幕間 父親の憂鬱
ムスタファが部屋に入ると四つの席の内、三つは既に埋まっていた。どうやら自分が最後らしい。
「やぁ、これで全員揃ったね」
席の一つを埋めているノクタヴィア家の当主、ピエールがフランクに言い放った。
ムスタファは応えず、空いている席に腰を下ろすと別の一人を睨んだ。
「……ゲラルト。貴様がおらぬせいで私の口からシャルロット嬢に告げる羽目になったのだぞ」
地の底から響くような重低音の、まごうことなき恨み節であった。常から圧が強く、鉄面皮の彼がこうまで感情を顕わにするのは珍しい。
学者らしからぬ筋骨隆々の大男に睨まれれてもゲラルトは実に平然と肩を竦めた。
「仕方ないだろ。臨時とはいえ現場責任者になっちまったんだからよ。俺には報告義務ってもんががあるんだ」
文句なら自分を責任者に任命した者へ言え、ゲラルトの態度はそう雄弁に語っていた。
今回の場合彼に指示を出した人物と言えば──。
「はは……。すまないねゲラルト。あの時はそれが最善だと思ったんだよ」
ユークリッド王国のトップ、国王エドワードその人である。
練兵場での威厳は鳴りを潜め気弱で、どこか頼りない印象を受ける。後退気味の生え際が悲壮感を感じさせた。
今代の王と現三公爵家の当主。王国のトップ四人が一堂に会したという訳だ。不仲と言われている彼らが真夜中に、人目を忍んで何を話すというのか。
エドワードが表情を引き締めて口を開いた。
「それで──今回はどこまでが仕込みだったんだい?」
気さくではあるが、王らしい威厳に満ちた口調であった。そして言葉の裏には「事と次第によってはタダではおかない」、そんな剣呑も孕んでいた。
「俺との決闘までに決まってるだろ。そっちこそ、心当たりがあるんじゃないのか?」
エドワードの言い分に怯むことなくゲラルトが憮然と返すと、エドワードは困ったように眉を八の字にした。
「おいおいマジか──いや、当然か。”
「そうだね。隠し宝物庫を知っているのは王族の中でもごく一部。そこに入れるのもまた王族のみ」
「……ふん、王家の中に手引した者がいるか」
ムスタファの不機嫌な言葉にエドワードが神妙に頷く。
「はぁ~、困ったねぇ。どうせコトを起こすなら僕らの誰かに接触してくれればいいものを」
ピエールが全然困ってない風に言う。
不仲とされる王家と三公爵家。実はそのトップ達が結託し行っている猿芝居だとは、誰が思おう。
何故にこのような迂遠な策を弄しているのか。それは王家と公爵家が対立していると知っていれば、国内の不穏分子がどこかの公爵家に接触を図ってくるだろう、という考えからだ。
事実、これまで宰相を排出するノクタヴィア家に王位簒奪を唆す者やシャルティエ家に独立を促す者はいた。そのような者は無論一族郎党、影に処理してきた訳だが。
──国内に不穏な動きがある。それを察知した国王は公爵家に相談し、これを機に反乱分子を一掃しようと大芝居を打つことにした。
それがテレンス家、シャルティエ家。両公爵家の同盟話である。
だが一手遅かったか、反乱分子らは公爵家の同盟を公表する前にコトを起こした。
いや、此度の手合、公表したところで接触してきたかどうか怪しいものだ。
「ところでエディ? もう一つの
「あぁ、当然。肌身離さず持っているさ」
ピエールの問い掛けにエドワードは懐から闇色に輝く水晶を取り出す。
王家が管理する”
「
「さてな。相手が短絡的な思考の持ち主であれば既に砕いているだろうよ。厄介なのは、”
「そうだね。この国が呪われているなんて国民は知らない訳だし。ましてそれを封じている
ムスタファの意見にエドワードは同意を示す。
「他人事のように……。元を辿れば貴様ら王家の身から出た錆であろう」
「ご先祖様の責任まで私に求めないでくれよ! そもそも! こんな不自由だって知っていたら誰が好き好んで王様なんてやるさ!」
「落ち着いてエディ。そのために僕らが協力してるんだから、ね」
「ふん」
エドワードは悲鳴をあげた。
この四人、実は同じ騎士学校を卒業した幼馴染と呼べる間柄である。
当時学生だったエドワードは自由奔放な悪童として名を馳せていた。それが今やどうだ。デコの広い、老齢までに髪が残っているかが心配になる男になってしまったではないか。
