第87話 事前に相談することは大切だと思いましたまる

 得てして衝撃的な事実を前にすると、脳が理解を拒むことがある。俺は同様の経験を多々得ているので、シャルロットよりも立ち直りが早かった。……いや、こんなこと慣れたくなかったけど。

「ちょ、ちょちょちょっと、お義父さんさま⁉ 聞いていないんですけどぉ⁉」

「当然だ。言っていないからな」

 しれりと、義父はまるで悪びれずに言った。

「いやいやいや! これ既定路線だったでしょ⁉ 一言ぐらい相談してくれたって良いじゃないですかぁ‼」

「ほう……。では我が義息子むすこは、一度たりともっ、大切な話を事前に相談し忘れたことはないと?」

 俺の抗議に義父ムスタファは目を細め、様々な感情を押し殺したような低い声を放った。心当たりの多過ぎる俺は、そんな義父の視線を、……正面から受け止められるはずがなかった。

 一瞬にして気勢の削がれた俺と入れ替わるように、シャルロットが悲鳴にも似た声を発する。

「ま、待って下さいムスタファ卿! 僕は男ですよ⁉ 婚約なんて馬鹿な話──」

「シャルロット。予め言ったはずだ。この話は既にゲラルトにも通っていると。君が幾ら不満を零そうと覆ることはない。アーサー、お前もだ」

「っ」

 反論を一切許さなぬ口調の義父に、言葉を詰まらせるシャルロット。

 偽りの性ではあるが、自分を男だと言うことすら許されず、そして彼女は酷く傷付いたような、泣きそうな、……そんな顔を俺に向けた。

 そこにはシャルロット・フォン・シャルティエという貴族ではなく、シャルロットという一人の少女がいて。

 ……どないせーっちゅーねん。

 俺は彼女の縋るような目を見て、溜め息を一つ零し、無駄と知りつつも反論の声をあげた。

「あー、義父上? 性急に過ぎるのでは? まだ今日出会ったばかりですしー」

「……言ったはずだアーサー。これは既に、覆らない決定だと」

 何故か義父は、ひどく怒りを堪えているご様子。声は平坦なれど、握られた拳が震えていた。

「……何故なんです? 仮に俺とシャルロットが、どうして婚約する必要があるんです」

「ふん、血というものは厄介だという話だ」

「んん?」

 いまいち的を得ない義父の言葉に俺は首を傾げた。

「平民育ちのお前には分かりにくいかもしれないがな。貴族というものは殊の外血を重視する。それ故に婚姻──血を交えるというのは両家を強く結びつける訳だ」

「……つまり、シャルティエ家とテレンス家、二つの公爵家の同盟ですか」

「その通りだシャルロット」

 やはり生粋の貴族としての教育の賜だろうか、俺よりも先にシャルロットが答えに辿り着いた。

 ようやく着地点が見えた。

 しっかし同盟を結ぶ必要があるとなると対抗勢力はあれか、国王宰相一派か?

 んん? 順当に考えればそうなんだろうが、何か、小骨が喉に引っ掛かっているような違和感を覚える。

「……分かりましたよテレンス卿。それが父上の望みなんでしょう」

 シャルロットは諦めたような、痛々しい笑みを浮かべた。

「テレサ、君はいいのか? その、俺に、別の婚約者が出来ても」

「えぇ、私は予め聞いていましたから。それに公爵家の娘として、夫が複数の夫人を迎え入れるのは覚悟していましたわ。……正直に言えば嫌ですけど」

 義父は身内に甘いがそれ以上に娘に甘い。

 俺は切り口を変えムスタファという牙城をテレサから崩してもらえないだろうか。そんな期待を込めてテレサに話を振るも、なんと彼女は知っていたそうな。

「やっぱりかー」という感情と「一言ぐらい教えてくれたって」という感情が同時に沸き起こる。しかし今更言っても栓のない感情であり、俺は口を噤んだ。

 それを反論無しと見た義父が話を進める。

「婚約については以上だ。よいな二人とも? まだ話すべきことが他にもあるのだ」

 ──そうだ。シャルロットと婚約とは、衝撃的な話題であったが義父な何から話すべきかと悩んでいたではないか。……えー? これとどっちを先に話すか悩むような事柄が他にもあるの?

