第12話
「お嬢様、よろしいでしょうか」
レイモンドさんの話を聞いて気持ちが落ち着かず、本でも読もうかと広げたけれど文字が頭に入ってこなくて。
ぼんやりしているとコニーが声をかけてきた。
「どうしたの」
「ジョセフが、庭で鍵を見つけたと」
「鍵?」
「用具庫の整理をしていたら、レンガの下に布に包まれてこれがあったんです」
そう言ってジョセフが渡したのは、黒い鍵だった。
「隠してあるみたいに置かれていたんで、お嬢に渡した方がいいかなと」
「……ありがとう」
屋敷の中に入ると改めて鍵を眺めた。
「これは、どこかの部屋の鍵みたいね……」
「あ、もしかしたら」
コニーが声を上げた。
「ランドリー室の奥に、鍵がかかった開かずの扉があるんです」
「開かずの扉?」
「用具入れかと思っていたのですが……」
「行ってみましょう」
二人で半地下にあるランドリー室へ向かった。
コニーの示した扉の鍵穴へ鍵を挿すとすんなりと入り、回すとガチャリと音がした。
「開いたわ」
扉を開け中を覗く。
「階段?」
その奥には、人ひとり通るのがやっとの幅の、上へと続く階段があった。
「……使用人用の階段かしら」
「それにしては狭すぎませんか。それに使用人の階段は別にありますし」
確かに、この幅だと洗濯物を抱えて上り下りするのは難しそうだ。
「上ってみるわ」
「お嬢様、私が」
「コニーは下で待っていて」
コニーを止めて階段を上がる。埃っぽいのを我慢しながら、上りきった先は右へ折れて別の階段があった。
そうして上った先はまた階段で。二階まで上がると目の前には扉が現れた。
「屋根裏部屋……?」
鍵穴のないその扉をそっと開くと、向こう側には小さな部屋があった。小さな窓があり、梁がむき出しの天井が斜めになっている。
その部屋の正面には古ぼけた机があった。その上段の引き出しを開くと、中に小さな箱が入っていた。
「――これ……」
箱の中には大粒の青い石の指輪が入っていた。
「お嬢様!」
下からコニーの声が聞こえて、私は指輪の箱を引き出しへ戻すとまた階段を下りていった。
「どうしたの」
「アンドリュー・オーガスト様がお見えです」
「アンドリューが?」
「お断りしたのですが、緊急の用事だと。……確かに焦っている様子で……」
「そう。応接室に通してくれる?」
緊急ってなんだろう。少し胸騒ぎを覚えながら、私はざっとスカートについた埃を払うと応接室へ向かった。
「ステラ!」
私の顔を見るなりアンドリューは駆け寄ってきた。
「どうしたの」
「お前、最近モットレイ伯爵から接触がなかったか?」
「モットレイ伯爵?」
誰?
「あ……そういえば」
コニーが口を開いた。
「一昨日の借金取りがそんなことを口にしていたかと……」
「借金取り?」
「旦那様の借金を返せと……」
「――もう来ていたのか」
アンドリューはため息をついた。
「ねえ、なんの話?」
「この間アクロイド伯爵夫人の夜会に出ただろう? その時にお前のことが気に入ったらしい」
そう言ってアンドリューはもう一度ため息をついた。
「それで、親がいない娘だから愛人として引き取るつもりだとサロンで言ってたのを、父さんが聞いたんだ」
「え」
「愛人?!」
コニーが悲鳴を上げた。
「お嬢様を愛人にだなんて……!」
「……つまり嘘の借金をでっち上げて、その代償に愛人になれと騙すつもりだったと」
「お前、ホントそういう所冷静だよな」
アンドリューは呆れた顔を見せた。だって小説でよくある話だもの。
「教えてくれてありがとう、気をつけるわ」
「ステラ」
お礼を言うと、アンドリューは私の肩を掴んだ。
「俺と結婚しよう」
「……は?」
「こんな辺鄙な屋敷に住んでたらモットレイ伯爵以外の奴にも狙われる。危険だろう」
「だからってどうして結婚? 大体あなたには婚約者がいるじゃない」
「そっちは解消する」
「そんなことできる訳ないでしょう、お相手の方に失礼だわ。それに私、持参金だってないし」
「何とかするよ。持参金だってこの屋敷を処分するなりすれば作れるだろう」
「……アンドリュー。私のことを気にかけてくれるのは嬉しいけど、でも大丈夫だから」
「そうじゃなくて! 俺はステラのことが――」
「オーガスト様」
不意に声が聞こえて……ぐい、と身体が後ろにひっぱられた。
「……レイモンド様」
「お気遣いありがとうございます。ですが、本当に大丈夫です」
いつの間に来たのか、レイモンドさんが私の身体を支えるように立っていた。
「ステラ嬢は私と結婚しますから」
「は?」
「え?」
思わず振り返ると、レイモンドさんはにっこりと笑った。
「父にも許可をもらいました。喜んでくれましたよ」
結婚……レイモンドさんと?
