FILE No.006「お巡りさん」

FILE No.006

title:拾ったものを返したい

from:ゆかり


text:

先日、あるストラップを拾ったのですが、それ以来、女の子の声で「返してほしい」と頼まれる夢を見続けています。

また、同時期から、現実ではお巡りさんのような姿の男に何度か襲われていて、とても怖いです。

2つとも、このストラップが原因のような気がしています。どうにかして、持ち主を探して返すことはできないでしょうか。

どうかよろしくお願いします。




▶FILE No.006 START


 ある日の放課後、オカ研部室にて。

 ノートパソコンの画面を睨んでいた誠一郎が、ゆっくりと眼鏡を押し上げた。

「また新しい依頼が来たみたいだ。ふむ……」

 依頼人はすでに襲われたことがあるようだから、これは早急に解決しなくてはなるまい。夢で聞こえるという女の子の声と、襲ってくるお巡りさんのような姿の存在とは、何か関係性があるのだろうか。

「誰か、依頼に当たれそうな人はいるかな?」

 誠一郎が部室を見回すと、白髪赤眼の美少女──と見紛うばかりの美少年が、おずおずと手を挙げた。

「せ…先輩!俺、行ってみても良いですか?」

 1年生の真宮健太郎だった。両目にそれぞれある泣き黒子が、彼にどこか儚げな印象を落としている。しかし、その赤い瞳はまっすぐに輝いていた。

「もう実害が出てるのか……」

 独り言のように零したのは、3年生の天雷蒼空てんらいそら。体は女性。しかし心は年頃の青年である“彼”はまた、弱きを守る頼もしい最年長だ。灰色の髪は毛先に行くにしたがって綺麗な水色に染めてあり、これを一つに束ねている。ちなみに、こちらの赤い瞳はカラーコンタクトだ。

「よし。僕も健太郎君と行ってみるよ」

 席を立ち、健太郎の隣に立つと、僕が盾にでも矛にでもなるから、と付け加えた。

「て…天雷先輩…!頼りになります」

 健太郎は小さくはにかみ、赤い瞳をキラキラとさせた。

「二人とも、ありがとう。状況が状況だから、二人には早急に依頼人と会ってもらって、詳細を聞いて…解決にあたってほしい。まず僕が依頼人と連絡を取って、二人と落ち合ってもらう場所を決めるから──」

 そう言って誠一郎はキーボードをカタカタ言わせ始めたが、程なくして手を止めた。

「──あぁ、すぐに返信をくれて良かった。なになに、会う場所は………進礼高校校門前でお願いします、だって?」

「校門前を指定してくるなんて、なんだか珍しいね」

 パソコンの画面をのぞき込みながら、蒼空が言った。

「もしかしたら、うちの生徒かもしれないですね」

 健太郎の言葉を聞いて、蒼空は一つ頷く。だが、まあ、そうだとしたところでやることは変わらない。バッグを抱え、いつでも行けるぞと言う意思表示をする。中には、水色の大きな爪が光る双拳。蒼空が愛用している武器だ。

