第70話 シャルロット

 ランスロット改めシャルロット・フォン・シャルティエ。

 三公爵と呼ばれるユークリッド王国の三本柱の一つ、シャルティエ家の末子である。

 シャルロットは自身を八男だと嘯いたが、攻略可能ヒロインと言う言葉から分かるように、実際は彼ではなく彼女だ。七男一女、それがシャルティエ家の本当の家族構成である。

 では何故、シャルロットが男装なぞしているのか? それはシャルティエ家の家柄に依る。

 シャルティエ家は王国での北方騎馬民族からの守りであり、それ故に力を尊ぶ。

 この世界には男女の身体能力差を埋める魔法という不可思議が在るが、それでも、魔法が無ければ肉体の性能差は埋まらない。

 そも魔法を使いこなすには才能を有している時点で、魔法は男女の差を埋めるには足らない。

 故に力を尊ぶシャルティエ家──シャルティエ領では強い男尊女卑が根付いている。

 また、若い男は騎馬民族との戦に駆り出されるため、命を落とすことが多い。

 そんな為か、シャルティエ領は平民にも一夫多妻を推奨している、王国でも異風の地である。

 シャルロットは、領主ゲラルトの数いる子供中で、唯一の女子として生をけた。

 ゲラルトは初の女児に喜びをあらわにしたが、男尊女卑の男所帯で育った彼女は自分を男だと認識していた、いや、そも女だと認識していなかった。

 男勝りな性格に育ったとゲラルトも思っていたが、まさか自分を男だと思っているとは露とも知れず。ゲラルトがソレに気付いた時はシャルロットが既に物心ついていた時であった。

 ゲラルトは娘の思考を矯正しようとしたが、その試みは悉く失敗した。どころか失敗する度に、「自分は男だ!」とシャルロットは考えを頑なにしていった。

 しかしシャルロットが自分を男と嘯いても家族は──父は自分を娘として扱おうとする。それは偏に、自分が未熟だからだとシャルロットは考えるようになった。

 ではどうすれば、認められるのだろう?

 そこで彼女が考えたのが他の公爵家との婚姻──つまりテレジアとの結婚である。

 シャルロットのルートは”剣バラ”の中でも異端だ。

 タイトルが”剣とイバラと呪われた姫”とあるように、物語には”呪い”というものが深く関わって来る。

 テレサ然り、他のヒロイン然り。

 だがシャルロットルートでは、呪いに焦点が当てられていない。

 彼女が自分の生まれに、性に葛藤するのが話のメインであり、他のヒロインが”呪い”に蝕まれ闇落ちする一方、シャルロットルートでは「”呪い”? 何それ美味しいの?」状態である。

 ギャルゲの中にはルートによって別の人がシナリオを担当するのも、珍しくない。

 シャルロットと他ヒロインとの、”呪い”に対しての温度差はこれが原因であろう。シャルロットルートを担当した人物は、彼女の肉体と内面との歪みに面白みを見出したのかもしれない。

 そんなシャルロットが如何に主人公と惹かれ、結ばれるのか?

 男に扮したシャルロットは先述の通り、テレサとの結婚を画策している。

 それは思慕からではなく、親兄弟に一人前の男だと認めてもらう為にである。

 そう、シャルロットは攻略可能ヒロインでありながらテレジアを巡るライバルでもあるのだ。

 しかし本編のテレサは、今の様に愛嬌のある少女ではなく他人を拒絶する氷の令嬢である。そんなテレジア相手に轟沈し続ける主人公とシャルロットはその内奇妙な友情が芽生える。

 ──男離れした美貌。ふとした仕草に見せる女性らしさ。「アイツは男なんだ」と思いつつも徐々に惹かれてゆく主人公。

 ──始めは身の丈を弁えない、目障りな平民。しかし彼の純朴で、貴族にはない優しい人柄に惹かれている自分を自覚するシャルロット。「僕は男だ」と思いつつも、ふとした拍子に「実は──」と正体を打ち明けたい気持ちが、日に日に募る。

 そんな彼らに転機が訪れたのは、そう、学園モノなら定番の文化祭である。

 ……いやー、何なんだろうね、文化祭。学園モノのギャルゲには必ずと言って良いほどに登場するイベントだけどさ。いや分かる、分かるよ? 物語の起伏、区切りに丁度いいから、文化祭に告白イベントなりして、以降固定ルートに突入するなんて王道も王道であるから、分かるんだけどさぁ……。

 何が言いたいかってーとです。ファンタジー学園モノでも建国祭だとか創立祭だとか、名前を変えて文化祭に準じるモノがあるのが、今思うと不思議だなーって思った訳で。まーほんと、今更か。

 ゲームの設定にケチつけてもしゃーないし。まぁ兎に角だ。

 文化祭で、主人公らは演劇をやる事になりまして。「お、この演劇でヒロイン役にシャルロットが選ばれるんだな?」なんて思ったそこの君っは、惜しい!

