FILE No.004~005「トルティーヤパーティー」

FILE No.004

title:トルティーヤパーティー

from:見習いシュフ

text:

某有名動画サイトにある料理系の動画について。

静かな家の定点カメラ映像が続いた後、突然真っ黒な人?が現れて、トルティーヤパーティーを始めます。

一口食べるごとに一人増えていき、最後は十人の黒い人がひたすらトルティーヤを食べ続ける動画です。

最初の方は普通なのですが、終盤になるにつれてだんだんと気持ち悪くなってきます。最後の方などは、見ているだけで吐き気がします。誰が何の目的でこのような動画をアップしているのか?何故気持ち悪くなるのか?調査してください。よろしくお願いします。




▶FILE No. 004 START


 放課後のオカ研部室にて。

「おや。また新しい依頼が来たみたいだ。今回は……動画サイトに関するものみたいだね」

 日課である、裏サイト掲示板「ゼロの目」の書き込みのチェックをしながら、誠一郎が言った。

「幽霊か、悪魔の仕業が、はたまた……うーん、現状ではゼロのタイプを絞るのは難しいかな…。ただ、動画なら、部室でも家でも、好きなところで調査ができそうだね。誰か調査に当たれそうな人はいるかな?」

「それは悪霊の仕業に違いないのじゃ!わらわに任せるのじゃ!サクッと祓ってくれようぞ〜!!」

 真っ先に名乗りを上げたのは、蛇崩卑弥呼。悪霊から人々を救うことを使命とする美少女霊媒師──というのは真っ赤な嘘で、本当は自ら悪魔と契約しているし何なら男である。その真実を知る者は、卑弥呼の背後にいる契約悪魔ハウラスを除いて、ほとんどいない…はず。

(ネットのブラクラ系か?誤魔化しやすそうな依頼だし、適当に調べて手柄にしてやろっと!)

 今回も、何やら企んでいるようだが──

「ありがとう、卑弥呼。助かるよ」

 卑弥呼だけでなく、ちゃっかりハウラスにも笑顔を向けた誠一郎は、それに気づいているのかいないのか。

「もう一人、誰かお願いできるかな?」

「じゃあ、あたしも行く〜!」

 卑弥呼に続き、元気よく椅子から立ち上がって挙手をしたのは、花咲ひなた。若草色のポニーテールと、意思を持ったようなアホ毛が特徴の、活発な少女だ。

「どんどん増えていくってことは、大勢でパーティーしたいのかもしれないよ!」

 ひなたは、見ていると気分が悪くなっていくことよりも、真っ黒な人が大勢で食事をしている点に興味があるようだ。真っ黒な人……と言えば、ひみちゃんのそばの彼はどうなんだろう。真っ黒だけど、関係あるのかな。そんなことを考えていたら、卑弥呼の笑い声に思考を遮られた。

「ほほほーっ!花咲は愉快なことを考えるのう!わらわがおれば百人力じゃから、そなたはのんびり構えておるが良いわ!」

 ドヤ顔でふんぞり返ってみせる卑弥呼。背後のハウラスは、いつもの無表情で卑弥呼を見ている。

「ひなたもありがとう。じゃあ、今回の依頼は二人にお願いするよ。調査には、パソコンとネット環境が必要だと思うんだけど…場所は二人に任せようかな。何かあったら、僕もサポートに回るから、遠慮なく連絡してね」

「頼りにしておるぞ、部長殿♪」

 誠一郎に愛想を振りまき、ひなたに向き直る。

「とりあえず、件の動画を見なければのぅ。パソコン室に行ってみるか?」

 その時、ひなたの脳内に「何かあれば俺もすぐ動く」と声がした。

 声の主は、花咲ひかげ──と呼ばれている、ひなたのもう一つの人格だ。元々は、ひなたが寂しさを埋めるために生み出した人格だったが、ひなたを守るために行動しているうちに、今では彼女の“兄”となっていた。