「あっ、待ってくださいっ──よいっしょっと!俺も準備バッチリです!」

 バッグを抱える蒼空に気づき、健太郎も慌てて鞄を背負う。

「よーし、健太郎君も気合が入ったことだから、早速……っと、そういえば。早急に、って言ってたけど依頼人からの日時の指定はある?」

「そうだね、依頼人に聞いてみよう」

 誠一郎がキーボードを打つと、依頼人からの返事はすぐに来た。可能ならば今すぐにでも会って話がしたいとのことだった。

「…というわけだから、さっそく二人は校門前で依頼人と落ち合ってほしい。僕は部室に残っているから、何かあったら連絡してね」

 誠一郎は、二人に向けてにっこりとほほ笑む。蒼空が健太郎と目配せをすると、二人は同時に頷き、引き戸を開けて部室から出て行った。




 二人が校門の前まで行くと、一人の少女が俯きがちに立っていた。見慣れた制服。どうやら、依頼人は同じ高校の生徒で間違いないようだ。

 少女は二人に気がつくと、目を丸くした。

「えっ…!?依頼を担当してくれるのって、まさかうちの高校の…!?」

 そこまで言ってしばし固まったが、ハッとしたように話を続けた。

「あ……私、新堂ゆかりって言います。お二人と同じ、進礼高校の1年生で……真宮君は私のこと…知らないかな、クラスは違うから……」

「あれっ!?俺のこと知ってるの?」

 健太郎はぽかんと口を開いた。首を傾げながら記憶を探る。

「同級生…?言われてみれば学年集会で見かけたような…。えっと、改めてよろしく、真宮健太郎です」

 簡単に名乗り、ぺこりと頭を下げた。

「やっぱり同じ高校の生徒さんだったんだね。初めまして、僕は天雷蒼空。よろしくね~」

 ひらひらと手を振りながら、蒼空も自己紹介を手早く済ませる。そのまま、本題に入ることにした。

「早速だけど、依頼内容のことについて詳しく教えてもらっても?」

 訊きながら、バッグからスマホを取り出し、掲示板「ゼロの目」にアクセスした。画面の内容と照らし合わせながら話を聞くことにする。

「依頼したい内容は、大方掲示板に書いた通りなんですけど……この前、あるストラップを拾って……これなんですけど…」

 ゆかりは、学生鞄から小振りなストラップを取り出した。

「へぇ、これが例の……」

 蒼空は、ゆかりの手のひらに乗ったそのストラップをまじまじと見る。いかにも女児向けアニメといった感じの、魔法少女のようなキャラクターのマスコットがついている。

「これを拾ってから…毎晩、夢の中で『返して、返して』って女の子の声が聞こえるようになって…。なんとなく、このストラップのことなんじゃないかって思い始めて……だから、これ、返したいんです……。あと、それから……夢だけじゃなくて、現実でも…同じぐらいの頃から、なんかお巡りさんみたいな格好の男の人に追い回されるようになったんです。何回か襲われそうにもなって…。でも、女の子の声は別として……お巡りさんに追いかけられるのは理由がわからないんです……」

 話を聞いた蒼空は、腕を組んで一つ唸った。

「たしかに…夢で聞こえる声と、お巡りさんに追いかけられるのは、何か関連性がありそうな気もするけど…うぅん…」

 健太郎は、その後ろからひょっこり覗き込むようにストラップを見ていたが、そのまま首を傾げた。

「みんなを守るお巡りさんが何で新堂さんを追い回すんだろうね…。夢の中の女の子がストラップを盗まれたと勘違いして被害届を出すはずもないし…。うーん、不思議だね…とりあえず、しばらく新堂さんは一人で行動しない方がいいと思う…」

 健太郎の提案に、ゆかりは何度か頷いた。そこに蒼空が続ける。

「…要約すると、女の子が夢に出てくることと、お巡りさんらしき人物に追いかけられることの2点が問題というわけだね。ただ、お巡りさんは現実に現れるから…そっちを優先的に調査した方がいいかもしれないね」

 今まで大きな被害がなかったのが奇跡とも言えるが、追い回されている時点で十分問題か──などと考えていると、蒼空のスマホが電話を着信した。誠一郎からのようだ。突然の着信に驚きながらも、すぐさまスマホのスピーカーをオンにして、健太郎とゆかりにも聞こえるようにする。

『やぁ蒼空、依頼者の方と落ち合えたところかな。さっきの今で申し訳ないんだけど…僕なりにネットでいろいろ調べてみたら、ちょっとわかったことがあってね。一旦部室に戻れそうかな?もちろん、依頼者の方も一緒に来ていただいて問題ないよ』

