第10話
「では今度こそ帰りましょうか」
「ええ」
一曲踊り終えた私たちはホールを出た。
「ステラ嬢、今日はありがとうございました」
「私も久しぶりで楽しかったです」
「……ああ、それは良かったです」
社交界デビューしてニ年ほどしか経っておらず、夜会に出た回数も少なかったけれど。
それでも、久しぶりの華やかな雰囲気は心躍るものがあった。
「今度、商業区で主催するパーティがあるんです。貴族のパーティほど豪華ではありませんが、手品や寸劇など催し物があって楽しめます。良かったら行きませんか」
「いいんですか?」
「はい、ぜひ……」
「ステラ!」
聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
「……アンドリュー」
ふんわりとした雰囲気の、可愛らしい女性を連れたアンドリューが立っていた。彼も来ていたのね。
「ごきげんよう、アンドリュー様」
コニーに言われたことを思い出して、私はスカートの裾を摘んで挨拶した。
「……どうしてここに……」
「レイモンド様に誘っていただいたの」
「レイモンド様?」
レイモンドさんへと視線を送ると、アンドリューは眉をひそめた。
「アンドリュー様、こちらの方は?」
アンドリューの隣の女性が口を開いた。
「あ、ああ……彼女は、幼馴染のステラだ」
「初めまして」
アンドリューにしたように挨拶すると、女性も同様に挨拶を返した。
「初めまして。私、アンドリュー様の婚約者のローナ・オールストンと申します」
「婚約者……」
思わずアンドリューを見ると、なぜか視線を逸らされた。
「まあ、おめでとう!」
「……え」
「良かったー、心配していたの。お相手が見つからなかったらどうしようって」
アンドリューとの婚約は幼い頃から決まっていたようなものだったのを、それが突然解消することになってしまったのだ。次のお相手探しが難航するのではないかとちょっと気になってはいたのだ。
「とても可愛らしい方ね」
「あ、ああ」
「オールストン様もおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「アンドリュー様、振られないように頑張ってくださいね」
アンドリューにはあまり婚約者らしいことをしてもらわなかったから、ちゃんとできるか不安だわ。
アンドリューたちと別れ、コニーにも報告しなくちゃと思いながら馬車停めへ向かっていると、レイモンドさんが肩を震わせているのに気づいた。
「レイモンド様?」
「……ああ、すみません。さすがに少し気の毒というか……」
「気の毒?」
何が?
「いえ、何でもないです」
肩を震わせながらレイモンドさんは言った。
「ところであの婚約者の方……オールストン様ってどちらの方かしら」
聞き覚えのない家名だけれど。
「オールストン男爵は、最近爵位を得たばかりですね」
「ご存じなのですか」
「元々はうちと同じ商業区に事務所を持つ材木商ですが、輸出に成功して大儲けをして、その功績で爵位を得たんです」
「なるほど……つまり、貴族との繋がりを強くしたい男爵家と、持参金が多いご令嬢との結婚を望むオーガスト家、互いの希望が一致したんですね」
「――冷静な分析ですね」
「私との婚約も、うちからの持参金が理由でしたから」
「……失礼ですが、オーガスト伯爵家はあまりその、財政が良くないのですか」
「先代がかなりの放蕩者で、以前は多額の借金があったんです。現当主がそれを立て直して今は安定しているのですが、まだ余裕がないのでできるだけ持参金が多い方がいいそうです」
先代、アンドリューのお祖父様の浪費に関する話はたくさん聞かされた。愛人をあちこちに持ち、派手な生活をしていたお祖父様の息子とは思えないくらい、お父様は堅実な方だ。
「だからいいお相手が見つかるか、ちょっと心配だったんですけれど。あんな可愛らしい方で良かったです」
「……ちょっとですか」
「幼馴染ですから、ちょっとは心配します」
自分の将来の方がずっと不明瞭だから、ちょっとしか心配してあげられないけれど。
「ステラ嬢は、元の婚約者のことを……好きではないのですか?」
「――それは恋という意味で?」
「……ええ」
「正直、そういうのはなかったです。子供の頃から遊んでいた、親戚のお兄さんみたいな感じですね」
「そうですか」
「貴族の結婚は家のためですから。うちの両親も事業のパートナーとしては良好でしたけれど夫婦としては……という感じでした。だから、気心が知れている相手と婚約できて良かったとは思っていました」
友人の中にはずっと歳の離れた相手の後妻や、一度も会ったことのない外国の貴族に嫁がされた子もいる。それに比べれば、恋心がなくともアンドリューとならば上手くやっていけるだろうと思っていた。
「ステラ嬢は、いつも冷静に自分の状況を判断していますよね」
「……よく理屈っぽいと言われます」
「そうですか? 堅実で素晴らしいと思いますよ」
「……あ、ありがとうございます」
そんなこと、初めて言われたわ……。
「ステラ嬢?」
「あ、いえ……自分の性格を褒められるのは初めてで」
「そうなんですか?」
「いつも可愛げがないとか……」
「ステラ嬢は素直で、とても可愛らしいですよ」
レイモンドさんの言葉に。
かあっと顔に血が集まるのと共に、胸の奥に何かが込み上げて来たのを感じた。
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