破産して婚約破棄された令嬢は、宝石が隠された幽霊屋敷を処分して修道院に入りたい
冬野月子
第1話
「これは……」
「……確かに『幽霊屋敷』ですね」
建物を見上げて思わず声が出ると、後ろでコニーがため息混じりに答えた。
王都の中心地から馬車で一時間ほどかかる丘の中腹に立つ、木々に覆われた古い屋敷。
その古びた石造の壁一面に這う蔦も、その周囲にある植え込みも全く手入れされておらず、伸び放題になっている。
昼間でいい天気だというのに、屋敷の敷地内だけどんよりと空気が重く、湿っぽく感じた。
重い鍵を鍵穴に差し込みドアノブを回す。体重をかけるとギイと嫌な音をたてながらゆっくりと重い扉が開いた。
「……あ……意外と中は綺麗……?」
埃っぽさはあるものの、家具がきちんと並べられた室内は、壁紙が痛んでいたり崩れているようなところは見受けられなかった。
「マイクにちゃんと確認してもらいますが……とりあえず生活はできそうですね」
カバンを床に置いてコニーが言った。
「そうね……まずは寝室の状態を確認しましょう」
二階へ上がり、寝室らしき部屋の扉を開いた。
コニーが窓を開けると室内に光が差し込んだ。ここも家具がそのまま残されている。どれも古いものだが造りはしっかりしていていいものだと分かる。
「簡単に掃除をしてシーツを取り替えれば今夜から眠れそうですね」
「良かったわ」
最悪数日は宿に泊まらないとならないかと思っていたけれど。宿泊代もバカにならないのだ。
「私は台所を確認してきます。お嬢様はここで休憩なさってください」
コニーは手早く椅子の一つを磨き差し示した。
「ええ」
私は椅子に座ると改めて室内を見渡した。
「ここは……伯父様の部屋だったのかしら」
装飾の少ない重厚感のある家具は男性向けのように見えた。
「はあ……まさか私が幽霊屋敷の主人になるなんて」
天井を見上げて思わずため息をついた。
アディソン家は、子爵家の中ではかなり裕福な方だった。
いくつかの事業に投資できるだけの資産を持ち、その資産も順調に増えていっていた。
けれど半年前、両親が汽車の事故で死んでしまった。
事故を起こした鉄道会社は投資先でもあった。何十人もの死者が出た大事故で、多額の賠償金が発生し、最大の出資者であった我が家も多額の損失を出した。
事業のことなど何も分からない十九歳の私は両親が死んだショックもあり、顧問弁護士に丸投げするしかできなかったが、何とか債務を残さず全て片付けることができた。――その代わり、家も資産も何もかも失ってしまったが。
さらにそのせいで、私の婚約も破棄されてしまった。
婚約者だったアンドリュー・オーガストは伯爵家の後継で、幼い時から家族ぐるみの付き合いをしていた仲だ。そして十年ほど前に婚約をしたのだけれど、その時の契約に多額の持参金が結婚の条件となっていた。
つまり無一文となった私には持参金もない。それでもオーガストは私のことを気にかけてくれ婚約も続行しようとしてくれたのだが、両親の強い反対により婚約破棄となったのだ。
まあ、それについては仕方ないと思う。貴族の結婚なんてそんなものだし、そのための契約だもの。
全てを失い途方に暮れていた私に、顧問弁護士が一枚の書類を渡した。
何でも、母方の伯母が残した屋敷があり、それを私が相続するようにとの遺言があったのだという。その屋敷は私の所有となっているため処分されずに済んだのだと。
「そんな話……聞いたことないのですが」
書類を前に私は首を傾げた。
「お嬢様が嫁ぐ際に伝える心算だったようです」
弁護士のヒューズ先生がそう教えてくれた。
「そうですか。でも良かったです、住むところがあって」
「そのことですが……」
ヒューズ先生は困ったように眉根を寄せた。
「実はその屋敷というのが、『幽霊屋敷』なんです」
「……幽霊?!」
私は思わず大きな声をあげてしまった。
伯母のキャロライナ・キースリー伯爵夫人とは、幼い時に一度しか会ったことがない。
その時の記憶はほとんどないが、とても綺麗な人だったと思う。
伯母は夫と共に美術品や宝飾品の蒐集家として有名で、そのコレクションのほとんどは生前処分していたが、一部の、いわゆる『いわく付き』のものは手元に残していたという。
そしてそれらが残され、主人の去った屋敷には、やがて妙な噂が流れるようになった。
夜になると誰もいないはずの屋敷に灯りがともり音楽が聞こえただの、昼間だというのに白い服を着た真っ白な女性が徘徊していただの……。
そうしてやがて屋敷は『幽霊屋敷』と呼ばれるようになったのだという。
「ですが、二日前に屋敷を確認してきましたが。普通でしたよ」
鍵を手渡しながらヒューズ先生は言った。
「まあ、噂というのは勝手に尾ひれがついて誇張されていくものですからね」
「はあ……」
「それでも未婚の女性が住むには相応しい場所ではありませんよね。屋敷を処分してそのお金で新しい生活を送るという方法もありますから」
「……幽霊屋敷なんて売れるんですか?」
「世の中には物好きが意外と多いんですよ」
ヒューズ先生は笑ってそう言った。
ともかく、一度屋敷を見てみようということになった。
どのみち私には帰る家がない。安宿に泊まるのも不安だし、お金もどんどんなくなっていく。私の持ち物も売れるものは売ってしまった。
そうして、使用人たちの中で唯一ついてきてくれると言ったメイドのコニーと共に伯母の――今は私のものとなった屋敷へやってきたのだ。
(確かに……普通だわ)
外観こそ鬱蒼としていたが、中は五年も無人だったとは思えないほど整っている。
ヒューズ先生によると、伯母が雇っていた管理人がいるのだという。その人は病気になってしまい、今はその息子が時々来ているのだが、おそらく、噂になっていた白い幽霊はその管理人だろうと先生は言っていた。
(問題がないのならここに住んでもいいかな)
一人で住むには広すぎるけれど。
とりあえず、住む場所は確保できた。
あとは生活費を手に入れる方法を考えなくては。
そう思いながら私は急に疲れを感じてゆっくりと目を閉じた。
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