第72話 主人公を射んとすれば先ずヒロインを射よ
優秀な人材を得ようとするのは、前世も今世も変らないらしい。
レイ君は既に、王宮魔術師団からも勧誘されていたそうな。
[金カフェ]本編通りなら彼はそちらに入り、目覚ましい活躍を遂げ最年少宮廷魔術師に成る筈である。
──なのでこれくらいは想定内である。
「うん、そうなんだけどね……」
「何よ煮え切らないわね! ハッキリ言ってやりなさいよ! 僕の夢は宮廷魔術師になることですって!」
アサギが声を張り上げるのには理由がある。
彼女もまた、王宮魔術師団に入ろうとしているからだ。
要するにレイ君と離れたくないのだ。何ともいじらしい乙女心ではないか。
……尤も、その乙女心は肝心のレイ君にちっとも伝わっていないのだが。
俺をそっちのけで二人はギャースカ言い始めてしまう。
アサギとしては王宮魔術師団一択なのだろうが、レイ君自身は悩んでいるように見えた。
なので──。
「アサギ様もどうでしょうか? 公爵様は優秀な人材をお求めです。聞けばアサギ様は希少な氷魔法の使い手だとか。もしアサギ様もレイ様と一緒に来て頂ければ、テレンス家にとってこれほど嬉しいことはありません」
「──えっ?」
「えぇ⁉」
彼女が問題視しているのは、想い人と離れ離れになってしまうことだ。
不意を突かれたとばかりのアサギ。
勘弁してくれとばかりのレイ君──ちょちょちょい! 君、その反応はまずいよー?
案の定アサギは一瞬で不機嫌になり、レイ君を睨んだ。
「何よレイ。私が一緒だと嫌なのっ」
「い、いやー。嫌っていうか、ほら、ね? いくら美味しいハンバーグでも、毎日食べたら飽きるっていうか」
「それが、嫌って言ってるんじゃないの!」
「痛ててててててっ‼ ギブ、ギブっ! キまってる⁉ キまってるからっ⁉」
暴力系ヒロインの真骨頂である暴力が、ついにレイ君に振るわれた。
見事なコブラツイストである。いやー、異世界で見るとは思わなかったわー。
あまりの綺麗なキまり具合に俺は知らず拍手をしていた。
(いやー、流れるように夫婦漫才が始まったね。しょっちゅうこんな事してんだろうなー)
拍手の音に他人の目があることに気付いた二人は、同時に顔を赤くして弾かれたように距離を取った。
二人とも顔を赤くするばかりで言葉を発しようとしない。仕方なく俺は話を進めた。
「……どうでしょうか? お二人がよろしければ、是非にヴァニラへ来て頂きたいのですが」
「そ、そうねぇ……?」
アサギは真っ赤な顔のまま、横目でレイ君の様子を伺った。よしよし。アサギの方はもはやレイ君の意見次第ってとこだな。あとはレイ君だけど……。
彼は今までの気弱を引っ込めて、毅然とした態度で言い放った。
「公爵様が自分を評価してくださっているのは、光栄です。ですが先ほどアサギが言ったように、俺の夢は宮廷魔術師になることです。ありがたい話ですが、今回は縁が無かったと公爵様にお伝えください」
そう言ってレイ君は深々と頭を下げた。
むむむ、強情な。
何も俺は自分の都合だけで彼を誘っている訳ではない。本編での彼は無事夢を叶えるものの、その若さ、優秀さから妬みと嫉み、嫌がらせの嵐に晒されちゃうんだよなー。
そんな人間関係に嫌気が差している最中、茜さんからのSOSの手紙を受け取って地元に戻るまでがプロローグなんだけど、まぁそんな事話す訳にはいかないし信じて貰えないし。
……仕方ない。
俺はポシェットを
尋常ではない神気を放つ林檎。誰の目にも、半端なものではないと一目で理解出来る。
「それは⁉」
「ちょっと、何よそれ⁉」
おぉ、いい反応。
俺は調子に乗りたい気持ちを堪え口元を引き締めた。
「──アンブロシア。万病を癒す神の果実です」
「……賄賂ですか?」
レイ君の双眸が鋭く細められ俺を射抜く。
俺は彼の顔を正面に見据えゆっくりと、しかし確かに首を振った。
「いいえ、レイ様の考えているようなことではありません。ただ我が方へ来て頂ければ、このような素材を扱うことが出来るというだけです」
