第69話 偽りの二人

 後ろめたいことがあろうと、堂々と振る舞っていると却ってバレなかったりする。

 そう、俺が城を無事抜け出し王都城下に来るまでに、誰にも怪しまれなかったのはそう言う事なのだろう。

 決して、決して! 俺の女装が似合っているとかでは断じて無いのだ! やたら男から視線を感じるのも気の所為に違いないのだ‼

 ……何か男として大切なモノを失くしてしまった気がする。

 いや、いいのだ。”呪い”で国が滅ぶだとか、邪神が復活して世界が滅ぶだとかに比べれば俺の矜持プライドなんて安いもんよ、へへ……。

 王都の活気は、それはもう見事なものだった。

 領都も人が多いと感じたが、領都はそれ以上だ。例えるなら、平時であるのに祭りでもやっているかの様な人混みである。

 何より人の笑顔に溢れているのが良い。

 もちろん、これは王都の表の部分に過ぎないのだろう。裏通りへと一つ二つ、道を逸れれば、幾ら王家のお膝元とはいえ治安の悪化は避けられないだろう。

 それでも、目の前を笑顔の子供たちが通る。「アハハ」と笑い声を上げながら、楽しそうに遊びにかまける姿は、俺が求める平和そのものだった。

 ……あれ、何でだろうな? 涙が出てきたぞ?

 さして年の変わらない子供らが遊んでいる一方、俺はというと、したくもない女装をして世界の命運を背負って、何をしてるんだろうなハハ。

 ちょっと目に入った汗を拭っていると、突然目の前にハンカチが差し出された。

「どうなさいましたか、レディ?」

 気障ったらしい台詞と共にハンカチを差し出した主は、その台詞に見合った容姿の美少年であった。

 年は、見たところ俺とそう変わらないだろう。後ろへ一房に纏めた垂髪は、テレジアを思わせる鮮やかな金髪は、高貴な血を引いていることが分かる。

「レディ?」

 ハンカチは間違いなく自分に差し出されたモノなのだが、淑女レディというのが俺を指しているものだと思わず、反応が遅れてしまう。

「あ、ありがとうございます……」

「──っ」

 俺は女装バレを恐れて目を伏せながらハンカチを受け取り、そっと目元を拭う仕草をした。その滑らかな手触りから、ハンカチの高級さ引いては少年の身分の高さが伺える。

 やべー……。深く考えずに受け取ってしまったが、これはアレか? 「このハンカチ、洗って返します」みたいな流れか? おいおい、俺は今変装中だっちゅーの。余計な繋がりとか持ちたくないんですけど?

 己の迂闊さを呪いながらハンカチを握りしめる。

「あ、あの、このハンカチ……」

「ん? あぁ、構わないよ。これも何かの縁。それは君へのプレゼントさ、美しいお嬢さん」

 そう言ってウィンクをする少年には一切の嫌味がない。

 はー、美形がやるとこうまで様になるんかと関心していると、少年が言葉を続ける。

「それで君、名前は? どうして泣いていたんだい? よければ、僕に話してはくれないか?」

 親切心からの言葉なのだろうが、今の俺には大きなお世話であった。

 出来ることなら直ぐにでも立ち去りたいのだが、いつの間にやら握られた手がそれを許してはくれない。

 俺は引きつりそうになる頬を意思の力で抑え、微笑みで上書きした。

「──っ⁉」

「えぇ、わたくしは、……ギネヴィアと言います」

 当たり前だが本名を名乗る訳にもいかず、俺は咄嗟に偽名を名乗った。

 女装の設定なんて考えておらず、突然だった為に名乗るまで不自然な間が空いてしまったが、少年は気にした様子はない。

 どころか顔を赤くして呆けているではないか。

「あの……?」

「あ、あぁ……! 僕……、僕の名前はシャル──ランスロット。そう、ランスロットとでも呼んでくれ!」

 ランスロットとでも、ってあんた。偽名だって白状してどうするのよ?

 てか何の因果だよ、ギネヴィアにランスロットって……。かのアーサー王伝説で不倫した二人じゃねーか!