「うん!行ってみよう!部長、行ってきまーす!」

 卑弥呼もお兄ちゃんもいるなら、心強い。ひなたは誠一郎に手を振りながら、卑弥呼について部室を出て行った。




「失礼しまーす!」

 ガラガラ…と音を立てて、ひなたがパソコン室の引き戸を開ける。

「失礼するのじゃ〜…誰もおらんようじゃの?調査には打って付けじゃな!」

 卑弥呼は手近なパソコンの電源をつけ、誠一郎から伝えられた動画サイトにアクセスした。

「料理系動画じゃったな。トルティーヤで検索してみるかの…」

 キーボードを打ち込み、検索をかける。おいしそうなトルティーヤやらタコスやらのサムネイルがずらずらと出てくる。そんな中、ほとんど白黒で煤けたような部屋のサムネイルは、酷く目を引いた。

 カチリ、と動画の再生ボタンを押すと、薄暗い部屋の定点カメラ映像が流れ出す。ノイズもかなりあるが、状況はわかりそうだ。

 一人、また一人、さらに一人………黒い影なのか人なのかが増えていき、トルティーヤを食べている。特に恐ろしい怪物が出てくるわけでも、グロテスクな何かが出てくるわけでもない。だが人間というのは、“訳が分からないもの”に最も恐怖を抱くものだ。投稿者の意図が掴めない、静かな動画を見ながら、二人は同時に生唾を飲み込んでいた。

 10人目の黒い影がトルティーヤを食べているところで、脈略もなく動画が終わる。

 動画の内容はおおむね掲示板の情報通りだったが、とひとつだけ食い違う部分があった。

「…?ただの動画じゃなぁ」

 動画を最後まで見ても、気分が悪くなるということはなかったのだ。人によるのだろうか。

「まぁネット慣れしとらん者には気味が悪いかもしれんがの。ひなたはどうじゃ?」

「あたしもお兄ちゃんも気持ち悪くならなかったよ!」

 ひなたは、首とアホ毛を傾げながら再生を終えた画面を見つめている。

 卑弥呼はひなたの言葉を聞きながら、そういえばひなたには兄と呼ぶもう一つの人格がいたな、と思い出した。同じ肉体で感じ方に違いがあるのだろうか、と疑問に思う。横目でハウラスを見る。悪魔はいつもの無表情だった。

「あたし達自身が気持ち悪くならないんじゃ、どうしてそうなるのか調べられないね……じゃあさ、誰がアップしてるのか分からないかな?」

 投稿者を突き止めるのも依頼のうちだったはず。ひなたは卑弥呼の横から画面に身を乗り出し、動画の投稿者の名前を探し始めた。

「そうじゃのう。他にも動画を上げてるかもしれんしの!」

 卑弥呼が頷いたところで、ポップアップウィンドウがぽん、と音を立てて表示され、画面を遮った。メールを受信したようだ。はて、個人のアカウントにログインもしていない学校のパソコンに、メールが届くなんてことがあるだろうか。

「ふぉお!?か、怪奇現象じゃ!きっと霊からのメッセージじゃ!花咲!早う開くのじゃ!」

 いよいよオカルト的展開になってきたと息巻く卑弥呼が、パソコンを操作しているひなたを急かす。急かされながら、ひなたの脳内ではひかげが訝しんでいた。

(怪しいな……気にはなるが、易々と開いていいのか?もし何かのウイルスとかだったら──)

「中身は見てみないと分からないよ! えーい!」

 ひかげの制止も何のその、ひなたの好奇心があっさり勝った。メールを開封してみる。


from:10人の妖精たち

title:おめでとうございます!

本文:

あなたが11人目のトルティーヤパーティーの妖精となりました!