その瞬間、かあっと顔が赤くなったのを感じた。
「勝手に入ってきてしまい、申し訳ありません」
何かごちゃごちゃ言っていたアンドリューをコニーが強引に帰らせ、家の中が静かになるとレイモンドさんは口を開いた。
「庭にいたジョセフさんが、元婚約者が来ていると教えてくださったので」
「いえ、助かりましたジョンストン様」
「本当はきちんと求婚したかったのですが……まあ、でも彼のあの顔を見られてよかったです」
「あの顔?」
「オーガスト様とジョンストン様とで、お嬢様の反応が全く違いましたからねえ」
え、なんの話?
「ステラ嬢」
にまにまとした顔のコニーに視線を送るとレイモンドさんの声が聞こえた。
「これを受け取ってもらえますか」
差し出された小さな箱の中には、ダイヤの指輪が入っていた。
「これ……」
「ステラ嬢に一番似合うものをと選びました。……これまでで一番悩みました」
「お嬢様、ほら」
「……あ、ありがとうございます」
「嵌めてもいいでしょうか」
箱を受け取ろうとすると、レイモンドさんはそう言って指輪を取り出した。
ひんやりとした感触が左手の薬指を滑る。
「よく似合いますが……少し大きかったようですね」
緩めの指輪を見てレイモンドさんは眉をひそめた。
「すみません、直してきますね」
「あ、はい……」
って。あれ。
今私……求婚されて指輪を嵌めたってことは……それを受け入れたってこと?
「まあ、本当に良かったですわ……」
また顔が赤くなるのを感じていると、コニーが涙ぐみながら言った。
「このままではお嬢様が修道院へ入ってしまうのではと気が気ではなくて」
「え」
気づいていたの?!
「だってお嬢様、すぐ何でも売りたがってしまって……何かを増やそうとしてもお金がかかるからとお止めになるし。お嬢様は変に割り切りがいいから……」
「コニー……」
「ジョンストン様、どうぞお嬢様をよろしくお願いいたします」
コニーはレイモンドさんに深々と頭を下げた。
(結婚……レイモンドさんと……え?)
確かに、前からコニーにはそんなことを言われていたし。レイモンドさんは優しくて、私のことをよく褒めてくれて……。
それにレイモンドさんとはよく二人きりで出かけて、ドレスも買ってもらって……あれ、これって婚約者とするようなこと?
「ステラ嬢?」
気がつくとレイモンドさんが不安そうに私を見つめていた。
「どうかしましたか」
「あ、いえ」
「お嬢様は実感が湧いていないだけです。……本当に、聡いのにこういう方面は疎くて」
「そうですか? ステラ嬢、申し訳ありませんが、指輪はサイズを直して改めてお渡しし直ししてもよろしいですか」
「あ……はい」
言われて、外そうとして指に嵌められた指輪を見る。綺麗なカッティングがされた、金の台座も細かな指輪……あれ、さっき見たような……。
「あ!」
「ステラ嬢?」
「そうだ指輪! 青い石の指輪があったんです!」
すっかり忘れていたわ。
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