オキツネサマがあのカボチャのヘイトを買っているうちにランタンが取れそうだな!な!センダセンセ!」
気を取り直し、香に飄々とした笑みを向けた。
「俺がうまいこと、周りの邪魔をしてやるからさ……。その間に頼めないかな……?」
そう言っている間に、衣夜の手のひらからぶわっと、花びら──を模した式神があたりに舞い上がる。この技“花参り”は、実体のある者には目くらまし程度にしかならないが…影のみの存在や幻術に対してなら、十分やり合える。
「坊や達が頑張るなら、私も頑張らなきゃならないわねぇ」
ポクポクポク…と少し考えてから、そうだわ、と顔を上げた。
「やっぱりあれよねぇ…うん…うん…わかったわ。任せてちょうだい」
香はにやりと楽しそうに笑うと、コツ、コツ、ヒールの音を鳴らしながら、スチュワートの方へ歩いていく。その背中を、衣夜は舞い散る式神越しに見送る。
(あとはセンダセンセの例の線香で……)
線香を用いて相手を呪うのが、香の十八番である。煙を吸った者は全員呪いの対象になってしまうので、香がこうして自分たちから距離を取るのは道理だ。
(……とは言え、妙に近くないか??)
スチュワートの前、半径50センチにも満たない距離まで、心地のいい靴音を連れて近づいていく。
パンッ
その乾いた音は、突如としてエントランスホールに響いた。
「「「え?」」」
スチュワートのみならず、衣夜と界里さえも、突然のことに思わず声を上げてハモってしまった。3人の目線が、一点、香に向けられる。香は、自分の右手を少し擦りながら、尻もちをつくカボチャを見下ろしていた。音の正体。それは、香の平手打ちがスチュワートの左頬にクリーンヒットしたことによるものだった。
「坊や、貴方煩いのよ」
「……。えっと。あの……かくれんぼは──」
「かくれんぼなんてしてる時間ないのよ」
被せるように、香が言い放つ。
「早くそのランタンを私達に寄越して、このおかしなハロウィンも終わらせて頂戴」
香は至って大真面目。目は全く笑っていない。
「何を馬鹿な…。い、いや、ルールを破ったあなたは負けってことにな──」
反駁しようとしたスチュワートは、見上げる香の背後、その存在に気がついてしまった。
負の感情がのさばる、おびただしい数の魑魅魍魎。
スチュワートは、息ができなくなるようなその負の圧力に圧倒されながら、過去のことを走馬灯のように思い起こした。人間だった頃、そして悪魔になった時のこと。それから今に至るまで、元人間らしい処世術で、地獄をうまいこと渡り歩いてきた。対象を見極めることにはかなり自信がある。見極めた上で自分の手中に収めてしまうのだ。生前も死後もそうやって生きてきた。今回だって──
(うん!これ、抵抗すると自分の身が危ないやつだ!!)
逃げるのも手段のうちであることもしっかりわかっていた。
スチュワートはその後すぐに、ランタンを香に引き渡し、3人は無事に館から出ることができた。世界中をハロウィンにしたい欲より、自分の身が大事だったのが幸いだったのかもしれない。いや、スチュワートにとって今回の相手があまりにも悪かっただけかもしれないが──
「は〜!終わった終わった!!ありがとう二人とも〜!!ご苦労サマ」
香が手に下げたランタンを見ながら、衣夜は満足そうな笑顔を浮かべている。
『は、何を言っている。忘れたのか?俺はお前の邪魔をしに来たと言っただろう』
衣夜の発言に、
『煙たいの。その提灯は俺が食う、こっちに寄越せ』
そう言って、香の方に手を差し出した。
「あらぁ?狐の坊やは私にそんな口の聞き方をしていいのかしら?」
香はにやりと笑いながら、「年の功ってものがあるじゃなぁい?」と付け加えた。妖狐であるキトアコを上回る、香の実年齢。だが、その数字を正確に知る者はいない。
「確かに、私も納得がいかないのだけれど、依頼は依頼。このランタンは蛸の坊やに渡させてもらうわ」
香は、ランタンを衣夜の方に差し出した。
「いや、すまないね!ありがとう。あとで、報酬はたっぷりあげるからさ」
なんだか二人の視線が痛い、あはは。衣夜は笑って誤魔化した。
『なっ、お前…!よりによって奴に渡すか!俺がわざわざ出てきた意味がないだろう!』