 んまぁ俺が吐いた偽名は、そのアーサー王にまつわる女性の名を咄嗟に吐いただけだから、そういう事もあるだろうけど。少年がランスロットと名乗ったのは全くの偶然だろう。

 ……いや、俺が知らないだけで、この世界にも似たような伝承があったりするのか? うーん……。

「ん、こほん! そ、それでギネヴィアはどうして、泣いていたんだい? 紳士として君のような美しい女性が泣いているのを放っておけないんだ」

 美しい女性ってね? 俺は男ですよ、その目は節穴かっちゅーの!

 叫びたい気持ちを堪え、何故かソワソワしているランスロットなる少年に目をやる。

 改めて見ると「将来とんでもないイケメンになるんだろうなー」と想像が容易い美形である。むしろ君の方が女装似合うんじゃねハハ。

 ……不味い。現実逃避している場合じゃない。早よ答えんと不審に思われてしまう!

 ただでさえ女装なんて後ろめたいことをしているんだ。俺は正体がバレないよう必死で脳味噌を回転させた。

「実は、お嬢様からお使いを頼まれたのですが。王都に来たのは今日が始めてで迷ってしまい、つい心細くて──」

 バレないよう、バレないように。俺は女性の演技フリを続ける。

 口元に手を添えて少し俯きがちに「私、寂しいんです」と全身で表現する。

 ……いやまーよく口から出任せがポンポン出るもんだ。自分の意外な才能に気付いてしまったよ。

「っ、そうだったんだね! ならば安心してくれ! そのお使いを僕が手伝ってあげるよ!」

 だぁあぁぁぁぁぁ⁉ 話の選択に失敗した──⁉

 そうだよなそうだよな。見ず知らずの少女にハンカチを渡すような美男子だもんな、相手が困っていたら助けようとするのは当然か。んー、偉い!

 偉いじゃねーよどうすんだよ! 悪化してんじゃねーか⁉ んもーほんとどうしよ……。

 何とかして断れないだろうか、また嘘八百を並べようと考えているとランスロットはごく自然に俺の手を取った。

「さぁ、行こう! 時間は有限だ。君の帰りが遅くなればなるほど、君のお嬢様も心配するだろう!」

「え、あの──⁉」

「ハハ、実は僕も従者を待たせていてね。見つかると面倒な──おっと、あまり時間を掛けられないのさ」

 ちょちょちょちょい⁉ 途中まで何て言おうとしたよ⁉

 従者さんが探してるってお前絶対抜け出して来たろ⁉ そうだろ⁉

 アーサーは己の所業を棚上げしてランスロットに胡乱げな視線を向けた。

 そんな視線に感づいたランスロットがこちらを向くと、太陽のような笑顔を見せる。

「いや奇遇だなぁ。僕も今日王都に着いたばかりでね。こんな偶然があるんだなぁ」

「え?」

 今コイツなんつった? 王都に着いたばかり? おいおいおい、それで俺を助けようってのか⁉ かーっ、見上げた根性ですよ全く!

 呆れるやら感心するやら、実に真っ直ぐな少年である。

「それで、お使いの内容はどのようなもの何だい?」

「えぇと……、”セントステラ学院”の、ある生徒に言伝を預かっているのですが」

「”聖ステラ学院”! それなら分かるよ、こっちさ!」

 アーサー──いやギネヴィアの不安を余所に、ランスロットはぐいぐいとギネヴィアを引っ張ってゆく。

 本当に行き先が分かっているのだろう、足取りに迷いは見られないが、出会いが出会いであった為、何とも一抹の不安が拭えないギネヴィアであった。

 人通りの多い道を進み、進み。段々と大人の数は減じ、代わりに学生の姿が多くなってゆく。

(おぉ! ゲームで見た制服まんまだっ)

 そこには”剣バラ”で見たフリフリのミニのコルセットスカート。おっぱいが強調されるような特徴的なデザイン。実にギャルゲらしい、可愛さとエロさに全振りした制服に身を包んだ女生徒らが歓談に興じている。

 ……男? 男は何の変哲も無い白いブレザーだから割愛。

 そんなお姉さまがたの会話に耳をそばだてる。

「なぁに、あれ? 可愛い~」

「お兄さんお姉さんに用があるのかしら? うふふ」

 俺達を指さして、キャッキャと笑うお姉さまがた。

 ここに来て俺は、誰一人女装を怪しまれない事実に恐怖し始めた。いや、バレたら社会的にヤバいんだけども、一人ぐらいはさー、気付いて貰わないと男としてさー?

