第7話

「とてもお綺麗ですね」

私を見てレイモンドさんは目を細めた。


今日は首元にリボンタイの付いた、薄緑色のドレスを着ていた。

白い帽子を被り、耳にはエメラルドのイヤリングをつけた。これは伯母の部屋から見つけたものだ。

「そのイヤリング、やはりお嬢様がお使いになるのがいいですね」

早速レイモンドさんはイヤリングに目を止めると、手にしていた花束を差し出した。

「ありがとうございます」

こんな、花束をもらうなんて初めてだわ。

アンドリューは誕生日の時に贈り物はくれたけれど、いつも手ぶらで現れていたもの。


「こちらは飾らせていただきますね」

受け取った花束をコニーに手渡すと、コニーはレイモンドさんへ向かって頭を下げた。

「それでは、お嬢様をよろしくお願いいたします」

「……え、コニーは行かないの?」

「行きたいのですが、今日は補修の業者が来ることになったではないですか」

「屋敷の補修ですか?」

「ええ、先日の雨で雨漏りの箇所を見つけまして。急いで直さないとならないものですから」

「それは大変ですね。ではお嬢様は責任を持ってお預かりいたします」

コニーにそう言うと、レイモンドさんは私に手を差し出した。


「いい天気で良かったですね」

「ええ」

一昨日まで大雨で、それで屋敷の雨漏りが発覚したのだけれど、昨日からはすっかり晴れて道もよく乾いている。

雨でぬかるむと馬車は揺れるしドレスの裾も汚れて大変なのだ。

「昼食はホテル・モンドのレストランを予約してあります。仕事の接待でもよく使いますが紅茶が美味しいと有名なんです」

「それは楽しみです。ジョンストン様は、展覧会へはよく行かれるのですか?」

「ええ、仕事の一環でもありますからね」

そう言うと、レイモンドさんは一度言葉を区切った。

「ジョンストンではなくレイモンドとお呼びください。今日は仕事ではありませんから」

「分かりました……レイモンド様。では私も名前でお願いします」

「ありがとうございます、ステラ嬢」

そんなやりとりをしている内に、馬車は王都の門をくぐり抜けた。



レイモンドさんの言った通り、ホテルの紅茶はとても美味しかった。

お料理も美味しいのだけれど、特にジャムが絶品で、紅茶にもたっぷり入れてしまった。

私があまりにも美味しい美味しいと言ったものだから、帰りに持ち帰り用のジャムと紅茶を買ってもらってしまった。


人気画家ということで、展覧会は王立美術館の一角にある広いギャラリーで開かれている。

大勢の人たちが集い、熱心に絵を見つめたり、あちこちで談笑していたりと賑やかだ。

「わあ……すごく大きな絵ですね」

目玉は二年あまりの期間をかけて描き上げたという、高さが私の身長の二倍くらいありそうな風景画だ。

何色もの色が複雑に重なった空の下、遠くにそびえる雪を被った山々を背景にのどかな田園風景が描かれている。その色の雰囲気は、確かに屋敷にあった風景画に似ているように思えた。

「これは画家の故郷の景色だそうです」

絵を見ながらレイモンドさんが説明してくれた。


「風景画が多いんですね」

ここに飾られているほとんどが風景画で、あとは静物画が少しあるくらい。人物画は見当たらなかった。

「そうですね、人物画は個人の依頼を受けて描くので展示会には出展されないのでしょう。今回の展示会は販売を目的としていますから」

「そうなんですね」

「解説が書かれた紙のところに赤い花が付けられているのが売却済みの印ですよ」

そう言われてよく見ると、すでに多くの作品に花がつけられているようだった。

「……二日目なのにもうこんなに売れているんですか」

「購入目的の客はその多くが初日に来ます。特にセヴリーヌ・アルシェは人気がありますからね、欲しいと思った作品は朝一番に来ないと手に入りません」

「へえ……」

だから二日目に行こうと言ったのか。

「あそこにいるのが画家本人です」

レイモンドさんが指し示した方を見ると、立派な髭を生やした一人の中年男性が何人もの人たちに囲まれているのが見えた。

「ご挨拶できるでしょうか」

本人から招待券をもらったのだから挨拶しない訳にはいかないだろうが、こう人が多くては話しかけるタイミングが分からない。

「そうですね……少し様子を見ましょう」


「ステラ・アディソン嬢?」

しばらく近くで絵を眺めていると声をかけられた。振り返るとセヴリーヌ・アルシェが立っていた。

「はい」

「ああ、やはりそうでしたか。伯爵夫人によく似ておられるのでそうではないかと思いました」

「まあ」

そうか、この人はあの絵を描いた時の若い伯母を知っているのか。

「応接室でお待ちいただけますか。挨拶を済ませたらすぐ伺いますので」

穏やかそうな笑顔でセヴリーヌさんはそう言った。


「伯爵夫妻には本当にお世話になりました」

応接室にやってきたセヴリーヌさんは思い出すように目を細めた。

「この国に来たばかりの、なんの伝手も実績もない私を屋敷に住まわせてくれまして。お陰で絵に専念することができました」

「そうだったんですね」

「夫人が亡くなられた時は他国にいて葬儀に参加できず、最後のお礼を申し上げることができなかったのが心残りです」

「そうやって気にかけていただいて、伯母も喜んでいると思います」

「あのお屋敷には今はお嬢様がお住みに?」

「はい」

「あのお屋敷は面白い造りでしてね、あちこちに隠し扉や隠し部屋があって、伯爵もそれを面白がって購入されたようです」

「隠し部屋?」

「ええ、よく隠し部屋に宝物を隠して、それを探し出す遊びをしていましたよ」

セヴリーヌさんは懐かしそうな口調で言った。




「隠し部屋に『呪いの指輪』がある可能性がありますね」

帰りの馬車の中でレイモンドさんが言った。

「そうですね。隠し部屋なんてワクワクしてしまいます」

あのお屋敷にそんな秘密が隠されていたなんて!

ちなみに肖像画に描かれていた指輪について、レイモンドさんがさりげなく尋ねてくれたが、セヴリーヌさんは覚えていないようだった。


「ステラ嬢はそういうのがお好きなんですか」

「はい、推理小説もよく読みますので」

隠し部屋には重要な手がかりが隠されていることが多いのよね。

「推理小説ですか。私はアダム・アンカーソンやブレンドン・マーローが好きなのですが」

「あ、私もアンカーソンは好きです! マーローはまだ手を出していなくて……」

「では今度オススメをお貸ししましょう」

「ありがとうございます!」

「初めてならば探偵ジャックシリーズがいいですかね……」

レイモンドさんも推理小説を読むのね! 今まで周囲には好きな人がいなかったからこうやってお話ができるのは新鮮だわ。


おすすめの推理小説や、屋敷の隠し部屋がある場所を推理している間に、あっという間に我が家に到着してしまった。

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