第57話 トラウマは克服するもの

「どうしんだカッスル?」

 共に戦列を維持していた冒険者仲間『宵どれ』のリーダーが疑念を吐く

 何せオーガを目にした瞬間、『南十字サザンクロス』の面々が入れ込んだのは誰の目にも明らかで、何かあったと思うのが普通だろう。

「ほら、以前話しただろう? ヴァニラに来る時、魔物の群れに襲われたって」

「あぁ言ってたな。あいつがそのオーガか? てことは何だ、あいつを倒せば俺たちの勝ちってわけか」

『宵どれ』リーダーが楽観的に口を滑らす。

 ……果たしてそうだろうか?

 確かに、この集団を率いているのはあのオーガに違いないだろう。しかしアレを倒したところで──確証は無いが──領都の襲撃が収束するとは、カッスルには思えなかった。

「──ルドマン」

「へ。分ーってるよ」

 普段であれば真っ先に飛び出して行く仲間に声を掛ける。

 意外にも彼は油断なく大剣バスターソードを構え、飛び出す気配はない。『南十字サザンクロス』の切り込み隊長は、大事な一番では己を律する理性を持っていた。

(さて、どうする……?)

 ゴブリンの群れは、その数を減じたとはいえ未だ健在である。

 そこかしこ、奴らの耳障りな声と剣戟が響き渡っている。

 何故かカッスルらが受け持つギルド正面が、一番圧力が弱い。

 その事実に誰もが違和感を覚えているだろうが、正体に辿り着くよりもオーガの行動は早かった。

「っ! 伏せろ‼」

 カッスルは反射的に叫んだ。

 身も竦むような大声に、対応出来た冒険者は一部であった。

 瞬間、彼らの頭上を何かがを上げて飛んで行った。

 一拍の間を置き背後から轟音が響く。ギルドの壁の一部が崩壊していた。人的被害が無かったのは幸いか。

「何が起きた⁉」

「『火球ファイアボール』‼」

 状況の理解が追い付かない『宵どれ』リーダーが悲鳴をあげ、ネリの唱えた『火球ファイアボール』が、が投射された方角へ放たれた。

 頭上で、『火球ファイアボール』とが交錯する。

「うおっ⁉」

 果たしてカッスルらの足元に転がってきたのは、焼け焦げたゴブリンであった。

「マジか⁉ なんだアイツ⁉」

『宵どれ』リーダーが驚愕に目を見開く。

 ギルドの壁を破壊せしめた飛来物の正体はゴブリンで、それを成したのはオーガの遠投であった。

 彼の驚きは尤もだ。

 遠距離攻撃の手段を有さないオーガが投石という手に出るのは分かる。手頃な石がなく、手頃なゴブリンを投げつけるのもまぁ、分からないでもない。

 だがゴブリンの側は何故、ああも大人しくしているのだろう? 崩壊したギルドの壁を見れば、投げつけられたゴブリンは肉と破片をシェイクした有様で絶命している。どうあったって助からないを従順に受け入れるのか? 『宵どれ』リーダーの背に冷たい汗が流れる。

 その理外に衝撃を受けたのは彼だけではない。幾人かのベテランと呼ばれる冒険者はいち早く正気を取り戻したが、ほどんどの者が自失のままであった。

 見ればオーガは、またも近くのゴブリンを無造作に掴み、なんてこと無いように投げた。

「リーラ!」

「『聖盾セントシールド』!」

 カッスルの意図を察したリーラが防護魔法を唱える。

 案山子となった魔法使い集団の前面に、輝く光の壁が出現する。

 その壁に物凄い速度で投げられたゴブリンがぶつかり、血と肉と、なんだか分からない臓物とがベタリと光の壁に張り付いた。その冒涜的な光景にリーラは眉をひそめた。

 光の壁に二度目の衝撃が叩きつけられる。

 ガインと、耳をつんざく音が響いた。

「くぅ⁉」 

「あんたら✕✕✕付いてんんでしょ⁉ ぼさっとしない‼」

 未だ呆ける冒険者を、魔法を放ちつネリが叱咤すると、慌てて彼らも応射を開始した。

 冒険者ギルド前は一瞬でゴブリンらの矢と魔法と、冒険者らの矢と魔法が交錯する一番の戦場と化した。

「突っ込むぞルドマン!」

「ハッ! その言葉を待ってたぜ!」

 カッスルの号令と共に、戦士らは一団となって魔物の群れに突撃する。

 先もルドマンが、無茶ながら魔物の群れを突っ切るという荒業をやってのけたのだ。数の減じた群れ相手に、出来ない道理は無い筈だが。

(ク、ソッ⁉ なんだこの圧力は⁉)

 足並み揃った攻勢。

 命すらも厭わぬ捨て身の反攻。

 まるで何者かの意思によって統率されたとしか思えない、魔物らしからぬ動きにカッスルらは思うように進めなかった。

 そんな彼らの、火砲が交錯する頭上をもの凄い速さで死の片道切符を持ったゴブリンが飛んで行く。

「くっ、『聖盾セントシールド』‼」

 撃ち落とそうする幾つもの魔法を掻い潜り、ギルドに着弾するゴブリン。

 そうはさせじとリーラが唱える防護魔法で、どうにか被害の拡大を防いでいる状態だ。

聖盾セントシールド』は消費の激しい魔法だ。展開し続けるだけで大量の体力と魔力を消耗する。

 術者の前面に光の盾を展開する性質上──。

「く、うぅ‼」

 彼女はもろに叩きつけられ肉塊と化すゴブリンを真正面から見ることになる。

 生き死にと隣合わせの冒険者なれど、これには些か堪えるものがあった。

 少しでも気を抜いただけで『聖盾セントシールド』が解除されてしまいそうだ。

 リーラは握った杖に更に力を込め、気を強く保つ。

(主よ……! 私に力を!)

