第2話

「ねえコニー、見て!」

翌日。私は伯母の部屋へ入った。

家具以外は何もない殺風景な部屋だった。

その中で目を引く、女性の部屋にしてはいかついデスクの引き出しの一つに小さな箱がいくつか入っているのを見つけたのだ。


「まあ、これは綺麗なブローチですね」

箱を開けてコニーが言った。

箱のそれぞれにはブローチやネックレス、カフリンクスなどアクセサリーが入っていた。

「伯爵家のコレクションは処分したのではなかったでしたか?」

コニーは首を傾げた。

「いわくがあるようにも見えませんし……」

「そうねえ。多分、蒐集家に売るほどのものではなかったんじゃないかしら」

ここにあるのはどれもシンプルな細工のもので、夜会やパーティではなく日常で身につけるものだ。

おそらくコレクションとは別に、伯母夫婦が普段着用していたものなのだろう。

「さようですか」

「ねえ、これも私のものになるのよね?」

伯母の遺言には、屋敷と屋敷内にある全てのものを私へ譲ると書かれていた。

「はい」

「これを売って生活費にしましょうよ」


「え……ですが……」

コニーは首を緩く振った。

「せっかく伯爵ご夫婦が遺されたものですし、これらはお嬢様が使った方がよろしいかと」

「私に必要なのはアクセサリーよりパンを買うお金だわ」

シンプルだけど今でも十分使えるデザインのアクセサリーだ、半年前ならば自分で使おうと思っただろう。

けれど今の私はもう子爵令嬢でもない、家しかない貧乏人だ。


「それは、そうですが……」

そう答えてコニーは小さく息を吐いた。

「……ではまずこのカフリンクスを売りましょう」

「一つだけ?」

「これはお嬢様には必要ありませんし。それにいきなり全て持っていって、騙されたりこちらの足元を見られて安く買い叩かれても困りますから」

「まあ、そういうこともあるのね」

私のものを処分した時は執事がやってくれたから知らなかったけれど、ものを売るのも難しいのね。


「お嬢様。これから少しずつ市井で生活する術を覚えていきましょうね」

少し寂しげな笑顔でコニーはそう言った。




「まあ、立派なお店ね」

コニーと共に、私は王都にあるジョンストン商会を尋ねた。

コニーの夫で荷運びの仕事をしているマイクによると、ここは有名な宝石商で、良心的に買い取ってくれるらしい。

「いらっしゃいませ」

中へ入ると店員が声をかけてきた。立ち姿が綺麗な二十代前半の男性だ。

「本日は何をお求めでしょう」

「……いえ、処分したいものがありまして」

「売却ですね。それでしたら奥へ」

店員は店の奥を指し示した。


「このカフリンクスなのですが」

「拝見します」

奥にある応接室に座り、テーブルに置かれたカフリンクスを手に取ると、店員はまず手のひらに乗せ、角度を変えながらそれをじっくりと眺めた。

それから胸元から取り出した単眼鏡で食い入るように見つめる。

「――こちらを処分したいと?」

「ええ……私には必要ないものなので」

「そうですか」

カフリンクスをトレイに置くと店員は立ち上がった。

「会長を呼んで参りますので、少々お待ちください」


「会長?」

コニーと顔を見合わせた。

「……何かまずかったかしら」

「いえ……問題ないとは思いますが」

カフリンクスは銀の台座にダイヤモンドが嵌め込まれた上品なものだ。おそらく伯父のものだろう、傷もなく状態も良い。

私も処分せず残しておいた外出用のドレスを着ていて、ちゃんと貴族か裕福な中流階級の令嬢に見えるよう、コニーに髪も化粧も整えてもらったのだけれど。

「……詐欺師に見えるかしら」

「いえ、そんなはずは……むしろ騙される側に見えるかと」

「え?」

思わず聞き返すとコリーは露骨に視線を逸らした。

「私、騙しやすそうに見えるの?!」

「見た目は純粋に見えるということです」

「見た目?」」

「お待たせいたしました」

店員が中年の男性を連れて戻ってきた。


「こちらが当商会の会長です」

「ようこそお越しくださいました」

