第13話
「――これはサファイアですね」
隠し部屋から持ってきた指輪をじっくりと見てレイモンドさんは言った。
「サファイア?」
「傷も不純物もなく、色も美しい。最上級品です。おそらくあの肖像画に描かれている指輪でしょう」
顔を上げてレイモンドさんが見た先には伯爵夫婦の肖像画がかかっている。
そう言われてみると、確かに同じ指輪のように思えた。
「……あの、ちなみにブルーダイヤかサファイアかって、どうやって見分けるんですか」
「そうですね、一番の違いは輝きでしょうか」
「輝き?」
「ダイヤモンドの方がキラキラとしています。同じカッティングのものを並べてみると一番分かりやすいと思いますが、仕事で多くの宝石を見ていれば自然と単体でも分かるようになります」
「なるほど……」
頷いて、私はもう一度肖像画を見た。
「あのネックレスとセットで作られたのでしょうか」
「そうかもしれませんね」
「じゃあこれもオークションに出したら……」
「お嬢様」
コニーが嗜めるように声を上げた。
「まだそんなことを……」
「ちょっと気になっただけよ!」
宝石ってびっくりするくらい高い値段がつくんだもの。気になるじゃない。
「その隠し部屋にあったのはこれだけですか?」
「はい、おそらく」
取りに行った時に他の引き出しも見てみたけれど、指輪の箱だけで他に家具もなかった。
「そうですか」
「……これが呪いの指輪なのでしょうか」
「さあ、それは何とも。他にも隠されている可能性はありますからね」
そう答えて、レイモンドさんは指輪を手に取ると私へと手渡した。
「でも、これを呪いの指輪だとしてもいいと思いますよ」
「え?」
「宝石伯が持っていたのはブルーダイヤと言われていたけれど、実はサファイアだった。そう知られれば、では呪いの指輪は別の場所にあるのだろうと多くの人は思うでしょう」
「……そう思われた方がいいんですか?」
「この先、ステラ嬢が『呪いの指輪』の持ち主かもしれないという噂がついてまわることは、いいこととは思えません。宝石好きの中には『呪われてもいいからブルーダイヤが欲しい』と望む方も多いですし、そういう方の中には……その、手に入れるのに手段を選ばない方もいますから」
「そうなんですね」
「それに……これ以上、ステラ嬢に興味を持つ人が増えて欲しくありませんし」
「え」
「まあ、私奥の用事を思い出しましたわ。ジョンストン様、どうぞごゆっくりしていってくださいませ」
パン、と手を打つとコニーは急ぐように応接室を出ていった。
「え、コニー!」
待って……レイモンドさんと二人きり?
急に先刻のやり取りを思い出して、また顔が熱くなった。
「ステラ嬢」
「は、はい」
「結婚のお願いを受けていただたきましたが……よろしかったのでしょうか」
「え?」
「知り合って間もないですし、……私はぜひにとステラ嬢を望んでいますが……もしもお嫌でしたら……」
「え、嫌だなんて、そんなことはありません」
「良かった」
慌てて首を振るとレイモンドさんはほっとした顔を見せた。
「……あの、どうしてレイモンド様は、その、私を……」
「そうですね。最初は一目惚れでしょうか」
一目惚れ?!
「店に現れた時、とても綺麗な方だと思って。身の上を聞いた時に自分が守ってあげたいと。誰かに対してそう思ったのは初めてだったんです」
そんな風に……思ってくれたなんて。
「だからどうか私に守らせてください」
レイモンドさんは私の手を取った。
「きっと大切にいたします」
「……はい。よろしくお願いいたします」
耳まで赤くなるのを感じながら私は頷いた。
*****
「――確かに『人魚の涙』と対になる指輪のようだな」
ステラから預かった指輪を見つめてジョンストン商会長は言った。
「これが呪いの指輪の正体でしょうか」
「いや、確かに『呪いの指輪と名付けられたブルーダイヤ』は存在している。けれど宝石伯が所有していた記録はないからな、伯爵家にあったとされる呪いの指輪がこの指輪だった可能性はある」
「では、本物のブルーダイヤが伯爵家にまだある可能性もあると?」
「ああ」
「それは困ります」
レイモンドはため息をついた。
「あの屋敷やステラ嬢を狙う者が増えますから」
「何だ、宝石より好きな娘の方が大事か」
「いけませんか?」
「上司としては残念だが、父親としては喜ばしいことだな」
息子を見て商会長は笑みを浮かべた。
「やっとお前にも春が来たと母さんも喜んでいたよ」
「そうですか」
「早く会わせろと言っていた」
「そうですね、早々にも」
「それで、この指輪はオークションに出すのか?」
「はい。売れたお金を持参金にしたいとステラ嬢が」
「持参金など必要ないが。『宝石夫人の姪』が宝石商の嫁にくる、それだけで十分だ」
「そう言ったのですが、どうも彼女は納得いかないようです」
「律儀なお嬢さんだ。まあ、その律儀さが商売人の嫁には必要だが」
商人が貴族の娘を嫁にもらうというのは、多くが持参金や父親など貴族社会との繋がりが目的だ。
ジョンストン商会は経営も安定していて貴族の顧客も多く、そういった必要はなく――むしろ気位の高い、贅沢に慣れた貴族令嬢は嫁として相応しくないと考えるくらいだったが。
レイモンドの話や本人に会った印象からすると、ステラはそういった傲慢なところはなく、聡明さも持っており、商売人の嫁としても十分やっていけるだろう。
「では、次のオークションに出せるよう手配しておこう」
「お願いします。ヒスイの指輪はどうしますか?」
「それはまずアクロイド伯爵夫人に話を通してからだな。夫人なら気に入ればオークションの落札予想額でも喜んで出すだろう」
「分かりました」
「それで、あの屋敷はどうするんだ? 結婚したら二人で住むのか?」
「そのつもりです」
最近は商工業の発達とともに王都の人口も増え、条件の良い新居探しも難しくなってきている。王都からは少し離れてはいるが、庭も十分にあるあの屋敷を手放すのはもったいないだろう。
「結婚準備は大仕事だ。二人で協力しなければ乗り越えられないぞ」
「はい」
「まずは母さんと、ステラ嬢の後見人である弁護士への挨拶だ。大丈夫だとは思うが、母さんに気に入られることが一番最初の大仕事だ」
「――はい」
人生の先輩である父親の言葉に、レイモンドは真剣な顔で頷いた。
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