第76話 決闘

 本来であれば止める側の人間がノリノリの為、あれよあれよと話が進んでゆく。

 さすがに夜会の途中で主賓たる王様が抜け出す訳にも行かず、俺とシャルロットは夜会の終わりに行われることとなった。

 そうこうして気付けば練兵所で、木剣を片手にシャルロットと向かい合っている。

 シャルロットは盾を前面するその構えは、王国騎士のオーソドックスな構えだ。

 対して俺は盾無しの木剣のみである。実戦であればクロスボウを中心に中距離から矢と魔法を交え、チクチクとやるのが俺本来の戦い方なのだが。それは義父に「あまりに貴族らしくない」とダメ出しされた。ちぇー。

 ぐるりと、練兵場を見る。円形の、土が剥き出しの武骨な場所だ。ここで兵士らが日夜訓練に臨んでいるのだろう。

 そんな俺たちの決闘を見守るのは王様と公爵家の面々と、あとは見知らぬ人物らが何人かだ。公爵家跡取りの決闘沙汰、それも色事が原因とくればあまり大事にはしたくない筈だ。

 であればこそ、この場にいる彼らは一角の人物であろう。

 見回している最中、テレサと目が合った。

 彼女は眠たげな目を擦り、なんとかと言った具合である。隣のノエルがテレサを気遣って何事か話し掛けているが、んまぁ良い子は寝る時間だものなぁ。

「ふ、随分と余裕がありそうじゃないか」

「んー、まぁ、そうですね……」

 後は合図を待つのみとなった状態でシャルロットが口を開く。

 俺はというと、どうにも左手が寂しく、両手で木剣を握り青眼に構えた。

 気の無い俺の返事は大層シャルロットの気に障ったらしく、彼女は眉を吊り上げた。

「おう、双方準備は出来たみたいだな」

 審判役のゲラルトが一歩踏み出、最後の確認を問う。

「もう一度確認するぞ? お互いに賭けるものは愛。お互い騎士の誇りを胸に正々堂々と戦い、決して言葉を違えることは無いと誓えるか?」

「はい父上」

「はい。……いつでもどうぞ」

「よし。では──はじめッ‼」

 俺はゲラルト閣下の言い回しに若干の違和感を覚えたものの、その正体までは探る時間は無い。

 合図と共にシャルロットが突っ込んできた。

 まずは牽制に”泥沼”を──っとと。騎士らしく正々堂々だったな。戦士相手に足元を崩すのは効果的過ぎて、癖とは怖い怖い。

 俺は横目で義父を伺った。

「よそ見など!」

 シャルロットは勢いそのまま、胴を凪ぐ横薙ぎを放つ。その剣閃は鋭く、八歳児のものでは、到底無い。

 ──当たる! 観客が息を呑む気配が伝わって来た。

 だが寸前、俺はスウェーで木剣を躱す。切っ先が服を掠めた。

「ふ、”身体強化”は使えるみたいだね!」

 返す刀、シャルロットは木剣を振るう。

 今度は躱すではなく木剣で受け止めると、甲高い音が練兵場に響いた。

 そして攻守の立場は変わらず、シャルロットは木剣を振るい続ける。

「はは! 防戦一方じゃないか!」

 気を良くしたシャルロットの、端正な顔が喜悦に歪む。

 ……正直言うとね、剣だけって得意じゃないのよ。イルルカと頻繁に模擬戦を行っているからこそ、どうにか騎士らしい剣を振るえているが。

 俺はもう一度義父と──シャルロットの父へ視線を向けた。

 彼らの眼が「やれ」と語っているように見えて、俺は間隙を付き蹴りを繰り出した。

「っ⁉」

 案山子だとでも思っていたのか、シャルロットの目が僅かに見開かれる。

 彼女の腹目掛けて繰り出されたソレは、しかして余裕を以て盾に防がれる。が、威力を殺しきることは出来ず、彼女の身体は僅かに吹き飛ばされた。

「ふ、そうじゃなきゃ──、っ⁉」

 余裕を見せようとしたシャルロットの顔色が変わる。

「”岩弾ストーンバレット”」

 互いの距離が開き、時間的に、物理的に出来た猶予にすかさず魔法を詠唱し、放つ。

「く、うっ⁉」

 迫る拳大の岩石の塊を、受けるではなく躱す選択をするシャルロット。正しいと思う。木剣程度では受けた瞬間、折れてしまうだろう。

(こういう時、魔法って不便だよなー)