パーティー会場はこちら↓


 メールに、地図の画像が添付されていた。

「これは…招待状と見せかけた挑戦状じゃな!妖精とやらが何者か、この目で確かめてくれる!花咲、さっそく向かおうぞ!」

「うん!」

 ひなたは元気よく頷いた。あたしにはお兄ちゃんもついてる!何かあっても大丈夫!それに、動画の人(?)たちに直接会えるなら、依頼を鑑みても願ったり叶ったりだ。

 パソコンの電源を落として、二人はパソコン室を出た。




 地図で示された場所に向かううちに、二人は住宅街へ入っていった。どうやら、目的地はこの住宅街の中にあるらしい。

 到着したのは、とある一軒家だった。

 表札はかかっていない。壁の塗装はかなり風化しているようだ。小さな庭があるが、雑草が伸び放題になっている。

 ひなたは思わず「幽霊屋敷だ!!」と声を上げそうになったが、もし誰か住んでいたら失礼だと気づき、とっさに言葉を飲み込んだ。

「こんにちはー!誰かいますかー!」

 代わりに、大声で呼びかけてみる。………返事はない。

「……誰もいないみたい。どうしようひみちゃん、勝手に開けて入っちゃっても大丈夫かな?」

「空き家のように見えるのう。入っても構わんじゃろ!これも調査のため、依頼主の為じゃ!」

 そして卑弥呼様の名声のためじゃ、と心の中で呟いて──

「邪魔するぞ!」

 ドアを開け、中へ踏み込む。

 玄関から延びる廊下は、暮れかけた夕日がなんとか照らしているだけで、薄暗い。

 踏むたびにきし、きし、と悲鳴をあげる廊下を進んでいくと、突き当りは広いリビングになっていた。大きな机。並んだ椅子。間違いなく、動画で見たあの部屋だ。

「ここが動画の…トルティーヤパーティの会場じゃな。カメラはどこかの…」

 卑弥呼は、少し埃臭いリビングをきょろきょろと見回し、カメラの位置を探そうとする。その背後に、突如、影が現れた。

「わ!?なんかいる!!」

 ひなたは驚きのあまり、「危ない」ともひみちゃんの後ろ」とも伝えられなかった。

 人間のような形をしているが、顔も体も真っ黒で、容姿が全くわからない。影そのものが存在しているかのようだ。

「なんじゃ?ゴキブリでも出たのか?」

 ひなたの声を受け、卑弥呼がきょとんとした顔で振り返る。

 眼前に黒い影。

 いや、それだけではない。

 窓の横にも。

 ドアの前にも。

 机の隣にも。

 ひなたの後ろにも。

 影が次々に現れる。全部で10体だ。

「うっわ!?なんっだこいつら!!?」

 飛び退く卑弥呼。思わずハウラスの袖を掴む。振り払われた。その動作で少し冷静さを取り戻す。

「…っ動画の、貴様らがトルティーヤの妖精か!?何とか言うてみぃ!」

 影は誰も、何も言わない。しかし、二人を襲うこともない。

 声は聞こえないが、影たちは互いに意思疎通ができているようだ。手招きしたり指差しで指示を出したりしながら、いそいそとリビングとキッチンを行き来している。

 やがて、10体の影は全員椅子に座り、テーブルを囲んだ。

 座ったまま小躍りしている影。

 拍手をしている影。

 肩を組んで喜び合っているような影。

 顔は見えずとも、その楽しそうなジェスチャーは、まさにパーティーのようだ。

 1体の影が、皿の上を指差しで手招きしている。

 テーブルの上にはトルティーヤが………12枚。

「え?え?一緒に食べよう……ってこと?」

 ひなたは始めぽかんとしていたが、影たちが何やら楽しそうな様子なので、次第に頬が緩んできた。

(得体の知れない奴らの出す料理……大丈夫なのか……?)

「油断するでないぞ花咲。何ぞ呪いが込められているかもしれん…」

 脳内ではひかげが、隣では卑弥呼が、ひなたに忠告する。

 しかし、そう言った卑弥呼もまた、影たちの動作に緊張が緩んでいた。お行儀良く並んで座っている姿がシュールでちょっと笑えてくる。

 影たちは皆少し身を乗り出し、固唾をのんで二人を見守っている。ドキドキ、ワクワクしながら、二人がトルティーヤを口にするのを待っているようだ。

 ひなたは恐る恐るテーブルに近づき、トルティーヤの匂いを嗅いでみる。食欲をそそるトウモロコシの香ばしい匂いがした。そして、すっごい見られてる。めっちゃ食べてほしそうな視線を感じる。なんならすっごい美味しそうな匂いだし。ちょうどお腹空いてきたかもしれない。

 頭の中で色々言い訳をしてみたが、人が作った料理を無下にする事こそ良くない、と結論を出した。自分たちのために用意されたものなら尚更だ。あとは単純に、ここまで来たら食べてみたい。