「そんなカリカリしちゃってもう…」
吠えたてる
「そうそうこれこれ…オムライスの坊やに渡しておいて?」
香が差し出した手の上には、丁寧に狐の形に折られた歴史の課題(採点済み)があった。
『お、折り紙…?我が信者に…そ、そうか…』
不意を突かれて、怒りがぽかんとどこかへ消えてしまった。課題プリントを受け取り、まじまじと見つめる。
その後衣夜は、界里の理化学の成績をおまけと呼ぶには多すぎるくらいに良くしてやり、期間限定のお高いオムライスも奢ってやった(これは“オキツネサマ”への報酬でもある)。香に対しては、飲み会のお代を全額負担することになったそうな。
後日、オカルト研究部の部室にて。
「…柊、最近依頼の方は問題ねェだろうな?無理して怪我でもしたら殺すからな」
言いながら、誠一郎が淹れた緑茶をすするのは、オカ研顧問の一人、黛伊織。相変わらずの口の悪さである。
「大丈夫ですよ。最近は依頼も少なくて、のんびりで…“これ”以降来てませんから」
“これ”と言いながら、誠一郎はにっこりと微笑んでパソコンの画面を指し示す。「ゼロの目」掲示板の、衣夜からの依頼文が表示されている。
「……………………は??????」
画面を見たまま、伊織は三白眼を見開いて固まった。掲示板に書き込んでくるのは、依頼者が自力でそのオカルト問題を解決できないからだ。衣夜ほどの力があれば、わざわざ依頼するまでもないはず。それなのに──
「線田先生に…生徒の由田まで巻き込んだのか!?ちょっと待て、俺はその話聞いてねェぞ──」
「ああ、聞いてないでしょうね、言ってないでしょうから。黛先生に言ったら怒られるのが目に見えてたんだと思いますよ。とりあえず、この件はですね──」
内心結構面白がっているのを、にこにこ笑顔の裏にしまいつつ、伊織に事の顛末を報告する。
「──というわけで、無事に依頼は解決しました」
「………………ほぉ」
怒りで震える伊織のこめかみに、ビキビキと恐ろしい青筋が浮かんだ、ちょうどその時。部室のドアがガラガラと開いた。
「やあ〜。今日は何か依頼とか来てたりする〜?」
呑気な声で、衣夜が教室に入ってきた。が、目の前にはヤバい形相のイオリセンセ。あ、これは……。
「そういえば、今日病院行かなきゃいけないんだった〜!今日はこの辺で…」
額に変な汗をかきながら、衣夜はそそくさと逃げようとする。その肩を、伊織ががっしりと、それはもうめり込むくらいの力で掴んだ。
「あ〜〜〜そうですね…病院が必要ですよねぇ…」
「よ、ヨシダクンは楽しそうだったし、センダセンセもまぁ許してくれたからいいじゃんか──」
言い終わるか終わらないかといううちに、伊織の怒号が飛び出した。
「テメェの実験欲求に生徒まで巻き込みやがってこの腐れタコ助がァ!!!!頭の病院行って来い!!!!!!!!」
スパーーーーーーーン!!!
どこからともなく取り出したデカいハリセンが、見事衣夜の頭にクリーンリットした。乾いた良い音が学校中に響き、校庭の桜に止まっていたスズメやらカラスやらがバサバサッと一斉に飛び立っていった。
「いや、待て、待って、イオリセンセ……。無事だったし…俺は研究材料が揃ってウィンウィンじゃん?」
叩かれた頭を抑えながら恐る恐る顔を上げるが、伊織は青筋を立てたままの笑顔でこちらを見ていた。もうダメだ。
「…じゃ、良い病院紹介しますから」
伊織は衣夜の頭の触手をむんずと掴み、思い切り引っ張る。怒りを原動力にしたその力はすさまじく、一方の衣夜は元来非力である。抵抗虚しく、そのままずりずりと、部室の扉の方まで引きずられていく。
「いやあ、黛先生は治癒能力だけじゃなくて、どこからともなくハリセンを取り出す能力もあったんですね。手品かな?あっはっは」
誠一郎は呑気に笑いながら茶をすすっている。
「ヒイラギクンも見てないで助けてほしいな?ヒイラギクン!助け…、あ〜!!!」
衣夜の悲痛な叫び声が学校にこだました。
▶FILE No.008 FIN.
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