第91話 王都滞在二日目
──風邪を引きました。
お風呂場であんな騒げば、そらね。
その事実を義父に報告した際の、呆れた目は今も思い出せる。
……違うんですよ! テレサちゃんが──と咄嗟に言い訳を吐きそうになったが、そもそも元を辿れば俺がイルルカを男と勘違いしていたのが原因な訳で。やぶ蛇になりそうで結局、俺は貝のように口を噤んだ。
「寂しい……」
風邪をひくと人肌が恋しく感じるのは、肉体だけではなく精神も弱っているからなのだろう。
俺もご多分に漏れず、ベッドの中でふと心情を零した。
普段のテレサであれば喜んで俺を看病してくれたろうに、昨日から大分お冠なのか、テレサはシャルロットとイルルカを連れて王都へ繰り出してしまった。
「いいですかアーサー? ちゃんと反省することっ。そしてゆっくり休んで風邪を治すことっ。……いいですね⁉ さ、行きましょうシャルロット、イルルカ」
まるで幼子をあやすように言って、テレサは二人を連れて行ってしまった。
薄情もの~! と思わないでもないが、元を辿れば俺が原因なので以下略。
俺に反省を促すためだろう。今部屋の中にお付きの者は、いない。何かあった時のために扉の外で待機しているものの、自室ではない、この無駄に広い部屋は妙に心細さをくすぐった。
「はぁ……」
溜め息を一つ零す。
やることと言ったら寝ることしか無いのだが、既に朝から眠り続けていため眠気は少ない。これがもっと重い病なら眠気もあるのだろうが、身体が元気になってきた証拠だろう。
それでも、俺は瞼を閉じ眠りにつこうと努力した。
──そんな時、控えめなノックの音が部屋に響いた。
……気のせいか? 黙っているともう一度、控えめなノックが確かに聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します……」
遠慮がちに入ってきたのは意外な人物であった。
「……ノエル様?」
「お加減はどうでしょうか、アーサー様?」
”剣バラ”のヒロイン、ノエル・フォン・ノクタヴィアその人が一人のメイドを連れて姿を現した。
◇◇◇
「ねぇテレジア。本当に良かったのかい?」
「もう、しつこいですわよシャルロットっ。 いいのですっ! あの人にはあれくらいしないと分からないんですから!」
「でも、気になってるんだろ?」
「……いいんです!」
城下に繰り出したテレジアは何度も何度も、後ろを気にする素振りを見せていた。
その理由は明白である。
「そんなことより! 今日は女の子だけで楽しみましょう!」
自分自身に言い聞かせるような口調であった。
いまだ男装を止められず、女の子扱いに成れぬシャルロットは曖昧な笑みを浮かべ、イルルカに至っては無反応である。
あまりの反応の悪さにテレジアの頬が引き攣った。
まぁ、拒絶されていないだけマシか。
テレジアは短く息を吐き、一夜明けて冷静になった頭で改めてイルルカを見る。
彼女はいつも通りの
(……そう言えばアオイも男性だと勘違いしてましたわね)
人間は見たいものを見る。
中性的な美貌を持つ彼女を、男だと思えば見れなくもないのだが。
(だからって許せません!)
昨晩の出来事を思い出し、テレジアは頬を膨らませた。
イルルカが恥ずかしげに浴室に入ってきた時のアーサーの反応。困惑、戸惑い、そして情欲。
(そりゃぁ私は胸も膨らんでませんけど⁉ 子供なんですから仕方ないじゃないですか!)
そう。テレジアが怒った一番の理由はアーサーがイルルカの性別を間違えていたことではない。自分たちには見せる素振りすら無かった情欲をイルルカへ向けたからだ。
要するに嫉妬であった。
「えと、今日はどこへ行くんだい?」
「そうでした……! えぇ、二人を連れ出したのは何も無目的ではありませんの」
そう言ってテレジアの先導に付いていくと──。
「ここは──」
「王都でも有名な洋服屋さんですの。本当はアーサーと来る予定でしたけど……。こうなったらここで可愛らしい服を買って、アーサーをぎゃふんと言わしてやりますの!」
「えぇ……? ぼ、僕はちょっと遠慮したいかな?」
「私も服には特に執着ありませんね」
ふんすと拳を握り戦場へ向かう顔をするテレジアとは対照的に、二人は気乗りしないようだった。
「何言ってますの⁉ 特にイルルカ! そんなんだからアーサーに男だと間違われるんです! 女として負けっぱなしで悔しくありませんの⁉」
テレジアの言い分に、イルルカは電撃が奔ったようなショックを受けた。
「……なるほど。女の戦いという訳ですね」
「えぇ、えぇ! ここで目一杯おめかしして、二度と寝惚けたこと言えない身体にしてやりましょう!」
「わかりました。行きますよシャルロット」
「えぇ⁉
多数決の立場が入れ替わってしまい、シャルロットが幾ら抗議をあげても意見が翻ることは無かった。
イルルカほどではないが、シャルロットもまた剣の道に生きてきた為、このように華やかな場には縁遠い。店内の華美な内装を見て尻込みしてしまう。
だが──。
(……ちょっとだけ楽しみかも)
今までは絶対に女だとバレないよう生きてきたシャルロット。
その肩の荷が下りた今、新たなことを受け入れる余裕があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます