第11話

「ステラさんがあの宝石夫人の姪御さんだったなんて」

アクロイド伯爵夫人はほうとため息をついた。

「言われてみれば面影がありますわ」

「伯母をご存じですか」

「何度かお目にかかったことがありますわ。ご夫妻は憧れの存在でしたのよ」

そう言うと夫人は胸元に触れた。そこには大粒の真珠をあしらったネックレスが輝いている。

「この真珠は宝石伯のコレクションで、オークションで落札できましたの」

「そうでしたか」

「ステラさんは今夫妻のお屋敷に住んでいらっしゃるとか」

「はい」

「でも夫妻のコレクションは全て処分してしまったのよね」

「はい……いくつか残っていましたが、レイモンド様に見ていただいたらそう特別なものではないと」

「おそらく『宝石伯のコレクション』と呼ぶに至らないものが残されていたのだと思います」

「まあ、噂では『いわく付き』のものが残されていると聞いたけれど……」

レイモンドさんの言葉に夫人は首を傾げた。


伯爵夫人の夜会からしばらく経って、私たちは夫人のお茶会に招かれた。

どうやら、私が『宝石夫人の姪』だとどこかで耳にしたらしい。

「あくまでも噂ですから」

「そうね……じゃあ」

夫人は声をひそめた。

「呪いの指輪があるというのも、噂なのかしら」


「私も気になって探してみたのですが、ありませんでした」

私は首を振って答えた。

「残念だわ。所有するのは嫌だけど、一度見てみたかったの」

「……夫人は指輪が呪いをもたらすとお思いですか?」

「どうかしら……。でも、私が手に入れる宝石はどれも手に取った時に幸せな気持ちになれるの。だから逆に不幸になる宝石もあるのではないかしら」


「ああ、宝石との相性はあるかもしれませんね」

レイモンドさんが頷いた。

「似合うと思っておすすめしたものが、実際につけていただくと違和感を感じることがあります」

「そうなの。これはと思ったものでも、やっぱり実際に身につけてみないと。……実はこの間のヒスイも、とても気に入っているのだけれど私にはどうしても合わなくて」

「それでお嬢様がつけていらっしゃったのですか」

「ええ、そうなの。娘も気に入って嫁入り道具にするって」

「そういえばご婚約が決まったのですね」

「ええ、あのパーティでお会いした方と。ですからあのヒスイは幸福の宝石ですわ」

夫人は嬉しそうに微笑んだ。




「宝石との相性って、どうやって分かるんですか?」

屋敷へ帰る馬車の中でレイモンドさんに尋ねた。

「そうですね……『感じる』としかいいようがないといいますか」

「感じるんですか?」

「幾つもの宝石をご紹介しているうちに、だんだん分かるようになってくるんです。お客様自身では分からない方も多いですが、アクロイド伯爵夫人のように宝石にこだわりがある方はすぐお分かりになりますね」

「そうなんですね……」

じゃあ私にも分からないんだろうな。

「ステラ嬢がお持ちのものは、どれも相性がいいと思いますよ」

「そうですか?」

「はい、先日の夜会で身につけたルビーは特に。あれは一生お使いになられるといいと思います」

確かに、あのルビーのセットは自分でも気に入っているけれど。

「本当にあの夜のステラ嬢はとてもお綺麗でした」

微笑んでそう言うレイモンドさんの言葉に……また顔が熱くなるのを感じる。


「……レイモンドさんは褒めるのがお上手ですね」

「そうでしょうか」

「お仕事でお客様を褒めているからでしょうか」

「――父に指摘されて気づいたのですが」

ふとレイモンドさんは真顔になった。

「私は女性のことを綺麗だと褒めたことはないんです」

「え」

「ステラ嬢だけですよ、宝石以外で綺麗だと言ったのは」

(え……それは……)


「若旦那様」

ますます顔が熱くなるのを感じていると、御者が声をかけてきた。

「どうした」

「お屋敷の前で、なにやら揉め事のようです」

「揉め事?」

レイモンドさんと顔を見合わせると、窓の外を見た。


男が二人、我が家の門の前に立っていた。そして中のコニーと何やら話しているのが見える。

「どうなさいますか」

「ステラ嬢、あの男たちに見覚えは?」

「……いいえ全く」

「私が聞いてきましょう。ステラ嬢は馬車の中で待っていてください」

「え、でも」

「決して出ないでください。外から顔が見えないように」

そう言い残してレイモンドさんはカーテンを閉めると素早く馬車から降りていった。

(え……?)