 この世界の魔法は、誰が使っても威力は変わらない。言い返せば、加減が利かないという事だ。

 いやまぁ、アーサーに限って言えばコストを振り分ける事で威力や射程諸々を調整するのは可能だが、人目の多い今、可能な限り手札は伏せておきたい。

「そうだったね! 君は魔法にも長けているという話だったね!」

 テレサの手紙の、婚約者自慢を思い出しシャルロットは気を引き締め直す。

 そうして魔法を打たせまいと再び距離を詰めようと駆けだす。

 そんな彼女に俺は、容赦なく魔法を放った。

「”氷矢フリーズアロー”」

「なっ⁉」

 間髪入れずに放たれた氷の矢を見、驚愕したのはシャルロットだけではない。決闘を見守る観客らからもざわめきが起きる。

 何をそんなに驚くことがあろうか? 基本、この世界の住人が扱える魔法属性は一つである。あくまで基本であり、中には二つ三つと扱える者もいる。

 だが、相反する属性は使えないというのが世界の常識でもあった。

 火魔法を使う者は水魔法は使えず、土魔法を使う者は風魔法は使えない。

 そして氷魔法とは、水と風の複合魔法である。常識を当て嵌めるならば初級土魔法”岩弾ストーンバレット”を使ったアーサーは風魔法は使えない筈である。まして風を含む複合属性、氷と雷を扱えるなど、あってはならぬ事であった。

 だがアーサーはその常識を容易く覆してしまった。

「くぁっ⁉」

 突進の勢いがついていたシャルロットは躱すこと叶わず、”氷矢フリーズアロー”を盾で受けてしまう。直撃こそ避けたものの、盾は凍り付き幾つもの氷塊が纏わりついていた。

 そこへ容赦なく、距離を詰めたアーサーが剣を振り降ろした。

 ──シャルロットの太刀筋は鋭いものの、非常に正直であった。優れた騎士の剣筋ではあったが、悪く言えば実戦を経ていない坊ちゃん剣術であった。

 追い詰められれば確実に普段の癖が出るだろうというアーサーの目論見は当たった。

 シャルロットは反射的に盾で受けようとして、纏わりついた氷の重さ、凍てついた指先では十分に盾を操ることが出来なかった。

 対してアーサーの木剣は、何物にも阻まれることなくシャルロットの肩口を激しく叩いた。

 メキと、骨の割れる鈍い音が響く。

「ぐあっ!」

「そこまでっ!」

 鎖骨が砕かれたことで、シャルロットの手から剣が離れる。瞬間ゲラルトが声をあげた。

 俺は緊張を解き周囲を見る。敢闘を称える者や驚きに目を見張る者、呻る者と様々な反応を見せる中、ノエルの顔が気の毒なほどに青褪めていた。

 何気に修羅場を潜ったテレサと違い、それこそ蝶よ花よと育てられた彼女には刺激が強かったか。

 俺は悔しさで膝をついたままのシャルロットと目線を合わせ、折れた箇所に手をかざす。

「痛ぅ! 何を──!」

「しっ。……”治癒ヒール”」

 掌から淡い緑の光が放たれ、シャルロットの肩を優しく包む。

「っ、情けを掛けたつもりか……!」

 シャルロットの唇を噛み、悔し気にこちらを睨み付けてくる。痛みは引いている筈だが、瞳にはいっぱいの涙が浮かび今にも零れんばかりだ。

 なんと応えたものか。同情が無いと言えば嘘であり、そも今回の決闘騒ぎは誰かさんの手のひらの上らしい。茶番に付き合わされたのは俺も同じだ。

 そういう意味では、俺とシャルロットは仲間である。茶番仲間。

 だからか、俺は自然と微笑みを浮かべていた。

「いいえ、格好良かったですよ。剣だけじゃ勝てないと踏んだから魔法を使った訳ですし」

「──っ!」

 偽らざる感想を述べると、シャルロットはハッと息を飲んだ。

 そうして僅かに頬を朱に染めてまじまじとこちらを見て来るではないか。なんだ?

「…………ギネヴィア?」

「うへぇ⁉」

 彼女の口から思いがけぬ名前が出てきて、素っ頓狂な声をあげてしまう。

 まだ完全には回復していないだろうに、シャルロットは痛みに顔を顰めながらも両手で俺の顔を挟み込んではがっちりとホールドしてきた。

「……うん、空似なんかじゃない。ギネヴィアなんだろう?」

「えー、そのー……」

 やべええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ⁉

 上手い言い訳が思いつかず返答に窮していると、シャルロットはより確信を深めていったようで。

 彼女の顔には強い困惑と疑念と、あとは喜びだろうか? 何とも言えぬ表情をしていた。

 色々と言いたいこと、聞きたいことがあるのだろう。その端正な唇が開き掛け、闖入者によってその言葉は遮られた。

「君は──」

「がはは! いや、ムスタファが自慢するだけはある」

「父上?」

 審判役のゲラルトが豪快な笑い声と共に俺たちの間に割り込んだ。

 シャルロットが不思議そうに父を見るのは理由がある。何故か彼の手には、俺たちのと同様の木剣が握られていた。

「あぁ、だがしかしな。ヤツの自慢具合はこんなもんじゃなかったぞ?」

 ……嫌な予感がする。そして大抵こういう予感というのは、外れないものだ。

 そうしてゲラルトは木剣を担ぎ、楽しそうに言った。

「さて。じゃぁ次は俺とろうか!」

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