「いただきます!」

 ひなたは手を合わせてから一口かじりついた。

──旨い。

 めちゃくちゃ旨い。

 香ばしさの中にトウモロコシの甘さが残り、歯ごたえも良い。

 美味しそうに頬張るひなたを見て、影たちは一斉に拍手喝采した。ガッツポーズをしたり、影同士でハイタッチしている者もある。

 どうやら、このトルティーヤを食べてもらうことが、影たちの目的だった、のか………?今となっては、確かめる術はない。

 なにせ影たちは、ひなたがごくんと一口飲み込んだ瞬間に、消えてしまったのだから。

 薄暗い家の中に、ひなたと卑弥呼だけが残された。

 しばしの静けさ。

 それを破るように、ひなたのスマホが何かを着信してブーッと震えた。メッセージが届いたらしい。


from:10人の妖精たち

title:ありがとうございます!

本文:

トルティーヤ好きなあなたを、正式に11人目の妖精に任命いたします。

トルティーヤパーティーにお越しいただきありがとうございました。


「見て!妖精に任命されちゃった!」

 メールを卑弥呼に見せながら、ひなたは喜んでいいのか悪いのか分からない複雑な顔をした。

「へぁ?えっ?えっ?」

 卑弥呼は間の抜けた声を上げながら、ひなたのスマホの画面を見る。訳が分からない。

「トルティーヤがすごく美味しかったです!って、一旦部長に報告した方がいいかなあ?」

 ひなたが首とアホ毛を傾げる。少なくともこれで依頼解決とは言い難いだろう。影も消えてしまい、動画の真意も依頼者の不調も謎のままだ。

「お、おほん。そうじゃな、影のことも含めて、一旦部長殿に報告するか!」

 卑弥呼は気を取り直し、ひなたに賛同したが。…美味しかったんだ。俺も食べればよかった。卑弥呼のお腹が寂しく鳴る。




 部室に戻ってきた二人は、パソコンで何やら作業している誠一郎を見つけた。

「二人共、無事で良かった。ちょうど僕も、二人にお願いしたいと思っていたことがあるんだ。…とりあえず、お茶を淹れようね」

 にっこりと微笑みながら、誠一郎は急須を手に取る。緑茶の注がれた湯呑から、心休まる渋い香りと共に、ほこほこと湯気が昇る。

「真依香が置いていったお菓子がかなり残っているから、よかったら食べてね」

 誠一郎が差し出した籠の中には、どら焼きやらマーブルチョコやら、色とりどりなお菓子が入っていた。

「ほほーっ!お茶に菓子はかかせんのう!」

 報告も忘れ、勢いよくお菓子に飛びつく卑弥呼。キャラメルの包み紙をパパッと剥いて、数個まとめて口に放り込んだ。

「あ、卑弥呼。そのキャラメルはチゲ鍋味だから気をつけて──って、ああ、遅かったかな。あっはっは」

 誠一郎がそう言うが早いか、卑弥呼が白目を剥いて悶絶した。勢いよく食べたためにキャラメルが喉に張り付き、強烈な存在感を放つ。

「ほえー!チゲ鍋味のキャラメルなんて初めて見た!」

 ひなたのキラキラした瞳はキャラメルに釘付けになっていて、卑弥呼の様子が見えていない。そのままわくわくとキャラメルに手を伸ばしたが、ものすごく嫌な予感がしたひかげに脳内で止められ、見るのみに留まった。


「──それで……家はすごい怪しげだったけど、トルティーヤは美味しかったし、食べたら影たちはいなくなっちゃったし……あとは変なメッセージが来たくらいで、なんだかよく分かんなかったです」

 ひなたは、お茶を飲みながら身振り手振りも交えつつ、一連の流れを報告した。

 一方の卑弥呼は、何とかチゲ鍋キャラメル飲み込み、お茶を一気飲みして後味をかき消そうとしていた。

「あぎゃ…あれは低級霊じゃな!!ドルディーヤでわらわだぢを誘惑じで…ゲホッ、あの世に引き込もうと企んでおったのじゃ!わらわの霊力で追い払ってやったわい!!」

 むせる。口の中で、ニンニクと味噌と唐辛子の風味が、キャラメル本来の甘さといつまでも喧嘩している。何とかやり過ごし、「わらわがおらんかったら、そなたも連れていかれてたぞ!危なかったのう!」などと胸を張るが、勿論全部嘘である。