会長さんは笑顔で挨拶した。――隣の店員と面立ちがよく似ている。親子なのかしら。

「拝見いたします」

会長さんは椅子に座ると、先刻の店員と同じようにカフリンクスを手に取りじっくりと眺めた。

それから二人で何やら会話を交わし――やがて店員が紙に何かを書き込んだ。

「買取り価格はこちらでよろしいでしょうか」

その差し出された紙を受け取り、金額を確認して……コニーと顔を見合わせた。


「……あの……これは多すぎる気がするのですが」

コニーの表情が私の心と同じであることを確認して、会長さんに尋ねた。

宝石商で買い物をした経験はないが、我が家に来てくれる商会の人からお母様がアクセサリーを買う場に同席したことがある。

その中にはお父様のものもあって、だから大体これくらいだろうという予測はつけてきたのだが――提示されたのは、それよりもはるかに高い金額だった。


「ええ、こちら一見普通のカフリンクスに見えますが」

会長さんはカフリンクスを手に取った。

「この使用されているダイヤが非常に貴重なものなのです」

「ダイヤが?」

「ダイヤの価値を決める四つの基準があるのはご存じでしょうか」

「……確か、色と透明度と大きさと……カッティング?」

以前お母様に教わったことを思い出しながら答えた。

「さようでございます。このダイヤは品質もカッティングも最高級、大きさも充分にごさいます。ですからこれくらいのお値段がつけられるのですよ」

「そうなんですか……」

さすが、有名宝石蒐集家だった伯母夫婦の持ち物。普段使い用でもいいものを使っているのね……。

「それでですね、この金額を直接お渡しするのは危険なので、できれば小切手でお支払いしたいのですが」

「あ……」

会長さんの言葉に再びコニーと顔を見合わせた。


「……どうすればいいの?」

小切手は知っているけれど、それをもらってもどうしたらいいのかなんて知らない。

「弁護士の先生にお願いしましょう」

「あ、そうね」

コニーの言葉に頷くと私は会長さんたちを見た。

「では、小切手は弁護士のベネディクト・ヒューズ先生にお願いいたします」

「ヒューズ弁護士ですか?」

「はい、私の後見人を務めてくださっています」

「承知いたしました。……ところで失礼ですがお嬢様のお名前は……」

「私はステラ・アディソンと申します」

そういえば名前を名乗っていなかったわ。


*****


「アディソン……ああ、あの」

ステラたちが帰ると、ジョンストン商会長はそう呟いて納得したように頷いた。

「知っているんですか?」

「半年ほど前、汽車の脱線事故があっただろう」

「ああ、はい」」

「その主要出資者のアディソン子爵夫妻も、その汽車に乗っていて亡くなったそうだ」

「……じゃあさっきのお嬢さんは……」

「おそらく、生活に困って親の形見を売りに来たのだろう」

ため息をつくと商会長はカフリンクスを手に取った。

「これは貴族であっても容易に手に入れられるダイヤではない。よほど羽振りが良かったのだろうな」

「そんな家が事故であっという間に破産してしまうんですね」

「商売とはそういうものだ」

「まだ若くて綺麗なお嬢さんなのに……」


「何だレイモンド。珍しいなお前が女性を褒めるのは」

「……別に、客観的な外見の感想でしょう」

レイモンド・ジョンストンは眉をひそめた。

「客観的でもお世辞でもお前が女性のことを綺麗と表現したことなど聞いたことがない」

「……会長が聞いたことがないだけでは」

「あのお嬢さんは母さんの若い頃に似ていたな。やはり好みが似るのか……」

「父さん!」

レイモンドは思わず声を荒げた。

「揚げ足を取らないでください」

「二十五にもなる一人息子に女の影が全くないのだ。親として心配するだろう」

ふう、と会長は深くため息をついた。

「仕事熱心なのはいいんだが。早く結婚もしてもらいたいものだ」


「そっちはそのうち考えますよ」

父親そっくりにレイモンドはため息をついた。

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