 ……なんて考えていると正門前に辿り着いていた。

「さ、ギネヴィア。ここが”聖ステラ学院”だよ!」

 真っ直ぐの並木道の先、赤レンガの校舎に時計台。そこにはゲームで見たスチルまんまの学院が存在しており、実物を前にして俺は奇妙な感動を覚えていた。

 ゲームの中のモノならテレサに出会っているのだが、何分俺の知識でのテレジア・フォン・テレンス嬢はもう少し大人な状態であり、どうしてもゲームの存在とイコールで結びついては居なかった。

 だがこの校舎は違う。

(すげぇ! ゲームまんまじゃん!)

「うん、凄いだろう! ここはユークリッド王国の頂点にして最先端の学院だからね! 感動するのも分かるよっ」

 ランスロットが何か勘違いしているが、都合がいいので黙っておこう。

 いや、どうなる事かと思ったが、ランスロット君はきちっと役に立ってくれた。

 俺は特大サービスとして満面の微笑みを向けてやる。

「ありがとうございますランスロット様。おかげで迷わずに来れました」

「っ⁉ あ、あの、そ、そその! …………うん」

 ランスロットは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 ……ははぁ~ん? さてはランスロット君、照れているね? この俺に、この女装している俺に⁉ 可愛らしいところもあるじゃないかうりうり。

 ランスロットの反応に内心気分を良くしていると、警備員のおっちゃんに声を掛けられる。

「あー、どうしたんだい坊っちゃんお嬢ちゃん? 学院に何か用かな?」

 腰を屈め、目線を合わせてくれるおっちゃんは人が良いのだろう。

 んまー子供とは言え学院の生徒にも見えない子が、正門に来たらそうもしような。

 俺は職務に忠実な警備員のおっちゃんに用件を伝える。

「ここの学院生に如月──レイ・キサラギという生徒に言伝を預かっているのですが……」

 するとおっちゃんは困ったように眉を八の字にして、後頭部をポリポリと掻いた。

「あー、お嬢ちゃん? 面会アポは取ってあるかい?」

 ……やっべ。当然ながら面会アポ無しである。

 まー普通に考えればそうだわな。国中の貴族様の子息を預かっているんだ。そりゃーどこの馬の骨とも知らぬヤツを入れる訳にはいかんわな。

 俺はチラリとランスロットを見る。くそぅ! この子が居なけりゃ忍び込んだものの! いや、居なきゃ辿り着かなかったか、ありがとなコンチクショー!

「んー、参ったなぁ……」

 俺が適切な言い訳を吐けずにおろおろしていると、警備員のおっちゃんは本当に困った様子で、腕を組んでむむむと唸り始めてしまった。

 そんな俺の様子が、ランスロットの目にどのように映ったのか。

 彼は俺を庇うように立つと懐から紋所エンブレム──馬と剣の交錯した家紋──を取り出すと、高らかに宣言した。

「僕はシャルティエ家が八男、シャルロット・フォン・シャルティエ! 僕が彼女の身元を保証する! それでも駄目かい?」

 おっちゃんはその、限られた者しか持つことの出来ない紋所エンブレムを見せつけられ、顎が外れんばかりに驚いた。俺も驚いた。


(はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ────────んっ⁉ おま、お、お前シャルロットなの⁉ ”剣バラ”攻略ヒロインのシャルロット・フォン・シャルティエなの⁉ 子供頃の姿とか知らねぇえよんもおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼)

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