レイモンドさんの表情が硬くなっていたのに不安がよぎる。

外の様子が何も分からないのも不安に拍車をかけた。


どれだけそうしていただろう。

「お嬢様、終わったようです」

外から御者の声が聞こえて馬車が再び動き出した。



「お嬢様!」

馬車を降りると、門の前で不安そうな顔のコニーが立っていた。

「コニー、何かあったの?」

「……二人連れが、旦那様の借金を返せと」

「え?」

「そんなものはないと言ったのですが、お嬢様に会わせろと……」

「債務に関しては、全て放棄し顧問弁護士に一任してあるからそちらに行くようにと伝えて帰らせました」

レイモンドさんが言った。

「時々店にも来るんです、ああいう輩が。こちらには身に覚えのないことや言いがかりをつけてくるのですが、大体は弁護士の名前を出して引き取ってもらいます」


「ジョンストン様が居合わせてくださって良かったです……」

コニーは大きく息を吐いた。

「ともかく中に入りましょう」

青ざめたコニーの背中をさすりながら、レイモンドさんは私を見てそう言った。



「これまでああいう者が来たことは?」

「いいえ、一度も……」

レイモンドさんの質問にコニーは首を振った。

「そうですか……おそらくですが、ステラ嬢がこの屋敷に住んでいることが知れ渡ったのかもしれません」

「え?」

「先日の夜会にステラ嬢が出たことで、亡きアディソン子爵のご令嬢の消息が話題になったのでしょう。それで、アクロイド伯爵夫人も知っていたように、キースリー伯爵の姪でその屋敷を相続したことも知られるようになったかと」

そう説明すると、レイモンドさんは頭を下げた。

「すみません、私がパートナーをお願いしたばかりに……」

「いえ、謝らないでください。隠していたわけではありませんから」

それまで貴族の人たちと会うことはなかっただけで、いつどこで誰と会うか分からないのだ。


「それでは、今後ああいうことが増えるのでしょうか」

不安そうにコニーが言った。

「その可能性はありますね……。それに、宝石伯が所有していた幽霊屋敷に若い女性が住んでいるということで……強盗などが来る可能性も」

「強盗?!」

コニーと声を合わせて叫んでしまった。

「でも確かに……これまでそういうのが現れなかった方が不思議なのかしら」

「こちらに住まわれているのは、ステラ嬢とコニーさんご夫婦だけですよね」

「はい……夫は昼間は仕事なので夜だけですが」

両親が健在だった時は、コニーは通いで働いていた。

けれどここに移ったとき、他に使用人がおらず私一人きりになってしまうので、コニー夫婦もここに住むことにしたのだ。


「使用人を増やさないとなりませんね……」

「そんなお金あるの? それに伝手も……」

信用できる使用人を雇うには誰かの紹介がないと難しい。

「使用人の手配なら私の方で出来ます」

レイモンドさんが言った。

「ですが……いくら使用人を増やしても不審者や強盗が来るのを防ぐことはできませんので……。ここには宝石伯の残した宝石がまだあるという噂も知られていますし」



「でも……ここには何年も誰も住んでいなかったのでしょう。誰も侵入した形跡はなかったわ」

幽霊屋敷だという噂はあったけれど、それでも侵入しようとする者はいたはずだ。

「……ステラ嬢たちはご存知ないかもしれませんが。この屋敷には、一度侵入しようとした者が呪い殺されたという噂があったんです」

「え……?」

「私も父から聞いて、お二人が怖がるかと思い黙っていたのですが。そんな噂もあってこれまで誰も来なかったのだと思います。けれどステラ嬢が普通に暮らしていると知られてしまったら今後は分かりませんね……」

「お嬢様……どうしましょう」

コニーが不安そうに私を見た。

「ヒューズ先生に相談……しても難しいですよね」

「……そうね」

やっぱり……宝石を処分して、お屋敷も手放して……。


「とりあえず、宝石や絵画など貴重品は隠し部屋にしまっておきましょう」

レイモンドさんが言った。

「そうですね。ヒスイの指輪とルビーのセットはジョンストン商会で預かっていただけますか?」

「――それに関しては父と相談して決めてもいいでしょうか」

「はい」

「他にも相談して、すぐご連絡いたします」

そう言うとレイモンドさんは……そっと私の手を取った。

「怖がらせるようなことを言って申し訳ありません。あまり神経質にならなくてもいいとは思いますが……お気をつけください」

「はい、ありがとうございます」

握られた手に熱を感じながら笑顔で答えると、レイモンドさんも笑顔を返した。

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