「そうか、それはお手柄だったね、卑弥呼!」

 誠一郎は笑顔で卑弥呼を褒め称えながら、口直し用としてちょっと値の張るチョコレートを一粒差し出した。

「ふふん!わらわにお任せなのじゃ!次の依頼もぺろりと解決してやるのじゃ!」

 褒められるわチョコレートは美味いわで、卑弥呼はすっかり上機嫌だ。一方、嘘を喰らう悪魔であるハウラスは、この部屋の“約一名”に嘘が通用しなかったせいで腹が膨れず、眉根を寄せているが…卑弥呼は気づかない。

 自分の緑茶も注ぎながら、誠一郎が話す。

「影──トルティーヤの妖精たちが消えてしまった以上、推測でしかないけれど…彼らの目的は多分、11人目の仲間を探すことだったんだろうね。美味しそうにトルティーヤを食べるひなたを見て、ひなたこそ仲間にふさわしいと思ったんだろう。ただ、…誰が何のために仲間を探しているのかわからないのがちょっと、スッキリしないところではあるね」

 ずず、と緑茶を一口啜ってから、さらに続けた。

「──あ。そうそう、二人にお願いしたいことなんだけど…。実は、また新しい依頼が来てね。それがまた、二人に調査してもらったあの動画サイトに関するものだったんだ。もしかしたら何か関連性があるのかもしれないと思って、二人には引き続きこちらの依頼にもあたってほしいと思ったんだ。お願いできるかな?」

「もちろんじゃ!花咲や、何があってもわらわが守ってやるゆえ、安心するのじゃぞ!」

 自信満々に話す卑弥呼。トルティーヤの件では、むしろひなたの好奇心に助けられたのだが。

「あたしも大丈夫です!ひみちゃん、頼りにしてるね!それで、新しい依頼って何ですか?」

「この投稿を見てくれるかな」

 誠一郎が、二人にノートパソコンの画面を見せる。掲示版「ゼロの目」に、新たな依頼が書き込まれていた。


FILE No.005

title:謎の音声について調べてください

from:いちごマカロン

text:

私は料理が趣味で、よく動画のレシピを参考にしています。

そんな中、最近見かけた動画で、気になるものがありました。

女性のパティシエがお菓子を作っている動画なのですが、途中から謎の音声が入り込んでいるのです。なんと言っているのかはよく聞き取れませんが、声質からして男性のようです。

ある種の心霊現象のように思えるのですが、再生回数のわりにコメントがひとつもついていなくて、余計に不気味な感じがします。

この音声の真相について知りたいです。どうぞよろしくお願いいたします。


「二人には、この“謎の音声”の正体を突き止めてもらいたいんだ。今日はもう遅いから、明日にでももう一度、パソコン室に行くといいかもしれないね」

 誠一郎はそう言って、ノートパソコンの画面をぱたりと閉じた。

「影でなく人間が映ってるなら、調査の手がかりも多そうじゃなあ。にしても、トルティーヤの次はお菓子か。食べ物に関わる動画ばかりじゃなぁ…」

 卑弥呼は腹をさすりながら呟く。お茶とお菓子じゃ物足りない。

「今から見てはまた腹が減ってしまうのう。部長殿の言う通り、明日また調べるとするかの」

「今度はちゃんとお話できるといいね!」

 そう言って意気込むひなた。せっかく取り組むのだから、ちゃんと謎を解明してみたい。何せ、まだトルティーヤを食べただけだ。キラキラの瞳で、卑弥呼を見た。

「じゃあまた明日、パソコン室に行ってみよう!!」




▶FILE No. 005 START


 翌日、放課後。

 夕日の差し込むパソコン室にいるのは、卑弥呼とひなただけだ。さっそくパソコンを起動し、サイトにアクセスして、件の動画を確認してみる。話の通り、コメントは未だについていないようだ。そのまま再生ボタンを押す。

 パティシエの格好をした若い女性が映る。

 卵やら小麦粉やら、材料の説明を終えると、今度は手際よく卵白を泡立て始めた。すると、ぶつ、ぶつ、音声が途切れ始める。やがて、オーブンの予熱の温度について説明しようとしたところで、異質な声が聞こえてきた。

