第71話 勧誘

 なんか学院に入る前からどっと疲れたわ……。

「どうしたんだい? 顔色が優れないようだけど……」

 シャルロットのおかげで、警備員のおっちゃん付きという条件で俺は”セントステラ学院”に入ることが出来た。そして彼女は当然のように俺達に着いてきている。

 いやまぁ、こっちの都合だけで言うなら彼女に出番は無いのだが、ここまで散々世話になったのだ。「もう大丈夫だよハイさようなら」という訳にもいくまい。

「大丈夫ですよ。ちょっと、疲労を感じてしまっただけですので」

「そう、かい……?」

 完全に納得したという訳では無さそうだが、シャルロットはそれ以上追求はしてこなかった。

 それで如月黎君だが、現在は研究棟にいるそうな。”剣バラ”で描写されていたのは校舎、訓練所、学食に寮。それと星辰教の教会ぐらいだったか?

 単に描写されていなかったのか、はたまたこの世界固有の建物なのか、判断に付きかねる。

 一度正面、巨大な赤レンガの校舎に入り、渡り廊下を経由して研究棟に入る。

「着きましたよ」

 警備員のおっちゃんはシャルロットの正体が公爵家の子息だと分かると口調を改め、態度もどこか余所々々しいものになってしまった。しゃーないか、三公爵家のご子息様だもんなー。立場的に下手したら首が飛ぶし……。

 緊張したおっちゃんに憐れみの目を向けてから、案内された教室には「魔導具研究部」なる表札が掲げられていた。

 魔法の才能のある黎君らしい選択だなぁと思いつつ、俺は遠慮がちにノックをした。

 トントンと、少しすると中から「はーい」という返事と、パタパタと急ぐような足音が聞こえた。

 扉が開き、戸惑い気味の少年が姿を見せた。

(おぉ、黎君だ)

 ゲーム通りの姿、手入れがされていない癖毛は瞳に掛かる程で、所謂メカクレである。しかし俺は知っている。その前髪の下に、イケメンフェイスが隠れていることを。

 彼の視線は警備員へと向けられて、背の低い俺達に気付いている様子はない。

「──ごめんください。如月──レイ・キサラギ様でしょうか?」

「うおっ、びっくりした! ……子供?」

 遠慮がちに声を掛けると黎君は飛び上がる。

 前髪越しの視線がようやくこちらを向き、彼は「どうして子供がここに?」と如実に戸惑いを顕にした。

「うん、俺がレイだけど、君は──」

「ちょっとレイ! 早く閉めてよ!」

 話の腰を折るように、中から苛立った少女の声。

 そのボイスに俺は聞き覚えがあった。

(ふうん……? 二人は同じ部活だったのか。なるほどなるほど、何とも彼女らしいと言うか)

「あぁごめんアサギ。俺も良く分からないんだけど……」

「軽々しく謝らないでよ。で何よ、一体──」

 同じ扉から、黎君を押し退け現れたのは矢張り、見るからに気の強そうな彼女は[金カフェ]のヒロインの一人である小此木おこのぎ浅葱あさぎ、その人であった。

 空色の髪に気の強さをそのままにした釣り目の、ちょっとキツイ印象を受ける美人さんである。

 実際彼女の性格は苛烈というか、曲がったことが大嫌いな一本芯の通った女性である。

 もっと一言で分かり易く評するなら、今や絶滅危惧種である暴力系ヒロインである。一方本編では宮廷魔術師に成った黎君を追って同じ道を選ぶ程度には一途で乙女な面もあるのだが。