ゴクリと、二人が息を呑んだ。それもそうだろう。
冒険者ではない魔法使いは、知識の探求者である。いや、未知を求めて冒険をしている魔法使いであれば、それもまた探求者と呼べるかもしれない。
そんな彼らにすれば俺の提案は、実に魅力的に映るだろう。
「ご存知かと思いますがテレンス家は医者の出です。また公爵様は開明的なお方であり技術研究に余念がありません。施設、設備はこちらにも引けを取りませんよ?」
まるで本当に、公爵からの言伝かのように。あたかも代弁者のように堂々と振る舞い。
内容には虚実を交えて、相手の心をくすぐる言葉を巧みに選択する。
外道の所業であった。それも偏に、
──まさか自分に詐欺師の才能があったとは。アーサーは少し自己嫌悪を覚えた。
果たして効果の程は。
「……それは、テレンス家がスポンサーになってくれると考えてもいいんですね?」
目に見えてレイ君は乗り気になっており、俺は満面の笑みを浮かべてしまう。
「はい。金銭のことでしたらご安心を。またご希望でしたら生活面の支援もさせて頂きます」
まだ義父への相談、説得が済んでいないのに約束をどんどん取り付けるアーサー。テレジアに近眼的だと零される訳である。
そんなアーサーの悪癖が存分に発揮された結果、彼の目的は果たされた。レイが頷いたのだ。
「わかりました。その話お受けします」
「いいのレイ? アナタ宮廷魔術師になりたかったんじゃないの?」
「うん、そうだね。でも俺が元々宮廷魔術師を目指したのは人の役に立ちたかったからなんだ。人の役に立てるのなら形に拘る必要は無いかなと思ってね」
「うぅ……!」
「ど、どうしたんだいアサギ?」
「な、何でもないわよっ。べ、別にアンタが恰好良くて胸がキュンとした訳じゃないんだからね⁉ 単に胸が急に痛くなっただけなんだからねっ⁉」
「えぇ⁉ そんな、大変じゃないか⁉ すぐに診ないと──!」
「ギャー⁉ なに自然に胸に触ろうとするな‼」
またも夫婦漫才が始まった。
レイ君が立派なことを言うとアサギが胸を抑えて蹲ったかと思えば。
テンプレートなツンデレ台詞を吐くアサギに、これまた鈍感主人公のお手本的な反応を示すレイ君。
ギャースカやり合う彼らを俺は生暖かい目で見守りつつ、ポシェットから一枚の封を取り出す。
「こちらが推薦状になります。卒業後はヴァニラの、公爵邸にいらっしゃって下さい。また公爵様は一週間ほど王都の別邸に滞在しますので、何かあったらアーサーという少年を尋ねてください」
「アーサー?」
「あ、いえ! ……はい、どうぞ‼」
やぶ蛇になりそうな話題を、無理やり手紙を渡す事で切り上げる。
レイ君が受け取った手紙を、すかさぎアサギは奪い取り天井に翳して中を透かし見る。レイ君の不満の視線を無視し、アサギは別段おかしく無いのを確認するとレイ君に投げ返した。
「ていうかほんと。アンタ一体何者なのよ?」
相変わらずアサギは痛い所を突いてくる。
女装してるだけの公爵の義息でーすイエーイ! なんて答える訳にも行かず──。
「ふふ。公爵様の隠し子です──」
「え⁉」
「──なんて答えたら信じますか?」
煙に巻く為にちょっと強めの冗談を言い放つ。
そんな軽い気持ちで言ったつもりなのだが、二人の反応は思ったよりも深刻で。どころかその目に納得の色を浮かばせて──えー⁉ なんでぇ⁉
「あ、あの! もちろん冗談ですよ? なーんて、アハハ……」
「「……」」
俺の必死の弁明に、二人は疑惑の色を潜めてくれた。
ふぅー危ねー! また変なフラグばら撒く所だったわ……。
◇◇◇
(いやー良かった良かった。レイ君は無事勧誘出来たし、アサギもついてきで上々だねぇ)
帰り道。目的を果たした俺はシャルロットと別れ一人王城へと戻っていた。
その足取りは軽く、ともすればスキップしてしまいそうであった。
──だからだろう。王城の前に仁王立つ鬼に気付くのに遅れたのは。
