第6話
「セヴリーヌ・アルシェですが、今度展覧会を開くそうです」
絵の鑑定をしてもらった後、屋敷に飾るための額装をしてくれるというのでレイモンドさんに絵を預けた。
そうして額装された絵を持ってきたレイモンドさんがそう言ったのだ。
「展覧会ですか?」
「はい、額装を頼んだ工房がその展覧会も担当していまして。それで、ちょうど工房に来た画家本人にこの絵を見せたんだそうです」
「え、本人に?!」
「はい。確かに自分が描いたもので、とても懐かしいと」
そう言うとレイモンドさんは封筒を取り出した。
「それで、お嬢様にぜひ展覧会へ来て欲しいと招待状を預かってきました」
「まあ、素敵ですねお嬢様」
「展覧会……」
「何か問題でも?」
「いえ……今まで、こういうのは連れていってもらっていたので……」
未婚の貴族令嬢は一人で外出することができない。お目付けが必要なのだ。
私もいつも母親が一緒で、あとはたまに婚約者のアンドリューと出かけることもあった。
この屋敷に移ってからは、コニーだけを連れて街へ行っているけれど、それらは日常の買い物かジョンストン商会くらいで、上流階級の人たちも来るような、公の場所へ行くのは初めてだ。いくらもう貴族ではないとはいえ、さすがに一人で行くのはためらわれる。
「ああ、そうですね……。お嬢様だけでは厳しいですね」
「では、私が同行しましょう」
レイモンドさんが言った。
「私も展覧会の招待券をもらいましたから」
「え……」
「まあ、よろしいのですか?」
コニーが声を上げた。
「良かったですねお嬢様」
「え、ええ……」
「では、そうですね、二日目に。当日は迎えに来ますので」
「ねえコニー、いいの?」
レイモンドさんが帰ったあと、コニーへと詰め寄った。
「何がです?」
「レイモンドさんは男性よ、二人で行くなんて……」
コニーも付いてくるだろうけれど、展覧会の中までは無理だろう。
「お嬢様が子爵令嬢でしたらダメですけれど、昼間だしよろしいのでは?」
「でも……」
「それにお嬢様」
コニーは声を落とした。
「お嬢様はもうすぐ二十歳。早く結婚相手を見つけないと」
「結婚相手……え、まさかレイモンドさんと?!」
「お似合いだと思いますよ」
コニーはその顔に笑みを浮かべた。
「地味ですが整った顔立ちですし、大きな商会の後継なんです。将来有望ですよ」
「……でも、もうお相手がいるのでは?」
そんな将来有望の人なら既に婚約者がいてもおかしくない。
「いえ、周囲が嘆くくらい浮いた噂一つないそうです」
「どうして知っているのよ」
「この間お店に行った時に店員の方に聞きました」
「え、いつの間に?!」
「それに、レイモンド様もきっとお嬢様に気がありますよ」
「……そうかしら?」
「だってお仕事にならないのにわざわざ絵を鑑定したり額装してきてくれたりしているじゃないですか」
「それは、私が高価な宝石を持っていったからじゃないかしら」
「相手は商人ですよ、そんな理由で私的に動きませんって。それにアンドリュー様のことを気にかけていましたし」
「そうかしら……親切な方だから、私を不憫に思ってくださっているんじゃないかしら」
「お嬢様って、ホントそういうのに疎いですね」
コニーはため息をついた。
「まあ不憫でも親切心でもいいです。ともかくせっかくの優良物件なんですから、逃しちゃだめですよ。当日は精一杯着飾りますからね」
目を輝かせながらコニーは言った。
*****
「誘ってしまった……」
商会へと帰る馬車に揺られながらレイモンドはため息をついた。
「……あんな言い方で良かったのだろうか」
この歳になるまで女性を誘ったことなど、数えるほどしかない。それもどうしてもパートナーが必要な会に出るのに、仕方ないから誘ったのであって、自分から望んでというのは初めてだ。
綺麗な子だと思った。
柔らかそうなハチミツ色の髪に青い瞳の、春の日差しのような明るさを感じた。
貴族特有の傲慢さを感じさせない、素直で純真そうな、そして聡明な彼女は、けれど事故で両親と財産を失い、手持ちの宝石を売って生活しないとならないのだという。
そんな境遇にいながらも、彼女は美しく、よく変わる表情は可愛らしい。
だが――彼女はこの先を考えて修道院へ入るつもりなのだの言った。
思わず引き留める言葉を発してしまった。
彼女の言うように、寄付金を多く納めれば修道院生活も悪いものではないだろう。
それでも、行って欲しくないと思ってしまった。
絵を鑑定する者を探していると聞き、自分が見ると名乗り出た。
そして向かった屋敷にいた、彼女の元婚約者だという男を見て――心がざわざわした。
その身なりから判断すると、地位もある、裕福な貴族の子息だろう。婚約を解消したのはおそらく彼女の両親が死んだ事故のせいだうが――彼の表情と態度から、まだ彼女に未練があることは明らかだった。
何故か焦りを覚えた。
彼女の方は全く未練がないのにほっとした。
(何だこれは、この感情は……)
「それは恋だろ」
パブで会った親友にこのことを話すとあっさりとそう返された。
「恋……? まだ数回しか会ってないのに?」
「恋に落ちるのに回数は関係ないだろう」
そう返して、親友はエールを飲み干すと感慨深げに息を吐いた。
「いやあ、やっとお前もそういう相手が現れたんだな」
「……そんなんじゃ」
「その元婚約者には気をつけた方がいいな、金のある貴族なんだろ。その子を愛人にしようとするかもしれない」
「は?」
「よくある話だろ、家柄重視で決めた本妻とは別に気に入った相手を愛人にするのは。だからそうなる前にその子をお前が手に入れとけって」
親友にそんなことを言われたせいだろう。
展覧会へ一緒に行く相手がいないと嘆く彼女に、自分が同行すると答えてしまった。
貴族ではなくとも、未婚の男女が公の場に同行するというのは、特に親しい仲だと知らしめるようなものだ。
(彼女は……自分が相手で良かっただろうか)
あのメイドは歓迎していたようだから、問題はないのだろうが。
「……迎えに行くときは花が必要なんだっけ?」
こういう時の男の振る舞いについて話していた友人たちの会話を思い出しながら、レイモンドはもう一同ため息をついた。
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