第2話 アリバイ 《遺品整理シリーズ Ⅱ 》 

(警察署にて、刑事が若い女と向かい合って、話し始める)


刑事「遠いところご足労願いました。

  早速で申し訳ないのですが、あ、まぁ、お茶でも飲んで一息ついてください。


  実はですね、今日足を運んでいただいたのは、お父さんの件なんです。

  はい、分かっております。お父さんは、20年以上前に行方不明になってます 

  ね。

  消息を絶つきっかけになった、と思われるのは、当時起こった強盗事件の被疑者

  の一人と目されたからでしたよね。犯行のあった当時、お父さん、森克明さんは

  関東近辺に季節労働者として数か月滞在していた。

  たまたま、強盗現場が、当時お父さんが働いていた工場の宿舎に近く、被害者と

  多少の面識があった為に、任意の聞き取りに応じられたのでしたね。 

  他にも数名の容疑をかけられた人物はいましたが、運悪く犯行当日のお父さんの

  現場不在証明、いわゆるアリバイを証明する人が見つからず、立場を悪くしまし

  た。

  残念ながら、お父さんは依然消息不明のまま、強盗事件も結局は未解決で時効を

  迎え、長い年月が経ちました。

  誠に遺憾ではありますが、ご家族の方々にも多大なるご協力とご心配をおかけし

  ている次第です。

  単刀直入に申し上げます。 実は、ある匿名の方から、手紙と写真、画像のデー

  タが送られてきまして、それが、これなのです。 

  この写真は、印字されている日付にある通り、1995年9月16日に撮られた写真

  です。

   はい。埼玉で起きた強盗事件の同日、ある場所で撮られたものです。 

   ここに映っている人達は、20年ぶりに集まった大学の同窓生で、同じゼミの仲

  間だそうです。

  もちろん、見覚えのない人達だと思います。写っている顔ぶれ、にはね。

   この写真は、カシオQV-10という、その年の3月にカシオから発売されたば

  かりの、当時としては非常に高価で珍しかったデジタルカメラで撮られたものな

  んです。 

   お父さんは、事件当日一人で神田の本屋巡りをしていたと証言していらっしゃ

  います。生まれて間もないお子さんの、絵本を探していた、と。

  多分、貴女へのプレゼントを探していらしたのでしょうね。


  本題は、ここからです。事件当日お一人で行動なさっていたお父さんは、アリ

  バイを証明出来ませんでしたが、唯一、神田駅近くの居酒屋の前で記念撮影の写

  真を撮ってほしいと、カメラを渡されたとおっしゃっていました。

  その日、居酒屋では、たまたま同窓会が3つ行われていて、お父さんがおっしゃ 

  るようなグループを探し出すのが困難でした。

  ところが、つい先日先ほど申し上げたように、この写真とUSBそして、手紙が送

  られてきたのです。

   手紙を読んでみてください」


  読まなくても分かっている。

 これは、父に頼まれて私が会社のパソコンとプリンターで打ち出したものだから 

 だ。

 父がどこで暮らしていたのかは、知らない。 この20数年、父は日本中の至る所

 から、現金を送ってよこした。

 借金は既に完済し、私たちの生活も豊かではなくとも、十分に満足のいくものだ

 った。

 私は生まれたばかりだったから、父の顔は写真でしかしらない。

 強盗の容疑をかけられた父は、必死で無罪を証明しようとしたが、

 状況は明らかに不利だった。アリバイを証明できず、営んでいた農業の、機械化 

 を進めようとして、借金を重ねていたのも更に警察の疑いを深くしていた。


 手紙に書いてあるのは、父が20年以上身を隠しながらも、我が身の潔白を証明

 するために必死で探した、唯一の証拠写真とその検証結果である。


刑事「この写真は、事件が起きた当日の犯行時間15分後に撮られたものと確認出来

  ます。先ほども申しましたように、当時のデジカメで撮られたもので、画素数は

  非常に少ないのです。仮に当時この写真を持ってこられても判別出来なかったか

  もしれませんが、現代の技術を駆使して拡大してみたのが、こちらの画像です。  

  パソコンの画面を見て頂けますか。これは、データからダウンロードしたもので

  す。 お父さんが証言した人達の中に、1人サングラスをかけていた方がいらっ

  しゃったのです。 そして、そのサングラスを更に拡大したものがこの画像で

  す。 

  分かりますか? そう、貴方のお父さんが笑いながら、カメラを構えているのが

  このサングラスに映り込んでいたのです。

  更には、数人の腕時計も、拡大すると、同時刻で、狂いが無い。 間違いのな

  い日付と時間を写真が物語っています。

  その匿名の手紙にも書いてある通り、カメラの持ち主が亡くなったので、ご家

  族が遺品整理をしている中に、大量の写真や動画のデータがあったのだそうで

  す」


 父がこの写真のデータに辿り着くのに、20年以上の歳月が必要だった。

たまたま駅で買った新聞の小さな死亡記事の写真を見て

手が震えたそうだ。それは、父自身があの日頼まれて撮ったその写真だったからだ。


 1995年3月20日。都内で同時多発テロが起きた。地下鉄サリン事件である。世界でもまれにみる、大都市圏で起きた、多発テロは日本中をパニックに陥れた。 そして前年の1994年6月27日には、松本サリン事件で被害者でもあった河野義行さんが、

メディアによって、あたかも犯人のごとく扱われ、無実のしかも被害者でもある河野一家を、マスコミの餌食とし、ずさんな捜査の犠牲者にしたのだ。

父は、自分も同様の扱いを受けるだろうと危惧し、私たち家族を守るために、身を隠したのだ。母には、直ぐに署名捺印をした離婚届が送られてきたらしい。このままでは、たとえ無実を証明する日が来ても、世間は一度疑いを持った人間を受け入れるはずがなく、容疑者の烙印は一生ついて回るだろうからと。 

母には苗字を旧姓に戻し、できれば早いうちに再婚してほしいと手紙に書いてきたそうだ。


刑事「匿名の手紙を下さったのは、貴方のお父さんだと思います。多分、ご自分の無

  実を証明するために、ずっとこの一枚の写真を探しておられたのでしょう。

  よく…本当に良く、辿り着きましたね。私たちがやらねばならなかった無実の証 

  明を、ご自分でなさったのだと私は、思っています。非常に立派な方です。

  時効にもなっておりますし、記録を書き換えて容疑は抹消されております。 

  この証拠品を、どのように扱いますか? 必要であれば、データ等はお渡しいた

  します」


娘「いえ、必要ありません。父が示したかった、無実の証明を認めて頂けたのなら、

  目的はなされていると思います。それで、十分です。

  それでは、これで失礼いたします」


 母は今頃、一足先に、父の待つ川合の宿に向かっているだろう。明日には、親子三人水入らずで長い不在を埋める、久ぶりの食事を楽しめるのだ。


アプリspoon内のキャストに、音声化したものをのせています。

https://www.spooncast.net/jp/cast/3025555

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