「アーサー。”呪いの水晶カーズド・クリスタル”という名前に聞き覚えはあるか?」

 はーい、勿論知ってまーす。なんて口が裂けても言えるはずがない。”呪いの水晶カーズド・クリスタル”は聖処女に次いでユークリッド王国内でも秘中の秘。平民が知るはずもない。

 俺は首を振って恍けるも、”診眼”持ち相手にどれだけ誤魔化せているものやら。

「テレンス卿、それはっ!」

 それ故か、慌てたようにシャルロットが声を上げた。その視線は俺に向けられている。

「落ち着きなさいシャルロット。いずれアーサーには私の後を継いでもらうのだ。知られるのも早いか遅いかでしかない」

「っ、そう、でしたね……」

 少し考えれば分かりそうなことだが、……婚約の件は思った以上にシャルロットにはショックだったのかもしれない。

 シャルロットはゆっくりと浅い呼吸を繰り返し必死に平静さを取り戻そうとしている。そんな彼女の背をテレサが、気遣わしげに撫でた。

「……いいかね。アーサー、”呪いの水晶カーズド・クリスタル”とは──」

 義父は俺に、”呪いの水晶カーズド・クリスタル”がどのようなものなのか話してくれた。

 それは”剣バラ”の設定とまるっきり同じで、特に新しい情報は無い。

 つまりは、王国建国の立役者の一人であった”聖処女”。しかしその後の政変後、”聖処女”は新王にとって不都合な存在となった。それ故彼女を”魔女”として排除し、”聖処女”の名は歴史の闇に葬られてしまう。

 ”呪いの水晶カーズド・クリスタル”は、そんな裏切りにあった”聖処女”の、今際に放たれた呪いを封じ込めているのだと。

 うん、ゲームと全く同じだね。

 その事に安堵すると同時に、「はて?」と一つの疑問が湧き上がった。

 ”呪いの水晶カーズド・クリスタル”は”聖処女”の”呪い”を封じ込めているという。

 では”剣バラ”ヒロインらに発現する”呪い”とはなんなのだろうか?

 現王家、公爵家は遠いながらも”聖処女”と同様の血を引いている。その血を通して”呪い”が発現するのか、はたまた──”呪いの水晶カーズド・クリスタル”とは別の役割が在るのだろうか……。

「……聞いているのかねアーサー」

「えぇ、ちゃんと聞いてますよ。その五つしか無い”呪いの水晶カーズド・クリスタル”の一つが先の襲撃で奪われてしまったという事ですよね」

「そうだ。だが事態は君が思っているよりも深刻だ。”呪いの水晶カーズド・クリスタル”には王国を滅ぼしうる呪いが秘められているという。だが同時に王家がその正当性を主張するためのものでもあるのだ」

「結局は権力ですか。いつもみたいに王家を批難しなんですか?」

「ばっ──! なんてことを言うんだ君は⁉」

 俺の不敬過ぎる物言いに、義父の才能至上主義を知らぬシャルロットが泡を食ったように悲鳴をあげた。うーん、以前のテレサを思い出す。

「……なんですの?」

「いんや」

 テレサに見ていたことがバレて、俺は翠に輝く彼女の瞳から顔を逸らした。

「宝物庫への襲撃も、今宵集まった貴族らへの襲撃も、全て揺動だった。まんまとしてやられた訳だな」

「お父様……」

「待って下さいお義父さん。これだけは一つ、絶対に聞いて置かなければならない事があるんですけど」

「ふむ。予想はつくが、言ってみなさい」

「”呪いの水晶カーズド・クリスタル”はどこで管理されていたんですか? 俺たちが向かった宝物庫にはそれらしきものは見当たりませんでしたが」

「……詳しくは言えん。だが王城には先の宝物庫の他にも幾つか隠された金庫がある」

「王族しか知らない、ですか?」

 口の重い義父に代わり俺が先んじて言葉を紡ぐと、義父はゆっくりと頷いた。

 ──王族の中に手引きした者がいる。

 その事実を前に、俺たち三人はとてつもないショックを受けるのだった。

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