「分かった。新堂君も連れて、一旦そっちに戻るよ——じゃあ、またあとで」

 蒼空が画面をタップして通話を切るのを、健太郎がじっと見ていた。

「柊先輩からですね…。では、とりあえず新堂さんも一緒にオカ研の部室に戻りましょう」

 ゆかりに手招きをしながら、校舎の方、部室のあるあたりを見やる。




 ガラガラ、と引き扉を開けて、3人が部室へやってきた。

「今戻ったよ、誠一郎君。念のため、新堂君にも来てもらったけど、問題はなかったよね」

 鞄を机に置きながら、蒼空が話す。

「柊先輩ただいま戻りました!新堂さん、オカ研にようこそ〜!」

 健太郎は笑顔で、ゆかりを部室の中へ通した。

「やぁ、わざわざ済まないね」

 そう話す誠一郎の前、机の上には、お詫びのつもりなのか3人分のお茶が入っていた。

「新堂ゆかりさんだね。オカルト研究部へようこそ」

 在校生の名前と顔は殆ど覚えている生徒会長である。

「さて、早速だけど……このサイトを見てほしいんだ」

 誠一郎が3人に向けて、ノートパソコンの画面を見せる。都市伝説のまとめサイトのようだ。以下のような文が表示されている。


【お巡りさん(おめぐりさん)】

一昔前の警官の姿をした怪異。

現世に迷い込んでしまった怪異を異界に戻す役割を担っている。

逆に、人間が異界に迷い込んでしまった場合は、追いかけ回して捕まえてしまう。


「本物の巡査さんではなくて、巡査の格好をしたゼロじゃないかと思って調べてみたんだ。そうしたらこれが見つかってね。もしかしたら、今回の件はこの“おめぐりさん”が絡んでいるのかもしれないと思ったんだけど…」

 健太郎はお茶を飲みつつパソコンを覗き、首を傾げる。

「おめぐり…さん?確かに現世のお巡りさんが新堂さんを追いかけてるというのは変だし…ゼロと考えた方がまだ納得いくね…?」

「…あぁ、そっちの読み方なんだね。てっきり勘違いしてたなぁ」

 蒼空は、画面に表示された“おめぐりさん”の説明文を、腕を組みながら熟読した──のだが、「人間が異界に迷い込んでしまった場合は、追いかけ回して捕まえてしまう」というのは、どういうことか。

「新堂君は異界ではなくて、現実で追いかけ回されてるはずなのに…妙だね」

「うーん。よくわからないけど、やっぱりおめぐりさんから手をつけた方が現実的なのかな…?女の子の声の方も気になるけど、夢の中には入れないし…でも追っかけてくるのかぁ…」

 俺走るの遅いし大丈夫かな…と、健太郎が眉を八の字にして唸る。

「現実に現れるおめぐりさんから手を付けるべきなんだろうけど……いつ姿を現すのか僕らは分からない」

 もしや魔法少女のようなストラップが、おめぐりさんが現れる条件だったりするのだろうか…と、蒼空は考えた。悩んでいてもしょうがない。とりあえず聞いてみよう。

「新堂君、一つ聞きたいんだけど…そのストラップは常に持ち歩いていたりする?」

「あ、えと……ストラップは常に持ち歩いてます…。もし失くしたりしたら、持ち主に申し訳ないから…。でも、私も、いつそのおめぐりさんが襲ってくるのか、法則性とか理由も全然わからなくて…だから怖いんです……。帰り道に突然襲われそうになったこともあって………」

 ゆかりの話を聞きながら、健太郎は自分が初めてゼロが見えるようになったときのことを思い出していた。突然感じるようになった、人ならざる影、声、感触。自分もとても怖い思いをした。きっとこの子も今、すごく怯えているのだろう。

「それは…怖いね…」

 健太郎の相槌には、真剣で重たいトーンがこもっていた。何とか手がかりを見つけられないかと思ったら、質問が頭にたくさん浮かんできた。

「やっぱりストラップを持っていると襲われるのかな…?それって一人の時?誰かが一緒にいるときも襲われるの?」

「一人のときも、友達と帰ってる時も、襲われそうになったことはありました…。あ、でも……友達には、そのおめぐりさんは見えてなかった、みたい…?二人で逃げてる間、友達は『後ろには誰もいないよ?』って言ってたから……」

「…なるほど」

 蒼空は一つ頷いた。

「その話だけ聞いても、やっぱりそのストラップが…おめぐりさんが現れる条件なのかもしれないね」

 しかし、問題のストラップは常に持ち歩いているわけで…その持ち歩いている間の“いつ”現れるのか、具体的にはわからない。結局、神出鬼没であることに変わりはない気がする。頭の中を整理しようとして、そのまま話を続ける。

