遺品整理シリーズ 

欠け月

第1話 ダフネの君 ~現代ギリシャ神話~《遺品整理シリーズⅠ》



(TVお昼のニュースがバックに流れる)


  (母娘の会話)


母「あんまり、根を詰めなくていいよ、ゆっくり片づければいいんだから。

   冷たい麦茶入れたから、切りのいいところで、降りといで」


娘「お母さん、ありがとう。適当にやってるから、だいじょうぶよ」

  えーと、これは2011年の納税証明だから、いらないね。

  お父さんたら、丁寧にとってあるわね。

   それと、こっちは、と。旅行の日程表。平成13年5月。 

  随分古いわ。んーと、20年前!

  ふんふん、そうかお母さんと一緒に行った旅行かぁ。

  じゃ、一応とっておいて、

  ペンディングボックスへ入れておくか」


 (手慣れた様子で、次々に書類を整理していく)


娘「ん?この箱はと、うわぁ、古っ! どれどれ、何が入っているのかな?

  手紙。 早川 雪乃様 ・・・・・ 

 (逡巡する) 

  どうしよう。 見てみるか。


  閉じ込めし、ダフネの香 わが想い

  貴女に頂いた、沈丁花。 可憐に咲きほころび、遠くからでもその香りは

  家までの道案内をしてくれているようで、心が和みます。

  お元気でいてくれる、ただそれだけを願っております。   雅治


  お父さんの手紙。 これってもしかして、恋文?」


母「あら、随分片付いて、奇麗になったわ。ありがとう」


娘「ねぇ、お母さん、これ見て。この手紙 これって、ラブレターじゃないの?

  早川雪乃って人に宛ててるの」

 

母「あら、そこにあったのね。ちゃんと取ってあるのね。ふふふ」


娘「ふふふって、気にならないの? なんだか、お父さんらしくないロマンチックな

  手紙だよ」


母「閉じ込めし、ダフネの香 わが想い、でしょ?」


娘「いやだ、読んだんだ!! 知ってたのね。どうなの、これ。どういうこと?

  もしかして、もしかしたら浮気じゃない」


母「あははは。これはね、私が代筆してあげたのよ。だから、いきさつも内容も当然 

  知っているわよ」


娘「え?じゃ何?これお母さんが書いたの?内容もお母さんが考えたの?」


母「あははは、まさか。 お父さんが思い人に手紙を書きたいって、言ってきたの。 

  だから、私が代わりに書いてあげたのよ。

  多少、筆跡は男性の書き手風にしてはいるけど、明らかに私の字でしょ?」


娘「まぁ、そう言われればそうだけど」


母「あなたも知っている通り、お父さんは若い時に事故に遭って、左目の視力が無い

  でしょ?

  それはね、ちょうど事故に遭って直ぐの時だったの。だから、手術が終わって両  

  目共に開けられなかったから

  私がね、書いてあげたってわけ。なんだか、急いでいるように見えたから」


娘「そうか、これがお父さんとの出会いだったってわけね。 優しい白衣の天使が、

  代筆をしてくれて、お父さんは結局、ダフネの君より白衣の天使を選んじゃった

  ってわけね。

  でも、何故この手紙手元にあるの? あ、これか。あて所に尋ねあたりません、

  の紙が貼ってあったのか。

   要するに、宛先人は不明になっていたってわけね。ギリシャ神話のごとしね。  

  ダフネに恋をしたアポロンは、ひたすらダフネを追いかけるけど、最後は月桂樹

  にその身を変えてしまう。お父さんも会えなかったのか」


母「いいえ、今頃あの世でやっと二人は、逢瀬を楽しんでいるのじゃないかしら。

  雪乃さんはね、イギリスに渡って結婚なさったらしいけど、お子さんがまだお小  

  さい時に亡くなられたと伺ったわ。 実はね、随分後に私が興信所を使って調べ

  てもらったの。

  もし、会えるならお父さんに教えてあげようと思ってね。会いたいでしょう?

  男の人って、初恋の女性は女神の様に、大切に思い続けているのですもの。 

  だから、言えなかったの。 雪乃さんが大分前お亡くなりになったって。 

  離れていても、幸せに生きていて欲しいとお父さんなら、願ったでしょうから

  ね。 その恋心を、私も一緒に温めたのよ」


娘「そうか、でも私は、雪乃さんが女神じゃなくて、お母さんこそが、アフロディー 

  テだと思うけど」


(二人共に、涙ぐみながら笑う)



アプリspoonのキャストにて、音声化しています。

https://www.spooncast.net/jp/cast/2991136










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