『…れ…つく……………と………く…!』

「あっ、今のが変な声?」

 ひなたが、慌てて動画を一時停止させる。どの辺りから聞こえ始めるかという情報は持っていなかったので、身構えるのが遅かった。しかも音声は途切れ途切れだ。

「明らかにこのパティシエ殿の声ではないのう…れつく…?」

 卑弥呼もよく聞き取れなかったらしい。次は聞き逃すまいと耳に意識を集中させつつ、オーブンの説明まで巻き戻してから、再生する。

『…れ…つくった………と……や…く…!』

 ……やはりうまく聞き取れない。何度か巻き戻して再生を繰り返す。

『…れ…つくった………とる…や…く…!』

『おれ…つくった………とる…や…く…!』

 二人が耳をそばだてていると、突然、画面に何か文字列が表示された。誰かがこの動画にコメントしたらしい。コメントはわかりやすく一文であった。


“俺の作ったトルティーヤを食え!”


「──またトルティーヤか!!」

 卑弥呼が思わず叫んだ。

「コメントのタイミングが良すぎるのぅ。昨日の影たちの仕業か?わらわ達を見ておるのか?」

 言いながら、キョロキョロと周りを見回す。

 次の瞬間。

 ブツン、と音を立てて、パソコンの画面が真っ暗になった。どうやら、突然電源が落ちたらしい。驚いて画面を見る二人。黒い画面に反射して、3人の姿が映り込む。卑弥呼とひなたと……男。

──誰。

 二人は弾かれたように振り返る。

 口ひげを蓄えた30代ぐらいの男が、厳つい顔をして──こちらに手を振っている。

「うぎゃあああ!?」

「わあああああ!!!」

 卑弥呼が男を見て悲鳴を上げ、ひなたは男と卑弥呼の悲鳴に驚いて声を上げた。飛びのいた卑弥呼の腰が、机に直撃して鈍い音を立てた。ひなたは卑弥呼の怪我を心配しつつ──

「もしかして……自分が作ったトルティーヤ食べてほしいおじさん?」

 ぱっと思いついたことを言ってみた。

 男はそれに答えぬまま、じり、じり、と二人に近づいていく。二人の背後にはパソコンデスク。逃げられない。

「お前らのことは聞いているぞ」

 そう言いながら、男がどこからともなく取り出してきたのは、あの時と同じトルティーヤ──いや、同じではない。あの時のものより、さらに甘く香ばしい香りがしている。その匂いを嗅いだだけで腹が鳴りそうだ。

「どうだ?喰いたいか?喰わせてやるよ」

 そう言って、こちらにトルティーヤを差し出してくる。

「喰うのか?喰わないのか? 喰うなら、喰わしてやる。喰いたくないなら喰うな。喰いたいんだろ?喰っていいんだよ。ほら……喰ってみろ。喰え!」

 一歩、一歩と近づいてくると、男の両目が血走っているのがよくわかる。異常な気迫だ。

「うわわっ…い、いらんいらん!そんなものいらん!!」

 卑弥呼は怯えながら、差し出された手をはたいて拒絶した。

 ひなたも恐怖で足が震えそうになる。しかし、このままやられるわけにはいかない。目を閉じ、自己を奮い立たせるかのようにひとつ深呼吸をする。再び瞼を開けば──先ほどより強い眼差し。

「……食わせたいのか食わせたくないのか、ハッキリしない奴だな。そんな怪しい奴の物をひなたに食わせるわけにはいかない。もちろん、蛇崩にもだ」

 口を開いたのは、ひなたに宿る“兄”、ひかげだった。はっきりと拒む。

 すると、男は見るからに狼狽え始めた。同時に、後ろから黒い影がいくつも現れる。全部で10体。どうやら、あの時と同じ影のようだ。影たちは一斉に動き出し、二人に襲いかかる──かと思いきや。