「お友達にはおめぐりさんが見えない…やはりゼロで間違いないよね…。ストラップの持ち主にしかおめぐりさんが見えないのか…或いは見える人と見えない人がいるのか…どっちだろう」

 もしストラップの持ち主にしかおめぐりさんが見えないなら、自分たちにも見えないだろう。そうなれば中々力になるのも難しい気がする。そんな中、ふと一つの提案を思いつくが…正直これは一か八かだ。

「……そのストラップ、一日だけでも僕らに預けてもらうことは出来る?」

「え、っと、このキーホルダーをですか?……ええと……」

 身の危険があるかもしれないという状況で、預けるのを渋るのは、何故か。誠一郎が「念のために預けたほうが安心だよ」と促そうとしたとき、コンコン、と部室のドアがノックされた。ドアの向こうから声がする。

「生徒会長、いらっしゃいますか?次回の予算のことで、少しご相談が……」

「おっと、これは……生徒会室にある資料を見ながら話した方が良さそうだ。すまないが、少し離席するよ。新藤さん、良かったら、そこのお茶菓子をどうぞ。何かあったら、遠慮なく連絡してね」

 誠一郎がドアを開けて部室から出ていくのを、3人で見送った。


 3人は誠一郎を待ちながら、ひとつ、またひとつ、茶菓子に手を伸ばしていく。


……誠一郎は“少し”離席する、と言っていなかっただろうか。


 その割には、やけに遅い。


 もういい加減連絡してみよう。そう思って蒼空がスマホを掴んだとき、ドアが開いて、ようやく見慣れた黒い学ラン姿が───いや、これは学ランではなく───

 一昔前の警官の姿だった。

 蒼空の喉からヒュっと息が漏れる。

「お、おめぐりさん……?」

「ひぃっ…!新堂さん…まさかあれって…」

 健太郎はビクッと肩を揺らし、膝の上の鞄を握った。握ったまま、恐る恐るゆかりの方を見る。ゆかりが声も出せずに頷いた瞬間、警官──いや“おめぐりさん”がものすごい速さで部室に突入し、ゆかりの腕を掴む。そのまま腕を引く。ゆかりの体がほとんど浮きそうだったのを見るに、相当強い力だったに違いない。

「たッ──たすけて!!!」

 ゆかりがとっさに健太郎の肩を掴む。その健太郎の手を蒼空が取る。

 3人の視界は、そこで暗転した。




「うぅ……さっきのは一体…?」

 よろめきながら、蒼空が上体を起こした。

 あたりは薄暗く、よく見えない。目が慣れるまで少しかかりそうだ。ええと、お巡りさんが部室へ入ってきて、新堂君がとっさに健太郎君の肩を掴み、僕が健太郎君の手を取って……それから何があった?視界が真っ暗になってしまって以降は、何も思い出せない。少し痛む頭を押さえながら、二人の名前を呼ぶ。

「健太郎君、新堂君。いるかい?」

「ううう…痛い…」

 返事の代わりに、憶えのある声が耳に届いた。健太郎君だ。少なからず抱いていた恐怖と緊張が、そっと和らいでいく。

「天雷先輩?新堂さん?いる…?」

 蒼空の目の前、心細い声を出している健太郎が、ぼんやりと見える。目が慣れてきた。良かった、大きな怪我もなさそうだ。

「大丈夫、僕はここにいるよ」

 声をかけると、健太郎がバッと振り向く。

「その声は天雷先輩!ご無事ですか!?」

「うん、なんとかね。健太郎君も無事みたいで良かったよ」

 だが、もう一人の声が聞こえない。

「……新堂君?」

 蒼空が名前を呼んだと同時に。

「さてと、白状するであります!」

 知らない男の声がして、空間がパッと明るくなる。一瞬だけ目が眩んだが、すぐに周りの様子が視界に飛び込んできた。

 蒼空と健太郎の隣には、青ざめて震えるゆかり。怯えて声も出なかったらしい。そして3人の目の前には鉄の格子。どうやら檻の中に閉じ込められているようだ。格子の向こうには、様々な啓蒙ポスターやら指名手配犯のポスターやらが貼ってある。一昔前の交番のような場所だった。

