第20話

屋敷に帰るとさっそく客室へ向かった。

言われてみれば、確かにマントルピースには幾何学模様が描かれている。これを見て異国の柄だと気づく公爵様は本当にすごい。


「うーん」

室内を一通り探したが、隠し扉があるようには見えない。

「ステラ」

悩んでいると肩を叩かれた。

「レイモンド……お帰りなさい」

「どうしたの?」

「この部屋に隠し部屋がある可能性が高いって、公爵様が」

「隠し部屋?」

「毎日のお祈りに使う部屋なんですって」

公爵様の推理を説明すると、レイモンドは室内を見渡した。

「でもそれらしいのが見当たらなくて……」

「怪しそうなのはここかな」

レイモンドは部屋の西側の壁へと向かった。

「ここだけ、壁紙の柄がマントルピースと同じ種類だ」

「……本当だわ」

この部屋は何種類かの壁紙が組み合わさっている。

そして天蓋付きの大きなベッドと、バスルームへ続く扉の間のその壁紙は、色や大きさは違うけれど、たしかにマントルピースの柄と同じものだった。

「すごいわ、すぐ気がつくなんて」

レイモンドも探偵になれるかも!


「ただ……ここに隠し部屋があるかどうか」

レイモンドは壁に触れた。

「……どう?」

「いや……あ」

レイモンドが触れた部分が少し奥へと移動した。その、現れた引き手に手をかけ壁を横へ滑らせると、その先に空間が現れた。

「すごいわ、本当にあったのね」

空間を覗き込むと廊下のようになっていて、横を見るとその先に扉があった。

扉を開くと、そこは南側に小さな窓が一つある小さな部屋だった。

そしてその窓の下、綺麗な布を被せた棚の上には一体の彫刻が置かれてあった。ローブのような服を着た女性が胸の前で手を重ねている、その両手に掛けられているのは……。

「青い石の……指輪?」

「まさか」

レイモンドが指輪を手に取った。

「……ここだと暗くてよく分からないな。客間へ戻ろう」

「ええ」

レイモンドの後を追おうとして、彫刻も一緒に持って行こうかと手を伸ばすと、その下に一通の封筒が置かれているのに気づいた。




「間違いない。ブルーダイヤだ」

客室へ戻るとレイモンドは指輪をじっくりと眺めた。

「カッティングは甘いが、不純物は見当たらない。それにこの色……こんなに濃い色だとは」

指輪から目を離すとレイモンドは深く息を吐いた。

「本当に存在していたとは……ステラ、それは?」

こちらを見たレイモンドは、私の手にあるものに気づいた。

「あの彫刻の下にこの封筒が置いてあったの。『ステラへ』って書いてあるわ」

「え?」

「裏には……伯母様の名前があるの」

「――つまり、この指輪と手紙を夫人があの部屋に置いたのか?」

「そうみたい……」

私は封筒から手紙を取り出した。



――ステラへ。


この手紙があなたへ届くことを願います。

一緒にある指輪は、聞いたことがあるかもしれません。『呪われたブルーダイヤ』と呼ばれる指輪です。

宝石が人を呪うなど、私と夫は信じていませんでした。けれど……この指輪を手に入れてしばらくして、たった一人の子供である娘マリーが事故で死にました。

指輪の呪いのせいではない。そう信じてはいましたが、私たちは指輪について調べました。

その途中、今度は夫が急死し……その後も調べ続けて、ようやく分かりました。

この石の持ち主は、これを指輪として扱うと不幸な目に遭い、信仰の対象として扱うと幸福になると。

本当にこの石に人を呪う力があるのか、それは分かりません。けれど事実としてこの結果があるのです。


私はこの石が最初に祀られていた地域の女神像を取り寄せ、この屋敷にある祈りの部屋に祀ることにしました。

既にこの身を病に侵されている私には、この行動が正解なのか確かめる時間はありません。

だからステラ、あなたに託したいと思います。

あなたと会ったのは一度きりだけれど、あなたはマリーによく似ていて……マリーの代わりに幸せになって欲しいのです。


ブルーダイヤに関係なくあなたが幸せになれればそれが一番でしょう。けれどもし、この石があなたの幸せの役に立てるならば嬉しいと、そう願っています。


――伯母のキャロライナより。



手紙を読み終えて、私はレイモンドと顔を見合わせた。

「……本当に呪いの指輪なのかしら」

「分からないな……でも」

「でも?」

「こうやってブルーダイヤをこの目で見ることができて、僕は幸運だと思うよ」

指輪を見つめてレイモンドは目を細めた。

「それにこの指輪は、僕とステラを結びつけてくれたし」

「……そうね」

確かに。伯母様がこの屋敷を私に遺してくれたから、私はレイモンドと出会えたんだわ。

「じゃあ私たちにとっては幸福の指輪なのね」

「ああ」

レイモンドと顔を見合わせて、私たちはどちらともなく顔を綻ばせた。

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