第16話
「ここがもう一つの隠し部屋です」
「よくこの場所が分かりましたね」
公爵様は感心したように小さな空間を見回した。
公爵様が隠し部屋の取材にやってきた。
まず最初にサファイアの指輪があった屋根裏部屋を案内し、次に最初に見つけた部屋へと案内した。
「たまたまです。掃除中に落とし物をして、それを探していて見つけたんです」
その部屋は書斎の机の下から入れるようになっていた。
机と壁のわずかな隙間から光が漏れているのに気づき、触れると横開きの扉があったのだ。
扉は机と本棚に隠されていて、一見すると分からないようになっていた。
「なるほど、面白い」
公爵様は手帳に何かを書き付けた。
「今分かっているのはこの二つの部屋だけです」
「――父に聞いたのですが、客室のマントルピースに仕掛けがあったとか」
「客室?」
私は控えていたコニーを振り返った。
「客室は三部屋ございますが……」
「全て見せていただいても?」
「はい」
客室は全て似たような造りになっている。その一室ずつを公爵様は見回していった。
「これらの家具は以前からここに?」
「はい、これから整理する予定です」
「ふむ。花瓶の置かれた部屋がありましたね」
「花瓶……はい」
言われてみれば、一部屋だけ大きな花瓶がマントルピースの上に置いてある。
「その花瓶も以前から?」
「はい」
「気になりますね」
公爵様の言葉にその部屋へと向かった。
それは金で絵付けされた立派な花瓶だった。
「花瓶の底がちょうどはまるよう溝がありますね」
花瓶の下を見つめて公爵様が言った。
「動かしてみましょう」
「閣下、私が」
公爵様が花瓶に手を伸ばそうとすると、侍従が慌ててやってきた。執事のランドルフと二人がかりで花瓶を持ち上げると、かすかに鈍い音が聞こえた。
「……溝が消えましたね」
公爵様の言うように、花瓶を外した後の板は真っ平らになっていた。けれどよく見ると丸い線があるのが分かる。
「どこかに……何かあるはずだが」
「さっき音が聞こえたような……」
花瓶を持ち上げた時に聞こえた音が気になって、その音がした時の記憶を辿る。確かマントルピースの左端のほう……?
「あ」
音のしたあたり、マントルピースの上の板に触れるとわずかに動いた。
「これ、外れます!」
板を外すとその下は空洞になっていて、布に包まれたものが置かれていた。
「花瓶が鍵代わりのおもしになっていたのか」
布の中からは銀色の短剣が出てきた。その柄には大きな赤い石が嵌め込まれている。
「これは……スタールビー?」
「スタールビー?」
「星の光のような白い線が入っているでしょう」
公爵様の言う通り、丸くカットされた石の中央から放射線状に白い線が入っていた。
「短剣に嵌め込まれたスタールビーか……面白いな」
笑みを浮かべて呟くと、公爵様は手帳を取り出し書き込んだ。
「さすが公爵様ですね、花瓶が怪しいと気が付くなんて」
「いえ、音に気付いたステラ嬢のおかげです」
応接室へ戻ると、コニーが淹れたお茶を飲みながら休憩することにした。
テーブルの上には短剣と、以前隠し部屋から見つけた見取り図が置いてある。お茶を飲みながら公爵様はその図面を眺めた。
「……まだ隠し部屋はありそうでしょうか」
「そうですね、その可能性はあるでしょう」
公爵様は見取り図から顔を上げた。
「これを借りることはできますか? もちろん複製などはしません」
「……はい」
大丈夫かしら。
今日レイモンドは外せない会合があるから来ていない。隠し部屋以外の屋敷の造りはそう珍しいものではないから見られても問題ないとは思うけれど……。
「他にもこの屋敷に関する図面があるといいのですが」
「図面はないのですが」
私は書庫で見つけた本を取り出した。
「この屋敷が建てられた頃の日記ならありました」
「本当ですか? 見せていただいても?」
「はい」
その日記は最初の所有者の手によるもので、それによるとこの屋敷が建てられたのは百年ほど前のようだった。
「元々の持ち主はバーンズ侯爵……ああ」
「ご存知ですか?」
「以前小説の取材で調べたことがあります。遺産をめぐり骨肉の争いが起きて、最後は爵位剥奪されました」
「……そうでしたか」
「この屋敷は別宅用として建てたと」
「はい、愛人用だったそうで。隠し部屋は愛人を隠すためのものだったようです」
「ああなるほど。夫人が嗅ぎつけて尋ねてきた時に隠すんですね」
「はい」
あのマントルピースの秘密については何も書かれていなかったと思うが、おそらく隠しておきたいものが他にもあったのだろう。
「この日記も借りていいですか。何か手がかりが隠されているかもしれません」
「はい、是非」
私が読んだ限り手がかりになりそうなものはなかったが、推理小説家の公爵様なら何か分かるかもしれない。
「ところで。ステラ嬢は先日一緒にいた宝石商と婚約しているのですよね」
公爵様が言った。
「はい」
「貴族から離れることに不安はないのですか?」
「不安……はあまりありません。制約が減ったので、自由を感じる方が多いです」
うちは厳しい方ではなかったけれど、それでも貴族令嬢としての様々な決まりが多かった。
それまで毎日決まった時間に起きて、身支度を整えて食事をしてという時間に縛られた決まりが緩くなり、家にいるときは髪を結わなくていいと知った時は嬉しかった。私はまとめにくい髪質だから、いつも長時間かかるのだ。
「ああ、それは羨ましいですね」
公爵様は目を細めた。
「私も全ての制約を捨てて『アダム・アンカーソン』という一市民として生きていきたいと、そう願うことがあります」
王族でもある公爵様には、きっと私には想像つかないほどのものに縛られているのだろう。
「それは……難しいことですね」
「ええ。だからせめて、結婚相手には自由を感じられて本来の自分でいられる相手がいいと、そう思っているんです」
私をじっと見つめて公爵様はそう言った。
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