「捕まえるのは正直…本官の気が引けるところでありましたが、仕方ないであります」

 そう言って、声の主──“おめぐりさん”はゆかりの方を見た。

「盗んだものを返すであります!」

 これに返事をしたのは、ゆかりではなく蒼空の方だった。

「ッ、急に襲ってきたかと思えば、なんでこんな真似をッ!」

 ガシャンと鉄格子を掴み、噛みつくように声を荒げる。大切な後輩を手荒にされたのが。許せない。

「襲ってきたとは人聞きが悪いでありますねえ!元々は、“あの子”が持っているものを返して欲しいだけだったのであります。が、逃げられてしまい……。おまけに、護衛までつけられてしまって。最終手段に出るしかなかったのであります……。本官も警察の端くれ……手荒な真似をしたのは悪かったであります……」

 おめぐりさんはばつが悪そうに、警官帽のつばを引き、帽子をちょっと深く被った。その嫌に人間臭い仕草を見て、健太郎は思わず怪訝な顔になる。

「ええ…まさか本当に盗まれたって勘違いされているオチだったりする…?新堂さんは拾ったものを返したい!って俺たちに相談してきたんだよ。そもそも追いかけられたらびっくりして誰でも逃げちゃうよ!」

 ねっ!新堂さん!と言いながら、ゆかりの方を見るが。

「う……」

 ゆかりは気まずそうな顔をして俯くだけだ。

「えっ…?新堂…さん?」

 固まる健太郎に対してゆかりが何か答えるよりも早く、おめぐりさんが話し始めた。

「盗まれたのは間違いない筈であります。“こちら側”にあるはずのものを、どうして現世にいるはずのあなたが持ってるでありますか?」

 話を聞いているうちに、蒼空は双方に対して半信半疑になってしまった。まさか本当に盗んだのだろうか?いや、しかし、目の前のゼロが言っていることが真実だという証拠は?

「……新堂君。君を疑いたくはないけど、おめぐりさんの証言が本当なら君は異界に行ってまで誰かの物を盗んだ…という解釈を僕はすることになる。君自身のためにも、本当のことを話してほしいんだ」

「…ごめん、なさい………私、…私は……!」

 ゆかりは、俯いたまま、震える声で話し始めた。

「この前、興味本位で、友達と…深夜の高校で肝試しをしたんです…。階段の踊り場にある鏡、あそこの前でおまじないをすると、異界に行けるとかっていう噂で──」

 そうして、噂の通りにそのまじないを実践してみたところ、ゆかりだけが異界に迷い込んでしまったのだという。

「帰り方もわからなくて、あたりを彷徨っていたら、道端にこのストラップが落ちているのに気がついて……。昔同じものを持ってたとかじゃないんですけど、これを見たらなんでかすごく…すごく懐かしい気持ちになって、つい拾い上げちゃったんです、そしたら、……気づいたら、元の世界に……」

 そこまで言うと、バッと顔を上げておめぐりさんの顔を見た。

「で、でも!持ち主に返したいっていう気持ちは本当なんです…!だからあれから何度も、鏡の前でおまじないをやってみたんです、でも、うまくいかなくて、それで、掲示板に依頼を………」