「ところで話は変わるんだけど、ゲラルト。ムスタファの義息子はどうだい?」
「そうだな……」
頭を抱え机に突っ伏す国王を無視しピエールが質問を投げ掛けた。
ゲラルトは腕を組みしばし瞑目し、疲れたような深い溜め息を吐いた。
「ありゃやべぇな。とてもじゃないが放置していい人間じゃない。ムスタファ、お前が婚約話を持ち込んできたのも頷けるわ」
「……何? 婚約は君たちの同盟のための建前じゃないのかい?」
「あー、いや。なんっつーかな? まず話が逆っていうか……」
ゲラルトは困ったように後頭部を掻き、ムスタファを見るとピエールの視線も釣られる。ついでに失意から復帰した国王の目も。
「私がゲラルトに言ったのだ。義息子に首輪を付けたい、お前の娘を寄越せと」
「はぁ⁉ 寄越せって! 君、既に娘を婚約者にしてただろう⁉」
ピエールが信じられぬと目を剥いた。
ムスタファは大きな、それはそれは盛大な溜め息を吐いた。
「それで済めばよかったのだがな。あのバカ義息子には一つの首輪じゃ足りぬようでな……」
学生時代鉄人などと呼ばれた
「どんな子なんだい、アーサーって子は」
「そうだな。才能の面では間違いなく優秀だ。人並み以上の剣技、前代未聞の全属性を操る魔法使い。そして知識、造形も深く私たちとは違う発想を持つためか多くの発明品を作っている」
「……ベタ褒めだねぇ」
「おぉ、そういやカレーだったか。あれも小僧が作ったんだっけか? いやぁ前線じゃぁ女と食事ぐらいしか娯楽が無くてなぁ。兵士たちには好評だぜ? 勿論俺も大好きだがな! がはは!」
「カレーか……。確かに、味は美味しいが僕はあの匂いが苦手だねぇ」
義息子を語るムスタファはどこか嬉しげで、本当に身内扱いなんだなとエドワードは呆れるやら驚くやらである。
「人格面で言えば、善良でお人好しだな。それだけなら良いのだが猪突猛進なケがある。こうと決めたらそれしか見えぬというか、な」
「ふぅん? ムスタファがそこまで言うとはね。ちょっと問題がありそうだけど、そこまで気に掛ける必要があるのかい?」
「いや、ピエール。それはアイツを甘く見すぎだぜ? 何せあの小僧、俺の目の前で宝物庫の『魔法錠』を開けやがったからな」
「何だと⁉」
狼狽の声をあげたのはエドワードだ。
魔法は日々日進月歩である。一つの魔法が開発されたら、その対策魔法の開発が始まるイタチごっこ。それが魔法である。
しかし中には未だ対策が生まれていない魔法もある。『魔法錠』もその一つだった。
「それが事実なら一大事だぞ⁉」
「だーから言ってるじゃねぇか。放置していい人間じゃないってな」
「あんのバカ義息子……」
頭痛でもするのか、ムスタファはこめかみを押さえていた。
というか『魔法錠』を開けろとはゲラルトの指示であったのだから、とんだとばっちりである。
「……確かに、問題児みたいだね。ならムスタファ? その子の牙が国に向いたらどうするつもりさ」
軽薄なピエールの瞳に昏い感情が灯る。
そんな王国の闇から義息子を守るように、ムスタファは毅然と言い放った。
「だからこそ首輪が必要なのだ。王国最強をも退ける奴を躾けるための、情という首輪がな」
「なるほどね……。ゲラルトが娘を差し出す訳だ」
「おうよ。手合わせして分かったが、中々生意気な男だわ。俺を相手に手加減してやがるんだからな、がはは!」
「……笑い事じゃないだろう? 君が敵わないなら、一体誰がアーサー少年を止めるっていうのさ」
「ふん、堂々巡りだな。そうしない、ならない為の情の首輪だというのに」
嫌々ながらなった国王だが、国を預かる身としてエドワードの懸念は当然のものであった。
対策を掲示したムスタファ。それでは足りぬというエドワード。
ではどうすればいい? 対策するべき相手は、こちらの持つ最強の手札よりも強いのだ。
……ピエールがゆっくりと口を開く。
「ならムスタファ? 二つの首輪では足りないんじゃないのかい?」
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