 男の周りに群がり始めた。

 前回同様全員無言のままだが、身振り手振りから察するに、男に対して何かしら説得しているようだ。

「いや、しかしだな……!」

「喰いたくない奴に無理矢理喰わせるのは俺の流儀に反するから…ぐぬ…」

「しかし!そうは言っても俺とて職人なんだ…!」

 二人には男の声だけが聞こえてくる。内輪揉めしているようだ……。

 そのうち、何体かの影が二人に歩み寄り、トルティーヤを指さしつつ、手を合わせたり頭を下げたりしてきた。どうか食べてやってくれないか、と頼んでいるように見える。

「は、はあ…?何がしたいんだよお前ら…」

 卑弥呼は目の前のトンチキな光景に困惑し、ハッとする。しまった、素で喋ってた。

「お…おほん。昨日花咲が食べたトルティーヤは、そこの男が作ったのか?」

 チラと横目でひなた──もとい、ひかげを見てから、影に問う。

「いや──」

 男が首を振ろうとすると同時に、1体の影が手を挙げた。

「昨日のは、こいつが作ったらしい。だが、俺のはこいつのより間違いなく旨いぞ」

 10体の影は、一斉にうんうん、うんうんと頷いている。

「こいつらは全員、俺の弟子なんだ。そしてこのトルティーヤは、師匠である俺が完成させた究極のレシピだ」

 影たちは相変わらず頷いている。

「しかし、俺はこれを世に出す前に…死んじまった。これを喰った奴に旨いと言わせるまで、俺は!死んでも死にきれん!!」

 影の何体かは肩を震わせ、もう何体かは目元を擦り始めた。泣いているように見える。

「お前たちが選ばれしトルティーヤ好きということは、弟子たちの調べでわかってるんだ。さあ。俺のトルティーヤを喰うのか!喰わないのか!?」

 10体の影は、祈るようにして、二人を見つめている。

 ひかげは腕を組みながらしばし沈黙していたが、やがて言った。

「……元々、俺達はそこの影が写ってる動画について調べてたんだ。食べるのは構わないんだけど、その辺のことについてもなんか教えてくれないか?」

「ドウガ……?とは、なんだ……?」

 男がぽかんとした顔になると、さかさず影のうちの一体が男に何やら耳打ちを始めた。

「…………ふむ。よくわからんが、こいつがそのドウガとか…サイト?とかいうものを使って、俺の最期のトルティーヤを喰わせるにふさわしい者を探していたようだな。真にトルティーヤが好きな者であれば、トルティーヤパーティーを見ても気持ち悪くなることはあるまい。そうして選ばれたのがお前たちというわけだ」

 影たちはうんうんと頷いている。

「活動的な霊じゃのう…」

 影を見ながら、卑弥呼が呟く。

「パティシエの動画は?何故お菓子作りの動画に声を入れたんじゃ?あの女性はそなたらと関係あるのか?」

 影たちは一斉に首を横に振っている。どうやら、声を入れる動画は無作為に選んだものらしい。

「なるほど。……話の通じる奴で良かったよ」

 一時はどうなることかと思ったが。ひかげは安堵したように口元を緩め、ゆっくりと一つ瞬きをした。次の瞬間には、パッと明るい笑顔を浮かべていた。

「ひみちゃん、トルティーヤ食べてみようよ!あの時のすごい美味しかったから、師匠さんが作ったやつならもっと美味しいかも!」

 戻ってきたひなたの想いは、彼らの望みを叶えてあげたいということでいっぱいだった。

「うぅんむ…まぁ、花咲が食べて平気じゃったしのう…」

 顎をしゃくる卑弥呼。影も男も丸ごと信用はできないが、それにしても、美味しそうなトルティーヤだったな──

「い、いいじゃろう。わらわたちが食してやろうぞ。おいお前、そのトルティーヤ、半分こにするのじゃ!」

 男の方を指さし、内心ビクビクしているのがバレないよう、強気に命令する。

 男はいかめしい顔のまま、しかし言われた通り、手でトルティーヤを半分に裂いた。卑弥呼とひなたにそれぞれを手渡す。

 二人は目くばせをして、互いに小さく頷くと──ぱくり、同時にトルティーヤに噛み付いた。

 香ばしいトウモロコシの香り。噛めば噛むほどに甘みがぐんと増してくる。本来、タコスのように何か挟んで食べることが多いであろうトルティーヤだが、これはもう単体だけで後を引く味がする。端的に言って──