 彼女の孤独な戦いが始まった。


◇◇◇


(味方の応射が少ない……!)

 襲い来るゴブリンを斬り払いつつ、カッスルは別の思考に囚われていた。

 質ではゴブリンなぞと比べるまでもなく冒険者が上だが、数で言えばゴブリンらの軍団は悠に倍以上存在している。倒せども倒せども減る気配の無いゴブリン軍団。

 そんな圧力を冒険者らが耐えられたのは、質の面で上回っていたからだ。公爵が持ってきた回復薬ポーションの存在も大きい。

 その有利が今、オーガの出現によってひっくり返されようとしていた。

 カッスルの視界が一瞬陰る。

 頭上をゴブリン弾──そう呼ぶのが相応しい──が過ぎった事で出来た一瞬の影であった。

 そう、普段のカッスルであれば見るまでも無く解るだろうに。意識を割いていた彼はそれをつい視線で追ってしまった。

 ──そんな彼の横合いから、棍棒を持ったゴブリンが迫る。

(ぐ、しまっ──)

 だがその凶刃がカッスルに届くことなく、ゴブリンは棍棒ごと身体を真っ二つにされた。

「ぼっとしてんなカッスル!」

「っ! あぁ悪い!」

 仲間に命を救われるカッスル。

 ほんの少しの油断が命取りである戦場である事を改めて刻み込む。

「おいカッスル! どうすんだ⁉」

 理屈ではなく、肌で魔物の異常さを感じたのだろう、ルドマンが叫んだ。

(考えろ、カッスル! お前の頭は何の為に付いてるんだ‼)

 剣の腕はルドマンに劣り、魔法の腕ではネリに敵わない。リーラのような特別な魔法も使えない。

 そんな自分の武器は、この頭だろうが‼

 頼りない自分をリーダーと認めてくれる仲間の為にも、カッスルはゴブリンと剣を交えながら必死に頭を回転させ、血眼になって状況を打破する策を考える。

 だが──。

(くそぉ……! くそぉ! 役立たずのカッスルめ‼)

 既に皆が全力で自分の出来る事をしている。余分なリソースは見当たらなかった。

 兎も角一にも二にも、問題の大元はオーガだ。どうにかしてアレを排除出来れば事態は好転する。出来なくとも投石ならぬ投ゴブリンを止めれば良いのだ。

 だが、オーガを止める為の戦士団が足止めされていては、それすらもままならぬ。

 ──いや、一つだけ。遠距離からオーガを葬る手段がある。

 しかしそれを実行する為は少なからぬ準備が必要で、それを実行するためのネリは魔法使い部隊の中心となって今も魔法を放ち続けてくれている。

 こうしている間にも部隊全体が消耗してゆく。

(迷ってる時間は無い‼)

「ルドマン! 俺たちが道を切り拓く‼ お前はオーガの投石を止めてくれ‼」

「あぁ!? ボケたかテメェ⁉ そういうのは俺の役割だろうがよ!」

「この中でオーガと打ち合える剣士はお前しかいないだろ⁉ 俺達の役目はお前を届けることなんだよ‼」

「っ、ちぃっ‼」

 全く納得のいっていないという表情ながら、ルドマンはこちらの言う事を聞いてくれるらしい。

 或いは彼も、最早犠牲なしには状況を改善出来ぬと本能的に悟っているのかもしれない。

「……悪いな付き合わせて」

「ははは。まぁ冒険者やってらこんな事もあるだろうさ。それに、まだ死ぬと決まったわけじゃないだろ?」

 同じくゴブリンらの圧力を受け止めてくれている冒険者に声を掛ける。

 人の生き死にが茶飯事な彼らの価値観はおかしい。自分の死ですらもどこか他人事のように笑い飛ばしている。

 そんな気のいい連中と、この戦いが終わった後でどれだけ話せる者が残るか。

 その事を考えると気の重くなるカッスルだが、彼はついに決死の覚悟を決める。

「よし! 部隊を半分に分ける! 半分は引き続きギルドの防衛に残りもう半分はルドマンと──」

 ──そんな時、彼の覚悟を嘲笑うかのように一迅の風がゴブリンの首を次々跳ね飛ばしていった。

 なんだか前も似たような事があったな、と知らずカッスルの顔に苦笑が浮かぶ。

 しかし現れたる人物はカッスルの想像していたではなかった。

「強い気配を追って来ましたが、どうやらアタリのようですね」

「あ、あんたは──『黒豹』イルルカ⁉」

「こんにちは『南十字サザンクロス』。加勢に参りましたよ」

 騎士服サーコートを纏った黒髪褐色の麗人、イルルカが三日月刀シミターに付いたゴブリンの血を振り飛ばしながら、涼やかに言い放った。

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