 要するにツンデレなのだ。

 俺は彼女に向けてカーテシーをする。アサギの目が細められる。

「……ふぅん、随分と可愛らしいお客さんじゃない」

「いや、これは──」

 ……いやまさか。アサギの嫉妬深さは知っているが、八歳児にまで嫉妬するなんて。

 俺は呆れを覚えつつ、しどろもどろなレイ君に助け船を出してやる。

「ギネヴィアと申します。この度はムスタファ公爵からレイ様へ言伝を預かって参りました」

「ムスタファ……? ……へ、領主様? テレンス家の公爵様から⁉」

 覚えが無いと顎が外れんばかりに驚くレイ君。すぐ横の、シャルロットと警備員のおっちゃんも同様の気配を放つのを感じる。

 おや? おっちゃんは兎も角、シャルロットにはテレンス家の使いだって言ってなかったっけ? ……あー言ってないなー。お嬢様のお使いとしか言ってなかったわ。

「それで、出来れば内密にお話したいのですが──」

「ちょっと待ちなさい」

 物言いたげなシャルロットの視線をシャットアウトし、さっさと話しを済ませてしまおうとして、アサギが割って入った。

「アナタがテレンス家の使いだなんて、何か保証はあるの? そもそも、学院には基本外部の人間が入るにはアポが必要な筈よ」

 痛いところを突いてくる。しかし予想の範囲内でもある。

 俺はポシェットの中から四つ並びの林檎──テレンス家の家紋エンブレムを取り出す。

「そ、それは……!」

「これでよろしいでしょうか?」

 目に見えてレイ君とアサギが動揺した。

 貴族の家紋エンブレムは直系か、極一部の信頼出来る者にしか与えられない。身分証明にこれ以上の物はない。

 一方で、その効力の強さ故に偽造などすれば問答無用で死罪になるのだが。

「失礼しました! ほらっ、アサギも謝って!」

「……疑って悪かったわ」

 俺が間違いなく公爵家の者だと分かるとレイ君は顔を真っ青にして頭を下げる。いやー苦労人だなー。

 見るからに緊張で身を強張らせたレイ君と対照的に、憮然とした態度を崩さないのはアサギである。

 それも彼女らしいと、俺は苦笑してしまった。

「いえ、アサギ様の懸念はもっともですから。それに私はただの下女ですので、気になさらないで下さい」

「あれ、私名乗ったかしら? それになんでただの下女が家紋エンブレムを──」

「い、いえ! 先程レイ様が呼んでいたのでっ」

 やっべ⁉ 基本出たとこ勝負、口から出任せばかりのせいで細部の設定の練りが甘い。

 その甘さにアサギは目敏く違和感を覚えたようで、俺は彼女の疑念を断つべく大きめの声を被せる。

 アサギの胸中にまた疑念が湧き出たのか俺を見る目が鋭くなる。

「それで、レイ様? 公爵様からのお話ですが出来れば二人で話したいのですが──」

 俺は敢えて、アサギのどぎつい視線と目を合わせる。

「待って。その話、私も同席させてもらうわ。それとも、何かしら? 私がいると都合が悪い?」

「……いえ、そのような事は」

 まーそうなるよねー。やっぱ行き当たりばったりは良くないね、うん。

 そうなるだろうなーと思って敢えて視線を合わせたんだけどさ。話っつってもレイ君を勧誘するだけだし、アサギに聞かれてまずいことはない。何なら彼女も一緒にヴァニラに来てくれたら万々歳である。何せ成ろうと思って宮廷魔術師に成れる逸材なのだから。

 ただ──。

「ただ、シャルロット様は──申し訳ありませんが席を外して頂けないでしょうか?」

 ユークリッド王家と三公爵家はいがみ合ってはいるものの敵ではない。かと言って味方と呼べるかは、疑問符が浮かぶ。

 俺は気まずげにシャルロットへ伏せった目を向けると、彼女は気にした風もなく当然だと頷いた。

「うん。ムスタファ公爵様のお話なら僕に聞かれてしまうとまずいよね。分かったよ、僕は部屋の外で待っているさ」

「ありがとうございま、す?」

 いや、あの。もう帰っても良いんですよ? 従者の人を撒いて来たんでしょ? ボチボチ帰った方がいいんじゃないかなー……?

 なんて視線を送っても、シャルロットはその美貌に微笑みを浮かべ話が終わるまで待つ気のようだ。俺に彼女の自由意志をどうこうする権利は無い。

 そしてレイ君とアサギを伴い部室内へ入り内鍵を閉める。

 魔導具研究部の部室内は、よく分からない道具で溢れていた。おそらくそのほとんどが魔導具なのだろう。俺は沸き立つ興味をぐっと堪え、レイ君に向き直った。

「まずはお時間を取って頂きありがとうございます。……単刀直入に言います。学院を卒業後、公爵様はレイ様をテレンス領に招きたいと考えております」

 説得力のためとは言え、自分の考えをさも義父が考えたように語る。

 ……あれ? これってまず公爵の説得が先だったんじゃ? ……ま、まぁあの人は優秀な人材は好きだし、俺にも甘いし何とかなるだろ。

「公爵様が? それは光栄なことだね」

 信じられないという様子で苦笑いをするレイ君。アサギは、自分が本来はこの場にいる人間では無い自覚があるのだろう、一先ずは見の態勢でいてくれている。

「しかし何処からそんな話が? こういっちゃ何だけど、俺は一介の学院生に過ぎないよ? 誰かと繋がりがある訳でも無いし」

「ご謙遜を。数少ない特待生枠に、唯一平民で入り、三年間ずっと首席でいらしたあなたが優秀で無い筈がありません」

 首席──という言葉にアサギの眉が僅かに跳ねた。

 そう、彼女は在学中万年二位で、ずっとレイ君の後塵に拝しているのだから。

「よく知ってるね」

「いえ、アカネさんが、嬉しげに話しておられましたので」

「え⁉ アカネちゃんが⁉」

 これは本当のことである。

 レイ君の現状を知りたかった俺はカンバラ姉妹に尋ねた所、定期的に手紙の遣り取りをしているというではないか。手紙から、レイ君の現状はゲームの知識以上に詳しく知っているつもりだ。

 アカネの名前が出てくると、レイ君は実に嬉しげな声をあげた。……対照的にアサギの眉が怖いほどに吊り上がった。

「そ、そのさ? アカネちゃんは他に何か言ってなかったかな?」

「そう、ですね。優しくて頼りになるお兄さんだと、そう仰ってましたよ」

「うーん、お兄さんかぁ。そうかぁ……」

 かなりの高評価であるのだが苦笑を浮かべる彼の姿から、本心から喜んではいない事が伝わってくる。

 ……そういえば[金カフェ]開始時点では黎君は茜さんに好意を抱いてたっけか。茜さんの方も黎君のことを意識してたっけ?

 しっかしこの世界では本編開始前に俺が干渉しまくってるからなー? ……自惚れで無いのなら、今のアカネさんの好意は俺に向いている、気がする、多分、うん。

「それで、レイ。アンタどうするつもりよ。その話、乗るの? アンタ王宮魔術師団からも誘われてるじゃない」

 痺れを切らしたアサギが声をあげた。

 おや? やはりというか、他にもレイ君にツバ付けてるところがあったか。

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