第8話
「うーん……」
屋敷の見取り図を前に私は首を捻った。
展覧会から帰ったあと、毎日のように隠し部屋を探しているのだが、まだ書斎の奥にあった一部屋しか見つかっていない。
その隠し部屋にこの見取り図が置いてあったのだが……これを見ても怪しいところはない。
「実際に推理するのは難しいのね……」
推理小説は好きだけれど、だからといって自分が推理できるわけではなかったようだ。
「お嬢様、ジョンストン様が到着されました」
コニーが顔を覗かせた。
「今行くわ」
見取り図を手に取ると、私は応接室へと向かった。
「……分かりませんね」
見取り図を見たレイモンドさんは同じように首を捻った。
「隠し部屋なので図面にはないでしょうが、けれど不自然な空間もありませんね……」
「そうなんです」
「となると、これは偽物の図面かもしれませんね」
「偽物?」
「隠し部屋の位置を悟られないように、わざと偽の図面を描いて残しておいた可能性があります」
「なるほど」
そういう考えもあるのね!
「それで、見つけた隠し部屋にはあったのはこの図面だけですか?」
「それがですね、こんなものが……」
私は二冊の本を机の上に置いた。
「開いてみて下さい」
「……これは」
そのうちの一冊を開いて、レイモンドさんは目を見開いた。
それは本物の本だった。
けれど開くと中がくり抜かれ、そこにアクセサリーが嵌め込まれていたのだ。
赤い石を組み合わせたネックレスとイヤリング、そして大粒の指輪は夜会用だろう、金細工も豪華だった。
「これはルビーですね。透明感のある深い赤み、最高級品です」
「お高いんですか?」
「お嬢様」
思わず聞くとコニーがため息をついた。だって気になるじゃない。
「もちろん高いですよ、預かり販売になります」
レイモンドさんも苦笑しながら答えた。
「もう一つの本にも宝石が?」
「はい、こちらは指輪だけですが」
残りの本を開くと、やはり中がくり抜かれ、大粒の丸い緑色の石をあしらった指輪が入っていた。
「これは……まさか、ヒスイか?」
指輪を手に取り、見つめながらレイモンドさんは唸った。
「ヒスイ?」
「東方で採れる石で大変稀少です。うちでもこれまでに扱ったことがあるかどうか……私もオークション会場で一度見たことがあるだけです」
「じゃあこれも……」
「これが本当にヒスイでしたらオークション行きですね」
高いですかと聞こうとすると、遮るようにレイモンドさんが言った。
「オークション行き?」
「余りにも珍しいので、うちだけで価値を決められないということです」
「……この石はあまり透明ではないのでそんなに高くないのかと思ってました」
「ヒスイはその不透明な輝きが美しいとされているんです。とろみがあるとも言いますね」
「とろみ……」
レイモンドさんに渡されて指輪を改めてよく見てみる。
「……何だか森の中の湖を連想します」
青みがかった緑色は、前に両親と一緒に避暑に出かけた時に見た景色を思い出した。
「そう、それがとろみです」
指輪を本に戻すと、レイモンドさんはため息をついた。
「さすが宝石伯、どちらも素晴らしいです」
「……これが先日、画家の方が言っていた宝探し用に隠されたものでしょうか」
「そうでしょうね」
「コレクションとして処分しなかったのは、忘れていたのでしょうか」
「それはないと思いますが……。伯爵はコレクションの管理をしっかりしていたと聞いています」
じゃあ、どうしてこれが残っていたのかしら。
「は、まさかこれが『いわく付き』の……」
「特にそういうものではなさそうですけれどね」
今度はルビーの指輪を手に取って、眺めながらレイモンドさんは言った。
「宝石というのは幾人もの手に渡ることが多いですし、価値がありますから。どうしても色々な物語や噂が生まれます。私は宝石自体に呪いなどはないと思っています」
「そうなんですね……」
「どちらにしても、このお屋敷にあるものは全てお嬢様のものなのですから。使いましょう」
コニーが言った。
「でもこれは夜会用よ、私には必要ないわ」
夜会に出ることなんてもうないだろう。
ヒスイの指輪も値段が決められないほど稀少だと言われたら、怖くて使えない。
「あの……実は、その夜会ですが」
レイモンドさんが口を開いた。
「今度行かなければならなくて……ステラ嬢にパートナーになっていただけたらと思いまして」
「パートナー?」
「まあ、良かったではないですかお嬢様」
「アデル・アクロイド伯爵夫人はご存じですか」
「……はい。面識はありませんが」
「うちの顧客で、今度宝石を主役にした夜会を開くそうです。それで専門家にも参加して欲しいと、最初父に招待状が届いたのですが。その日はどうしても抜けられない会合がありまして、代わりに私が出ることになったんです」
「宝石を主役に?」
「各自、自慢の宝石を身につけて集まるんです」
それは面白そうだけど……。
「まあ、ではお嬢様はこのヒスイの指輪を付けていかれますか?」
「いえ、私は宝石の鑑定役として参加なので、こちらのルビーのセットの方がいいかと。――実はアクロイド伯爵夫人もヒスイのネックレスを身につける予定だそうです」
「まあ、それは被ってしまったら失礼ですね」
それはつまり、夫人は手に入れた稀少なヒスイのネックレスを自慢したいのね。
「ええ。これならば他の方と見劣りはしませんけれど、一番の主役になるほどではありませんから」
「だそうですよお嬢様」
「……でもこのルビーに合うドレスがないわ」
夜会用のドレスはもういらないからと、全て売ってしまったもの。
「そうでしたね。では早速……」
「それなら、ドレスは私の方で用意いたします」
レイモンドさんの言葉に思わずコニーと顔を見合わせた。
「ですが……」
「私がお願いしたのですから、それくらいさせてください」
笑顔でレイモンドさんはそう言った。
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