第75話 若さの特権
テレンス家とノクタヴィア家がいるのだ。
残る三公爵、シャルティエ家も来るだろうことは必然だろうさ。
「あぁ、愛しのテレジア! 会いたかったよ!」
「え、えぇシャルロット。あなたもお元気そうですね」
昼に会った時よりも大分テンションが高いシャルロット。演技掛かった身振りでテレサの手を取り甲に口づけをした。
「見違えたよ。以前よりも随分大人びて美しさに増々磨きが掛かっているね」
「あなたは変わらないのねシャルロット」
「そんなことないさっ。去年よりも身長が五センチも伸びたからね!」
ちょっとピントのズレた答えに、テレサは僅かな苦笑を滲ませる。
「ノエルも、久しぶりだね。最後に会ったのは三年前かな?」
「えぇ、御機嫌ようシャルロット。そうね、私達が揃ったのはそれぐらい前になるかしら」
シャルロットは続けてノエルにも挨拶をし、朗らかに会話をする。ノエルが若干気まずげにこちらを見て、俺は気付いた。
あ、俺もしかして無視されてる?
こちとら前世の記憶持ち。それぐらいで癇癪を起こすことはない。
何より俺は”剣バラ”でシャルロットのおおまかなキャラクター像を知っている。彼女が何を望み、悩み、このような事をしているのか。その内心を推し量るのは容易い。
「シャルロット、紹介しますわ。私の婚約者のアーサーです」
「アーサーです。この度はシャルティエ家のご子息に出会えて光栄です」
見兼ねたテレサが俺を紹介した。……以前婚約は待って欲しいと伝えた気がするも、いつの間にか婚約者扱いが公然としている。
いやまぁ決して嫌な訳じゃないんだけどさ? 彼女の首から下げられた、互いの名前が刻まれたリングのネックレスを見ながら、そんなことを思っていた。
「ふぅん、キミが……。すまない、小さくて見えなかったよ」
「シャルロットっ」
──このっ! そこに触れたら戦争だろうがアァン⁉
そう、そうなのだ。悲しいことにヤツの言ったことは事実である。
この一年、俺の身長はあまり伸びなかった一方、順調に伸びていたテレジアはついに俺の背を越してしまった。一つ上のノエルの背も俺より大きく、言うだけあってシャルロットはこの中でも一番背が高い。
……そうだよ! 俺が一番チビですよっ。
心の中で涙し、「いやきっと成長期が遅いタイプなのだ。そういう人は背が高くなるのだ」と自らを慰めるていると、シャルロットが口元を歪めた。嘲笑である。
「しかし平民がね。全く怖いもの知らずで畏れるよ」
気障ったらしく肩を竦めるシャルロット。その内容は明確な嘲りであった。
貴族特有の傲慢か。はたまた、テレサの婚約者だからか。シャルロットは分かりやすいほどの挑発をしてきた。
いやはや、美形は何をしても様になるなーと俺はさして気にもしなかったのだが、テレサが食って掛かった。
「どういう意味でして? アーサーは素晴らしい
聞いてるこっちが照れてしまうようなベタ褒めっぷりである。しかし俺は、テレサの言葉尻のセリフが妙に引っ掛かった。
「そこまでの人物かい?」
「そうです。えぇ、優しくて強くて格好良くて。優しいのは良いのですけど目を離すとすぐ別の女性を引っ掛けてしまうところとか何でも出来る癖に向こう見ずなところとか意外に短気なところとか、アーサーの良さはいっぱいありますのよ?」
「……なんだかダメな人物に聞こえるんだけど?」
「そういう所もすべて愛しているという話しです」
「うっ」
テレサが毅然と言い放つと、さすがのシャルロットもたじろいだ。
というかテレサさんや? そこまで言われると、さすがのおいちゃんも恥ずかしいんですけど……。
俺は穴があったら入りたいという言葉を実感した。
だからノエルの、固まったような笑顔を貼り付けていた事には気付かない。
「し、しかし彼が優秀だとして、公爵家に釣り合う人物には思えないね」
「まだ言いますの……」
いやまあ、テレサを狙っているシャルロットくんからしたら「はいそうですか」とは引き下がれないよなぁ。
テレサよりも内情を知る俺は、どうしても同情的になってしまう。
というか保護者らは何をしているのか?
テレサらから目線を外し会場を見回すと、思ったよりも近くに彼らは居た。
王族と公爵家の面々である。目立つっていうか、周囲の貴族すら距離を取っていて、うん目立つな。
「シャルロット。あなたに私たちのことをどうのと言われたくはありません。不愉快ですわ」
「だ、だけど僕はっ。うぅ……」
お、まだやってたんかい。
取り付く島もないテレサに、シャルロットは終始押され気味であった。
こう、感情でバッサリと斬られてしまっては何を言ったところで効果は見込めないだろう。
さてシャルロットはどのように返すのか。最早観客気分で二人の遣り取りを見守っていた、そんな時である。
シャルロットはこちらへ向き直り、指を突き付けて来た。
「こ、こうなったら! アーサーと言ったね、キミに決闘を申し込む!」
「はぁ……」
「どうしてそうなりますの⁉」
展開の早さに俺は呆けてしまう。
「分かっているのですかシャルロット? 決闘とは即ち互いの誇りを賭けた神聖なもの。あなたは何を以てこの決闘に臨むのですか?」
「決まっている、テレジアの愛だ!」
さすがにノエルも静観が出来なかったようで、尋ねるとシャルロットは声高に宣言した。
「聞けばキミは剣を扱うというじゃないか。どちらの方が優秀か、分かればテレジアもその思いが偽りであることに気付くだろうさ!」
あまりにも飛躍した理論である。しかし、当人の中では納得ゆく理論が成り立っているのだろう。
どうするかなー……? 俺個人としては受けても構わないんだけど。
受けた上で正々堂々シャルロットを負かせれば、さすがに諦めるか? うーん……。
「……受ける必要なんてありませんよアーサー」
そう言いつつちょっと期待してる感じを出してるのはどういうことなのかなテレサちゃん?
「ふ、逃げるのかな? 構わないけどね、君のテレジアへの愛はその程度だったということさ」
髪を掻き上げるシャルロット。そんな様も画になる。
挑発であるのは見え見えだったが、テレサも期待しているし。
……まーその程度だなんて言われたらね。
「がはは! 随分と楽しそうな話をしているじゃないか!」
「父上⁉」
──見計らったかのようなタイミングにシャルロットの父、シャルティエ家当主のゲラルトが割って入ってきた。
その手にはワイングラスが握られており、ゲラルトは残りを一気に飲み干した。
……ていうか絶対待ってましたよね? 絶妙に俺らの会話が聞こえる範囲に居たのはそういう事ですよね?
俺はゲラルトと共に来た義父らを見やる。相変わらずの鉄面皮で何を考えているかはちっとも分からない。
「おうムスタファ。息子がお前んとこの娘に懸想してたのは知ってるよな。どうだ? 一つ受けてくれんか? どうもお前の義息子は随分と優秀だそうじゃねぇか。それとも負けるのが怖いのか? がはは!」
「ち、父上! 声が大きいです!」
ムスタファも学者らしからぬ筋骨隆々だが、ゲラルトは更に上回る。豪放快活な性格も相まり、ムスタファがゴリラならゲラルトは熊のような印象を受けた。
「ふん、分かっているとも。……アーサー、君の才を存分に見せつけてやるといい」
そう言う義父の視線は他の貴族へと向けられており──。
……え? もしかしてここまで予定調和だったりします?
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