第14話

「まあ、これが『人魚の涙』ですのね。美しいわ……」

「こちらの指輪もなんて素晴らしいのでしょう」

展示されているネックレスと指輪に人々が集まっているのを、私は少し離れたところから眺めていた。


明日のオークションを前に、今日は出品物を公開しているのだ。

今回の美術品オークションの目玉は、隠し部屋から見つけた『宝石伯所有のサファイアの指輪』だ。

一緒に展示されている揃いのネックレスは、現在所有しているアシュフィールド前公爵夫人から特別に借りたものだ。

ちなみに夫人は今回のオークションに参加しないのか、レイモンドに聞いたら『爵位を継いだ御子息に拒否された』そうだ。


「失礼。ステラ・アディソン嬢?」

名前を呼ばれ、振り返ると背の高い男性が立っていた。

レイモンドと同じか少し年上だろうか。いかにも貴族らしい身なりと整った顔立ちの、この方はどこかで見たような……。

「はい」

「初めまして、セオドア・アシュフィールドと申します」

「……まあ、公爵様」

ネックレスの持ち主の! 爵位を継いだばかりだと聞いていたけれど、こんな若い方だったとは。

アシュフィールド公爵のお母様は元王女様で、今の国王の姉君にあたる。つまり公爵は国王の甥だ。

「以前お見かけした時も可愛らしい方だと思いましたが、ますますお綺麗になられましたね」

「あ、ありがとうございます。……私をご存知で?」

「宮中晩餐会で一度」

社交界デビューしたての頃に行った時のことだろうか。あの時は私も緊張していて……だから公爵様のことを見覚えがあったというくらいにしか覚えていなかったのか。

というか公爵様に綺麗だなんて褒められるなんて。照れてしまう。


「あのサファイアの指輪は現在ステラ嬢が所有していると聞きましたが」

「はい」

「しかも宝石伯の『幽霊屋敷』に住まわれているとか」

「はい、まだ幽霊に会ったことはございませんが」

「ああそれは残念ですね。それで……」

「公爵!」

公爵様が何か言おうとしていると、男性が歩み寄ってきて公爵様に耳打ちをした。

「――すぐ行こう」

小さくため息をつくと公爵様は私を見た。

「ステラ嬢、また近いうちに」

「……はい」

近いうちに? お会いする機会などあるだろうか。

(社交辞令かしら)

内心首を傾げている間に公爵様はいなくなってしまった。


「ステラ」

レイモンドがやってきた。

「今アシュフィールド公爵がいなかったか?」

「ええ、ご挨拶していただいたの。以前宮中晩餐会で見かけたのを覚えていてくださったみたい」

「そうか」

「公爵様はオークションに参加することを反対されたのよね。でもここにいらしたということは、興味はあるのかしら」

「他に参加予定の出品物があるのかもしれない。公爵は変わったものに興味があるようだから」

「変わったもの?」

「前回はミイラを落札したとか」

「ミイラ……え、本物?!」

なんでそんなものを?!

「世の中には色々な趣味の人がいるんだ。……で、ステラを紹介したい人がいるんだけど来てくれる?」

「ええ」

頷いて、差し出された腕に自分の腕を絡めた。


今日の私は出品者というよりもレイモンドの婚約者としてここに来ている。同業者や顧客の方に紹介してもらい、ご挨拶するためだ。

何でもレイモンドは、以前コニーがお店の人から聞き出したようにそれまで女性との付き合いが全くといっていいほどなかったらしく、そんな彼の婚約は同業者の間で大きな話題となっているのだと商会長さんが言っていた。

確かに、お会いした方々からは馴れ初めやら色々と聞かれたり、冷やかされたりしてすっかり疲れてしまった。


翌日のオークションは盛況のうちに終わったそうで、サファイアの指輪は予定落札価格よりもずっと高値で落札された。

ちなみにヒスイの指輪はオークションに出す前にアクロイド伯爵夫人がやはり高値で買い取ったそうだ。

「あの二つが売れたのだから、これは売却しないでいいよね」

オークションの翌日、そう言ってレイモンドが持ってきたのは、以前預かり販売をお願いしたピンクダイヤのネックレスだった。

「これは絶対ステラに似合うからつけて欲しい」と言われ、……そこまで言うならと手元に置いてある。




「お嬢様」

結婚後もこの屋敷に住むことになり、それならば手をつけていなかった部屋も整理しようと客間にいると執事が急いだ様子でやってきた。

彼はジョンストン商会の紹介でやってきた人で、他に男女の使用人も一人ずつ増えた。


「どうしたの」

「ただいま先触れがございまして……」

「先触れ?」

「明日、アシュフィールド公爵がお見えになりたいと」

「え?!」

公爵様?!

「何の用事で……」

執事が差し出した封筒には、確かに覚えのある公爵家の紋章が押されていた。

中の手紙には具体的な要件はなく、『頼み事がある』と書かれてあった。

「使者の方がご返事をお待ちなのですが……いかがいたしましょう」

「すぐお返事をするわ」

公爵様の頼みなど、断れるはずもない。

急いで承諾の返事を書いて使者に渡した。

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