 再び俯く。

「………盗んだって、言いづらくて……でも、最初から、本当のことを言えばよかった………ごめんなさい…………」

 そんなゆかりの様子に当てられて、健太郎も俯いたまま話し始めた。

「……そっか。確かに興味本位でおまじないをしたのは良くなかったね…」

 しかしすぐ、真剣な表情でゆかりの顔を見る。

「でも、落ちてるのを拾ったらこっちに戻ってきたんでしょ?それって盗みとは違うと思う。返したい気持ちもある。なら返しちゃえば良いよ!!ねっおめぐりさん!!」

 くるりとおめぐりさんの方を向いて、赤い瞳をまっすぐに輝かせた。

「……僕こそ新堂君を疑ってしまって、ごめんね」

 蒼空は、渋い顔をして頭を下げた。信じて守ってやるべき後輩を疑ってしまったことに心が痛む。もう、これ以上の詮索は止めよう。

「健太郎君の言う通り、そのストラップはお巡りさんに渡そう。本来の持ち主に返してもらわないといけないからね」

「そういうことでありましたか…」

 おめぐりさんは、うんうんと頷くと、懐から鍵の束を取り出した。

「これを一緒に返しに行くであります」

 そう言って檻の扉を開ける。

「ちゃんとごめんなさいって謝るのでありますよ」




 交番から外に出ると、空が真っ赤に染まっていた。

「いいでありますか。本官から絶対離れちゃダメでありますからね」

 まるで昭和か大正のような通り道だ。赤い夕暮れ、美味しい夕飯の匂い。時折聞こえてくる、カラスの鳴き声、夕焼け小焼け、子供のはしゃぎ声。知らないはずだが懐かしい。通りを行き交う黒い影は、まるでそこで生活している人々のように見える。

 おめぐりさんのすぐ後ろをゆかりが歩き、その後ろを守るように、蒼空と健太郎が歩いていく。

「これが異界の街並み……」

 黒い影を少し不気味そうに目で追いながら、蒼空が呟く。

「こ…古風な街並みですね…。不思議と懐かしさを感じますね。ははっ…こういう場所で育ったわけでもないのに。あっ、夕食の匂いかな…お腹空いてきちゃった」

 お腹をさすりながら、健太郎があはは、と笑った。

「ここはそういう所でありますからねえ」

 しばらく歩いて、とあるボロアパートの前にやってきた。どこにでもありそうな馴染みある風貌だが、ここは異界。周りの長屋やら瓦屋根やらに囲まれていると、このアパートだけはやけに現代風に見える。

「あれ……?ここどこかで…?」

 ゆかりが何か呟いたが、おめぐりさんはそんな様子を気にも留めず、ある部屋の前で立ち止まる。そのままチャイムを鳴らした。

「失くしものを届けにきたであります。入るでありますよ」

 そう言って玄関ドアを開け、靴を丁寧に脱ぎ、「失礼するであります」と一声かけて…勝手に入っていくので、蒼空は驚いてしまった。

「えっ、返事も待たずに入ってくの?」

 おめぐりさんは耳を貸さない。……異界の常識はこちらとは違うかものしれない。まあいいかと諦め、ゆかりと健太郎に目配せをして、自分も靴を脱いだ。3人で、恐る恐る部屋に入っていく。

 居間にはちゃぶ台と、一人分の座布団が置かれている。ちゃぶ台の上には、飲みかけのお茶に、食べかけのお菓子。誰もいないのに、つい先ほどまで人がいたかのような様子だ──と思ったら。

「ゆかりちゃん。ちゃんとここにいる持ち主に謝るでありますよ」

 おめぐりさんはそう言って、誰もいない座布団を手で指し示した。ここは異界だから、現世の者には見えない住民もいるのかもしれない。いやしかし、そんなことより。

「え?……どうして私の名前を?」

 ゆかりは動揺しつつ、おめぐりさんにそう問いかける。

「“その子”が教えてくれたであります」

 おめぐりさんは相変わらず、誰もいない──いや、“誰かがいる”座布団を見つめている。

「そうなん…ですか……」

 じゃあ“その子”はなんで私の名前を。“その子”は誰なの。ぐるぐると疑問が頭に渦巻くが、自分がここに来た目的は一つだ。

「えっと………盗んでごめんなさい……。」

 ゆかりが、何もない空間に深々と頭を下げているのを見ていたら、蒼空も健太郎も、なんだかいたたまれなくなった。

「新堂君の先輩として、僕からも謝罪させてください…!」

「お…俺からも!同級生として!!えっと友達が迷惑掛けてごめんなさい!」

 ゆかりに合わせて二人が頭を下げる。

 夕焼けの赤い光が、古いアパートの窓から差し込み、3人を包む。


──いいよ!


