第21話
「――これはまた、美しい女神像ですね」
祈りの部屋に案内された公爵は、まず正面に置かれた女神像に目を留めた。
「実物は初めて見ます。……そしてこれがブルーダイヤの指輪ですね」
「はい」
「ブルーダイヤも初めて見ます。見事ですね」
15カラットはあるだろう、大粒のブルーダイヤにどれほどの価値がつくのか。それは公爵にも想像がつかなかった。
「はい……本当に、公爵様の言った通りでした」
「推理作家としての体面を保てましたね」
「まあ」
公爵の言葉にステラは満面の笑みを浮かべた。
「公爵様は探偵にもなれますわ」
「さあ、それはどうでしょう」
「だって推理は全て当たっていましたから」
「推理するだけが探偵の仕事ではありませんからね、私は向いていないと思いますよ」
「そうなのですか?」
不満そうに首を傾げたステラを見て、公爵は再び女神像へと視線を戻した。
「これはこのままここに置くのですか?」
「はい……他に相応しい場所が分からなくて」
「そうですか。では、毎日花を活けてあげてください」
「花ですか?」
「ええ、彼の国では神像に花を捧げるんです」
「公爵様はそんなことまでご存じなんですね」
ステラは感嘆の声を上げた。
「あの……それで、お聞きしたいことがあるのですが」
「何でしょう」
「伯母は生前にコレクションを整理したと聞いていたんですけれど、実際はこの指輪以外にもオークションに出せるような希少なものも隠されて残っていたんです。それはどうしてなのか……分からなくて」
「そうですね。単純に考えれば、いざという時に売って生活費にしてもらおうと思ったのでしょうね」
「隠してあったのは?」
「強盗など侵入者に盗まれないようにでしょうね。あとは、母から聞いたのですが、お宝を隠す遊びは伯爵夫人の発案で。亡くなったお嬢さんともよく遊んでいたそうです。ですからステラ嬢にも見つけて欲しかったのかもしれませんね」
「……そうだったんですね」
「これはあくまでも私の想像です。本当のところは本人にしか分かりませんが」
「……はい。そうですね」
「それでは私は帰ります」
「え。お茶もお出ししていませんのに……」
「次の予定がありますから。お茶はそちらでたっぷり頂く予定です」
「まあ」
公爵の言葉にステラは笑みを浮かべた。
「では夫人にお渡ししたいものがありますので、少しお待ちいただけますか」
「母にですか」
「伯母が借りたままだった本が見つかったんです」
部屋から出て行こうとして、ステラは振り返った。
「レイモンド、代わりに公爵様を玄関までご案内してくれる?」
「ああ」
頷くと、レイモンドは公爵に向いた。
「ではまいりましょう」
「そんな顔をしなくとも、大丈夫ですよ」
硬い表情のレイモンドに公爵は笑みを向けた。
「……何がでしょう」
「彼女は今とても幸せなんだそうです。彼女の幸せが続く限り、それを壊すようなことはしませんから」
このステラの婚約者の青年が、自分のことを警戒しているのは分かっていた。
二年前の宮中晩餐会で、デビューしたての初々しさに満ちたステラを見かけた。
花のように綻ばせた笑顔が可愛らしいと思った。
そのステラをオークション会場という思いがけない場所で見かけ、彼女が両親が親しくしていたという宝石伯の相続人だと知った。
両親を亡くし、一人屋敷で奮闘しながらも彼女はあの笑顔を絶やしていなかった。その笑顔を守りたいと思ったのだ。
もしも目の前の青年が、あの劇場にいた伯爵のように自身の欲だけでステラを望んでいるならば遠慮なく動いただろう。だがステラもまた彼と共にあることを望み、幸せを感じているのだ。それを邪魔するつもりはない。
「――それはつまり、幸せではなくなったら?」
「母が、ステラ嬢のことをとても気に入っているんです。『あの子がお嫁に来てくれたらいいのに』って」
笑顔のまま公爵は言った。
「もちろん私も気に入っていますよ」
「ステラは必ず私が幸せにします」
公爵を見据えてレイモンドは言った。
「そうですか」
「はい、必ず」
「頼みますよ」
「……頼まれなくても幸せにします」
「ふふ、そうですね」
「公爵様」
玄関に着くと本を抱えたステラが駆け寄ってきた。
「こちらの本です」
「ありがとう。今度また家にいらしてください。母も喜びます」
「はい、ぜひ」
「ではまた」
笑顔のステラと対照的なレイモンドに軽く会釈をすると、公爵は屋敷をあとにした。
おわり
最後までお読みいただきありがとうございました。
破産して婚約破棄された令嬢は、宝石が隠された幽霊屋敷を処分して修道院に入りたい 冬野月子 @fuyuno-tsukiko
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