「お………おいしいー!!!」

 ひなたの金色の瞳が、キラキラに輝く。

「すっごくおいしいよ!!これが究極のレシピ!!?」

「ふぅおお!!美味いっ!!お主やりよるな!!弟子をとるだけあるわい!」

 卑弥呼も、トルティーヤにがっついて頬をぱんぱんにしながら感嘆している。

「そうか、旨いか。…………………そうか」

 男は、夢中でトルティーヤを頬張る二人に、そっと背を向ける。そして、静かに……涙した。影たちも皆、もらい泣きしているように見える。

「……お前たち。今まで俺のために………すまなかった。………ありがとう」

 強面を緩ませてそう言った男の足は今、ほとんど消えていた。そのまま脚から腰、胸と、体が徐々に、まるで煙のように消えていき──ついには何も見えなくなった。

 影たちは、師匠がいた辺りをしばし見つめていたが、やがて一体、また一体と消えていく。

 そうして、卑弥呼とひなただけがパソコン室に残された。

 静かなパソコン室。そこに、ブーッというバイブ音が響く。ひなたのスマホがメッセージを受信したらしい。


from:10人の妖精たち

title:本当にありがとうございます!

本文:

あなた達のお陰で、師匠の長年の未練を晴らすことができました。

これで師匠も、私達も、安心して天国に旅立つことができます。

やはりあなた方こそ、真のトルティーヤの妖精に違いありません。

本当にありがとうございました。


 ひなたはメッセージを一読してから、画面を卑弥呼に見せた。

「よかったね!」

 成仏できない霊は、悪霊の類になってしまうことが一番怖い。そうなる前に未練を晴らせて良かった。いや師匠は割と怖かったが。

「トルティーヤも美味しかったし、あたし達もトルティーヤの妖精になれたし、これで一件落着かな?」

「ほほほ!また迷える霊を救ってしまったのう!」

……いやトルティーヤの妖精って何?心の中で思わずツッコミを入れた卑弥呼だったが(ちなみに、ひなたの脳内ではひかげも同じツッコミを入れていた)、ひなた本人が妖精認定を受け入れているので、そっとしておくことにした。




 数日後、夕日の差し込む放課後の部室。

 ひなたと卑弥呼が部室のお菓子を物色していると(卑弥呼はキャラメルの他にもチゲ鍋味のものがないか疑心暗鬼になっていた)、ガラガラと引き戸を開けて誠一郎が入ってきた。

「ひなた、卑弥呼、いいところに。実は二人にこれを見せようと思ってたんだ」

 そう言って二人に向けたパソコンの画面には、とあるネットニュースの記事が表示されていた。


『○月✕日、メキシコ南部にて、11体の白骨死体が発掘された。鑑定によると、一体は20〜30代の男性、残りはすべて40〜50代の男性のもので、死後数百年が経過していると見られている。マノ(磨石)やメタテ(石皿)と思われる器具や、炭化したトウモロコシなどの穀物が大量に見つかったことから、発見されたのはトルティーヤ職人とその弟子たちだったのではないかと推測されている。』


「…まぁ、単なる偶然かもしれないけど。僕には、二人が出会ったあの師匠と影たちなんじゃないかと思えるんだ」

 綺麗なオレンジ色の空をぼんやり見ながら、誠一郎は言った。

「年上の男どもに師匠と慕われるほど、あの男の腕前は逸品だったんじゃなあ」

 卑弥呼はそう言いながら、トルティーヤの味を思い出す。いや、あれはホントに美味かった。

「部長にもあのトルティーヤ食べてみてほしかったなー、本当にすっごく美味しかったんですよ!!」

 ひなたも、あの味を思い起こしていた。

「──そうだ。この後皆で、トルティーヤでも食べに行かないかい?駅前の一本入った通りに、メキシコ料理屋があったはずだ。まぁ…二人が食べた師匠のトルティーヤには敵わないかもしれないけどね」

 誠一郎はそう言って、優しい笑顔を二人に向ける。

「現代のトルティーヤがどれほどのものか、食べ比べてやろうぞ!」

「わー!!あたしも行きたいです!!

 乗り気の卑弥呼。ひなたのアホ毛も楽しそうに動いている。

「よし、そうと決まれば。早速出発しよう」

 誠一郎は荷物をまとめて、立ち上がる。“トルティーヤの妖精たち”の準備が整ったことを確認してから、パチリ、部室の電気を消した。






▶FILE No.004~005 FIN.

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