 遠くから、幼い女の子の声が聞こえたような、気がした。




 気がつけば、おめぐりさんもボロアパートも消えている。風が吹き抜ける。見渡せば、たくさんの墓石。3人は墓場の真ん中に立っていた。

 空はまだほとんど青く、端がほんのりと橙色に変わり始めたところである。現世では、部室で誠一郎と話していたときからそんなに時間が経っていないのだろう。

「おは…か…?」

 健太郎は困惑した表情でキョロキョロしている。墓地ということはわかるが、身に覚えのない場所だ。

「ここは——なんで墓地に…?」

 蒼空の方も、何故、どうやってここに飛ばされたのか理解はできなかったが。

「…よくわからないけど、とりあえず持ち主の女の子は許してくれたみたいだし、一安心、かな」

 そう言って、優しい顔でゆかりの方を見た。

「いいよ…って言ってましたもんね。多分…許してくれたの…かな?えっと、良かったね、新堂さん」

 健太郎も、ゆかりに笑顔を向ける。しかし、ゆかりの方はと言えば、目の前の墓石に釘付けになっていた。

「思い……出した……」

 呟くようなゆかりの声は、震えていた。

「あの子……かおりちゃんだったんだ……!」

 そう言って、墓の前でがくんと膝をつく。

「幼馴染のかおりちゃん…!どうして、どうして今まで忘れてたんだろう……!あのストラップもかおりちゃんの好きなアニメの子だった!!」

 墓に刻まれた名前を見つめながら、ゆかりはボロボロ涙をこぼした。その背中を、蒼空がそっとさすってやる。

「そうか……まったくの見ず知らずの誰かじゃなかった、と。大切な…お友達だったんだね。…思い出せて良かった」

 アパートを前にして見覚えがあったのも、そこにいた誰かが名前を知っていたのも、“あの子”がゆかりの幼馴染みだとするなら全て合点が行く。

 ゆかりの涙にもらい泣きをしそうになりながら、健太郎はそっとお墓に手を合わせた。

「思い出してくれただけでも、きっと彼女は感謝してるはずだよ」

 蒼空は、ゆかりの震える背中を撫でながら、少しずつ空が茜色に染まっていくのを見上げて、そこでハッと思い出した。

「そういえばさ、僕ら部室でおめぐりさんに捕まったから、神隠しにでもあったと思われてるかもね」

 笑いながら、わざと冗談っぽく。もう事は済んだのだ。二人を不安な気持ちにさせたくなかった。

「そ…そうですね!早く戻らなくちゃ…俺、もうフラフラです〜!」

 健太郎は、困ったように笑ってから、夕焼け空を仰いだ。身体が弱くて、空がこんな色になるまで出歩くという経験が、今まで無かった。何か不思議な気持ちだ。

「今日は本当に…ありがとうございました…!」

 ゆかりは、涙を指で拭うと、そっと立ち上がった。その顔は今、夕焼けみたいに暖かく晴れやかだった。




 3人が部室のドアを開けると、先に誠一郎が戻ってきていた。

「あ、皆!いやぁ、思ったより長くかかってしまって…すまなかったね。戻ってきたら皆いないから、びっくりしたよ。」

「あ、それが、実は──」

 ゆかりが、事の経緯を説明する。

「──なるほど、そんなことがあったのか。それは大変だったね、でも………お巡りさんも悪いゼロではなかったし、新堂さんも大切な人に再会できて、良かったね」

 誠一郎は、いつものにっこり笑顔で答える。

「……ああいう異界っていうのは、行こうと思って行けるものでもないんだ。新堂さんだって、2回目は行けなかったわけだからね。これはあくまでも噂だけど…こちらが“行きたい”と思うと同時に、向こうも“来てほしい”と思ったときに、初めて扉が開く……なんて言う話も聞いたことがある。かおりちゃんも、新堂さんに…ずっと会いたかったのかもしれないね」

 ゆかりに微笑みかけてから、窓の外、暮れかけた空をぼんやりと見た。

(もし………母さんに会えたら…、僕は何を話すかな……)

「……生徒会長?」

 ゆかりが、誠一郎の顔をのぞき込む。

「ん、ああ、ごめん。夕飯のおかずを何にしようか考えてたんだ。もうこんな時間だからね。無事に解決したし、今日はここで解散にしようか。新堂さん、帰りは一人で大丈夫かい?」

「あ、はい!もう平気です!」

「良かった。それじゃあ」

 誠一郎は立ち上がり、パチリ、部室の明かりを消した。




 ▶FILE No.006 FIN.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る