 ヒロイン役に抜擢されたのは主人公で、シャルロットの方は主役に選ばれるんですわ。

 そして劇本番、物語は敵国の姫と恋に落ちた騎士の、典型的なロミオとジュエットタイプ。

 そのクライマックスシーン。そして売国奴と誹られ処刑の寸前の姫──女装した主人公を攫うシャルロット。逃亡劇の果て、深手を追ってしまった騎士は道半ばにして命が尽きる。

「貴方様が居ない人生に、何の意味がありましょうや? 貴方様が逝かれた後、私も貴方様の後を追います」

 そう言って涙し、己の首筋にナイフを突きつける姫。

「姫よ、麗しき姫、我が光よ。どうかこの愚かな騎士を笑って欲しい。そして叶うならばどこか遠くで、一人の女声として幸せを得て欲しい」

「ああ、我が騎士は残酷です! 私は貴方様以外と共にあるなど、ただの一度も望んでいませんのに!」

 そうして愛する姫に看取られて、短い生涯を全うした騎士。

 騎士の亡骸に縋りながら姫の嗚咽と共に幕が降りる。

 真に迫る演技に観客は息を飲み、姫と騎士の悲恋に涙する。

 万雷の拍手の中、演技を通して二人はそれぞれ自分の気持ちに気付いた。シャルロットが、主人公が、どうしようもなく好きだと。それに比べれば性別や身分など些細なことなのだと。

 演劇後、改めて主人公はシャルロットに告白した。シャルロットもまた、主人公が好きだと受け入れた。

 めでたしめでたし──というのがシャルロットルートの概要である。

 文化祭後は二人のイチャコラが描かれるのだが、……胸焼けするような無いようなので割愛!

 

◇◇◇


「結果的にギネヴィアを騙していたね……、すまない……」

 申し訳無さそうに。本当に申し訳なさそうに頭を下げるランスロット改めシャルロット。その声には多分に畏れが含まれていた。

「だけど、信じて欲しいんだ! 僕は君を騙すつもりなんて無かったんだ! ただ、公爵家の者だと言えば君に迷惑が──要らぬ緊張を強いるかと思って……。いや、今更何を言っても言い訳に過ぎないね。本当にすまない……」

「えぇと、それは、はい……? いいんですけど……」

 俺が若干頬を引き攣らせながら応えると、シャルロットは何故か必死に弁明をしてくる。それこそ、俺の手を握って。

 てか顔が近いよ顔が⁉

 長い睫毛。憂いを帯びて伏せた、不安に潤んだ瞳。形の良い鼻筋に唇はとても柔らかそうで。

 凄い整った容姿だなーなんて呑気してたが。よく見れば、いやよく見なくても美男子じゃなくて美少女じゃねーか! 俺の目は節穴か⁉

 鼻先がくっつきそうな程に近付いたシャルロットの美貌に俺は思わず「うっ」と仰け反ってしまう。

「ギネヴィア……」

 傷付いたように、偽名を呼ぶシャルロット。

 ……んまぁここは大人の、というか男の余裕の見せ所でしょうと。

 俺は握られた手を握り返し、シャルロットの不安を取り除くべく微笑む。

「大丈夫ですよシャルロット様。あなた様が何者であろうと、私に親切にしてくれたのは事実ですから。ありがとうございます」

「っ~~~⁉ ありがとう、ありがとうギネヴィア!」

 瞬間、シャルロットの顔が湯沸かし器の様に真っ赤になった。……おや?

 君、女の子だよね? ちゃんと男の主人公くんを好きになったよね? 何で女の恰好してる俺に真っ赤になってんのさ?

 ……もしかして、本編で語られてないだけど本当に心が男の子だったとか、無いよね? ね?

 感極まったように目に薄っすらと涙を浮かべるシャルロットを見、俺は密かに溜め息を吐いた。

(おいおいおい、妙なフラグ立ってないだろうな? 頼むよマジで……)

 黎君に会うという目的の前だというのに、とてつもない疲労を覚えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る