「あらアーサー。ご機嫌ですわね」
「えぇ、王都に来た甲斐がありましたわ──ってテレサぁ⁉」
「はい、あなたの愛しいのテレサですわ」
未だギネヴィアの演技が抜けきれず女言葉で返事をしてしまう。
そんな俺に動じることなくニコリと、テレサは優しい微笑みを浮かべている……。いやアレは笑顔を形作っているだけで笑みじゃねーよ怖えーよ⁉
彼女の背後に控えるイルルカは状況を掴めておらぬ様子で「アーサー様?」と首を傾げている。
テレサは頬に指を当てて、悲しげに。それはもう悲しげに息を吐いた。
「はぁ、知りませんでしたわ。アーサーが私と出掛けるよりも女装が好きだったなんて」
「あ、いえ、そのー……これはですね……。海よりも深い理由がありまして──」
「──事情は当然聞くとしまして! ……大丈夫ですわ。そんなに女性の格好が気に入りましたのなら、私が徹底的に! 私が! 一から女の子の心構えを教えてあげますわ! えぇそれはもうみっちりたっぷりねっとりとねウフフ!」
「ひぇっ⁉ いえ、違うんです違うんです! テレサちゃん聞いて! 違うの!」
テレサに対しては力を振る舞えぬ俺は、忠実なる従騎士に救援の目線を送る。
「イルルカ助けて!」
「私に命じられるのは公爵様かアーサー様だけですから。というか、本当にアーサー様なんですか? ……え、本当に? …………やば、
「そうなん──いや違っ、や! あーもう! いいから助けてくれ‼」
「さーアーサーちゃん? お姉さまと一緒に一人前の
「や、テレサさん⁉ すっごい手握ってくるじゃん⁉ ひぇっ⁉ ごめんなさいごめんなさい今度はもう少し上手くやりますから、ごめんて! ほんともう許してください‼」
「全然っ、反省してないじゃないですか⁉ いいですか今日という今日は許しませんからね⁉」
「アッ────────────⁉」
少年の悲鳴が虚しく王城に響いた。
◇◇◇
「シャルロット様! 一体何処へ行っていたのですか⁉」
自分に宛てがわれた部屋へ戻る途中、自分を必死に探していた従騎士に見つかりシャルロットは怒られていた。
彼の立場、自分の立場を考えれば当然のことだ。彼は職務を全うしているに過ぎず、そのことについて腹を立てる理由はない。
シャルロットが臍を曲げているその理由──。
「ご自分の立場をお考え下さい! あなたはシャルティエ家に生まれた念願の、たった一人の女児なのですよ!」
「……あぁ、分かっているよっ」
──彼が自分を、女扱いしてくるからだ。
神経がささくれ立つのが解った。折角の楽しい気分が暗澹とした気持ちで塗り潰されてゆく。
シャルロットは対外的には男児ということになっているが、親しい者には彼女の本当の性別ら知らされている。
基本貴族は、世継ぎの男児を重宝するがそれも事によりけりである。
シャルティエ家の様に七男一女など極端に男女比が傾いていれば、数少ない女児が重宝されようというもの。
(本当の性別? そうだ、僕は男だ! 皆に、父上に認めてもらう為にも、その為にも僕はテレジアを──!)
決意と共に強く目を閉じれば瞼の裏には先ほど出会ったばかりの少女の姿が浮かび、シャルロットは頭を振った。
ひどく、印象深い少女であった。
街中で心細さに泣いているかと思えば、一見して貴族と解る自分に物怖じしない図太さもある。
──何よりシャルロットの心に深く刻まれたのは、少女の美しさであった。
テレンス家の者と聞いた時は驚いたが同時に納得もした。
おそらく、どこぞの貴族の令嬢が丁稚に出ているのだろう。大貴族であろうと三女四女辺りでは珍しくもない話である。
でなければ、あの男女関わらず心奪う妖しい美しさは、説明出来ない。
(ギネヴィア……)
ただ一度の邂逅でありながら、ギネヴィアという少女はシャルロットの心に深く、強く、根付いてしまった。
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